花より?
ジェイドがガイに手を引かれ連れていかれた場所は、木々に花が咲き乱れて、花吹雪が舞っている現実離れした幻想的な場所。
グランコクマの近くにこんな所が在るとは、初めて知ったジェイドは内心、驚いていた。
「陛下が教えてくれたんだ」
あの人のサボる場所の一つなのだろうか。それか、本当に偶然見つけた場所なのか。宮殿を抜け出しては、こんな所を探っているのは、少年の心を忘れていない証拠か。
それよりも仕事をしてほしいものだ。
「穴場なんだってさ」
あまり道という道は歩いていない。獣道らしきものを通ってきた。入り口と言える場所はあまり目立つものではなかった。大きな木の根が絡み合い、侵入を許さないようにそこを遮っていた。
道は険しくはなかったが、まず人が来ることはないだろう。
「花見しようぜ」
ランチボックスを持っている理由もそれか。
木の近くに白い布をひくと、ガイはブーツを脱いで、そこの上にのる。自分もそれに習い、ブーツを脱ぎ、傍らに封筒を置き、ガイの支度を手伝う。
「その封筒なんだ?」
ランチボックスには、小分けしたサンドイッチが入っていた。朝から作ったのだろうか。
「書類です」
手拭きで手を拭きながら、答える。
「仕事のか」
ええ、と言いながら、飲み物を入れたコップを受け取る。紅茶の良い香りが漂う。
「あなたが仕事の最中に連れ出したのですから」
もうすぐ、昼食の時間だったが、それはジェイドにはほとんど関係がない。仕事にいつも追われ、個人で仕事をしている為、明確な食事の時間がない。
気づいた時に食べるということが多いが、食べるものは軽食で、食べないということも少なくなかった。
「休憩も必要だろ」
そんな言葉は無視し、紅茶を飲みながら、封筒から書類を取り出す。これは、目を通すだけで終わる。
「花見の意味ない……」
サンドイッチを頬張りながら、ガイは寂しそうに呟いた。
「すぐ終わります」
持ってきたのは、少しだけだ。たまに花弁の妨害を受けながらも、読み進む。
紅茶が空になる頃、ジェイドはようやく書類を封筒に戻した。
横を見ると、ガイは舟を漕いでいる。今日は陽射しが暖かい為、暇だとこうなるだろう。
サンドイッチを食べ、美味しさに目を細める。上からは花弁が雪のように降り、見上げれば、空を隠す花天井。いつもとは違う風景に、夢の中のようだと思う。
肩に何か当たり、見るとガイの頭が肩に。ゆっくりと頭が離れ、目を閉じたまま口を開く。
「……終わったのか?」
「はい」
笑ってしまう。目を開けるのも億劫になる程、眠たいのだろう。花見をしに来たのか、昼寝をしに来たのか。
小さくなったサンドイッチを口の中に入れ、手を拭く。
「う……肩、貸してくれ」
また、頭が肩に。しかし、人の頭は結構、重い。喋る為、口の中のものを飲み込む。
「ガイ、重いです」
頭が離れるが、不安定に揺れる。
「じゃ……膝、貸して……くれ」
「えー」
「ちょっとだけ……」
もう、ガイは限界なのだろう。寝転がる体制に入り、頭は太股に乗ろうとしている。
仕方なく正座し、ガイを受け入れる。
「ありがと……」
「どういたしまして」
すぐに聞こえてくる、寝息。髪にかかる花弁を払いつつ、金色を指に絡ませる。そんなことをしても、起きる気配がない。ペンを持ってこなかったことを後悔する。
しかし、桜を見ているだけでは暇だ。膝枕している為、動けない。片付けをしようにも、ランチボックスに手が届かない。片付けは、ランチボックスに物を入れるだけで、終わってしまうだろうが。
心地よい日差しに、疲労に、満腹感。それと持て余している時間。
目蓋が重い。
頭に何かか触れている。それが横に動き、撫でられているのだと分かる。もうそんな歳ではないと、声を殺して笑う。
「あ、起こしたか、ごめん」
「いえ、おはようございます」
ガイは申し訳なさそうだ。後ろに見える空の色が変わっていた。絶妙なグラデーションの青天井。
「帰らないとな」
「長居し過ぎました」
片付けはもう終わったらしい。出ていた食器などはもう、ない。
立ち上がったガイに続くように、立ち上がろうとしたジェイドは違和感に気づく。
「……少し……待ってください」
「ん?」
ブーツを履いていたガイは不思議そうに振り向く。
脚の感覚がなく、立てない。
「俺が運ぼうか?」
そこまではしなくていい。今は触れてほしくはない。特に脚は。
脚を伸ばし、感覚が戻るのを待つ。
「ガイのせいですからね」
「ごめんなさい」
「許しません」
「そこをなんとか」
そんなやり取りをして時間を潰す。すぐに脚の感覚が戻り、立ち上がろうとした時に、手が差し出された。その手を掴み、立ち上がる。
「帰って仕事ですね」
「手伝おうか?」
ブーツを履き終わると、封筒を渡される。存在を忘れていた。
「ええ、ガイのせいですから」
いつもなら頼まない。しかし、今回、仕事が遅れたのはガイのせいだ。
敷いていた布をたたみ、仕舞うとガイは歩き出す。
「頑張らないとな」
「頼りにしてますよ」
そして、ガイは渡される膨大な書類に苦笑いするしかなくなった。