懐かしい歌
微かに歌声が聞こえてきた。
目を閉じ、耳をすませる。
これは、ティアの声だ。譜歌の練習でもしているのだろうか。
すると、剣の手入れをしていたガイが反応した。
「これ、子守唄だ」
懐かしいと言いながら、剣の手入れが終わったのか、道具をなおしていく。
「何故、わかるのですか?」
ジェイドにとっては、子守唄かは判断できない。一般に知れ渡っているものではないのだろう。
「だって、俺がルークに歌ったやつだから」
予想外の発言に、耳を疑った。
「ガイが?」
「ああ、屋敷に来た当初は、なかなか寝てくれなかったからな」
ガイは、その時のことを思い出しているのか、遠い所を見ている。
いつの間にか、歌声はもう聞こえなくなっていた。
「歌、聴かせてくださいよ。あのルークを眠らせていたのでしょう?」
そうすると、余程、上手いのだろう。彼はなんでもこなしてしまうから。
ガイは困った顔をする。その反応は自分の予想していたものと同じもので、自然と口角が上がっていく。
「お世辞にも上手くはないんだよ」
「でも、ルークはそれで寝てたのですよね?」
下手な歌だと寝れないはずだ。
しかも、生まれたてのルークは赤子同然。耳障りなら、騒ぎ立てて寝てはくれないだろう。
「お願いしますよー、ガイ。この頃、寝付きが悪いので」
「よく言うよ……」
ため息をついたかと思うと、喉の調子を確かめ始めた。どうやら、歌ってくれるらしい。
立ち上がったガイは、目が合うと直ぐ様、逸らす。少し顔が赤いのは恥ずかしいのだろう。
「言っとくが、あまり期待しないでくれ」
煽るように拍手をすると、苦笑いと、やめてくれの言葉が返ってきた。とても反応が面白い。しかし、これ以上すると歌ってくれなさそうなので、大人しくすることに。
「音、外すかもしれないが、そこは無視してくれよ」
そう言うと、ガイは息を吸った。
声量を抑えていたが、聞くには充分だった。それは隣の部屋に配慮してか、それとも、自分の歌が漏れないようにかは、わからないが。
彼の歌は、独特のリズムで、やはり、自分が聞いたことのないものだった。でも、どこか懐かしさを感じた。
上手くないと言っていたが、聞き苦しくなく、安定もしている。上手いと言えるだろう。
歌い終わるとガイは軽くお辞儀をする。
「上手いじゃないですか」
称賛の拍手を贈る。
「得意じゃないもんでね。あまり歌う機会なんてないしな」
「毎晩、私の為に歌ってくださいよ。そうすれば、自信もつくでしょう」
戦闘で毎回のように歌っているティアはとても上手だ。元の素質かもしれないが。
「旦那のためなら、いいかもしれないな」
笑顔のガイが近づいてくる。この時の笑顔は苦手だ。何か自分に不利なことをしようとしている時だから。
「冗談、冗談です。本気にしないで下さい」
冗談を真に受けないでほしい。二人だけの時は、からかいがいがない。
「歌ってやるから、寝ようか」
腕を掴んで立たせてくる。
「まだ……」
「そんな時間」
時計を見てみると、もうそろそろ寝なければいけない時間。こんな時間だから、子守唄が聞こえてきたのかもしれない。
不意に立たされ、連れていかれ、体がついていかない。
反抗しようとした時には、後ろに倒され、ベッドに身を沈める形に。
起き上がろうと身を翻すと、横に寝ているガイ。
「あなたのベッドはそっちでしょう」
一人用ベッドに二人は少し狭い。普通のベッドよりは大きめに作られているようだが。
「いいじゃないか」
「よくないです」
動く気配は全くない。諦めて、眼鏡を外し、スタンドに置く。
背を向け寝ようとしたが、転がされ、強制的にガイの方に向かされた。逆を向こうとしたが、腰に回った腕に阻まれる。
もういいと、目を閉じた。
「おやすみなさい」
「おやすみジェイド」
額に接吻をされた。
そして、聞こえてくる子守唄。
懐かしいと思うのは、幼い頃に親がしてくれたのかもしれない。
かすれ過ぎてもう思い出せもしないが。