邂逅 1
ディオが目を覚ませば、月が自分を見下ろしていた。
自分は室内に寝ていたはずなのだがと、起き上がれば、懐かしいものがそびえ立っていた。
「これは……」
戸惑いを隠せない。ジョースター家の屋敷がそこにはあった。焼けてなくなったはずのものが。
見回せば、自分がいるのは懐かしい庭だ。
自分の記憶の中にあるジョースター家そのまま。
「……」
状況を把握しようと立ち上がり、庭を歩く。
皆、寝静まっているのか人の気配はない。
しかし、夜で良かったと思う。昼間だったら吸血鬼になっている自分は、消滅していたところだ。
門のところへと行くと、人影が見えて、そばにあった木の影へと入る。
子供くらいの人影は、門の少し離れた壁のところで誰もいないのを確認するよう、頭をキョロキョロさせた後に屈んでいなくなった。
そこに近づき見れば、穴が開いていた。子供が通れるくらいの小さな穴。そこを隠すためなのか、近くにレンガが積み上げられていた。穴から、かけていく姿が見える。
出ていった存在が気になり、木をつたって、壁を乗り越えた。
走ってはいるが、早くはない。子供の脚力だ。歩いているだけで、すぐに追いついてしまった。
月明かりにたまに写し出されるその姿に見覚えがあった。紛れもなくあの子供は、ジョナサンだ。初めて会った時よりも幼いが。
非現実な光景に、これは夢なのだと考える。現に自分は成長しているし、この体はジョナサンから奪ったものだ。
記憶が見せている幻なら、納得がいく。自分の記憶ではないが。
幼いジョナサンは、こんな時間に何をしにいくというのだろうか。向かっているのは、町外れの森だった。
あそこに何かあっただろうか。目ぼしいものはなかったはずだが。
彼は森に入ると、進む速度が遅くなっていた。
明かりもなく、暗い森を進んでいるのだ。慎重にもなるだろう。吸血鬼である自分は夜目がきくため、彼を見失うことはなかった。
だいぶ進むと、木々がないところにでた。木の影から覗けば、そこは泉があり、その手前でジョナサンは立ち止まっていた。
辺りを気にしているようだ。忙しなくキョロキョロしている。
「あ……!」
すぐ近くの花に彼は見つめる。
花はゆっくりと蕾を開き始めた。それは、月を仰ぐように。月光を身に浴びるように。
その花だけではなく、周辺の花も同じように咲いていた。
その白い花は青白く淡い光を放っているように見え、よく見ようと一歩前に踏み出す。
「だ、誰……!?」
彼と目があったのが、分かったがすぐに目はそらされた。ジョナサンが後ろに倒れ、小さな悲鳴とともに水しぶきが上がる。
まぬけがと声に出さずに言うと、泉に近づいていく。
泉は浅く、ずぶ濡れのジョナサンがしりもちをつく形でそこにはいた。
下を向いていた顔がこちらを仰ぐ。やはり、会ったときより幼い。
驚きの表情から、頬がふわりと赤く色づくのが分かった。大きな目はそらされることがない。
「……?」
もしや、見とれているのか。男が男に。
「あの……きれい、ですね……」
静寂を切り裂いたのは、自分をほめる言葉だった。
堪えきれずに、吹き出してしまう。
ずれた言葉に、やはりジョナサンなのだと確信する。
「し、失礼でしたか?」
「いや……」
笑いもおさまり、そこにいては冷たいだろうと、手を差し出す。自分がジョナサンに優しくしていることに違和感を拭えない。
今の彼は自分より矮小な存在。どうせ、彼は自分にいたぶられ、最終的には体を奪われるのだから、今だけ優しくしてもいいだろう。
小さな手が自分の手を掴む。泉から引っ張り出してやると、彼は頭を下げる。
「ありがとうございます」
礼儀正しさに、育ちが違う坊っちゃんは違うなと内心、皮肉をこぼす。
手を離せば、彼は座った。濡れてしまったとこぼすが、脱ぐわけにもいかないようだ。彼は手ぶらだ。着替えなど持っていないだろう。
くしゃみをする彼。自分で泉に落ちたのだから自業自得だろうが、少し不憫に思い、着ていた上着を脱ぎ、彼の頭にかける。
「着ろ。少しはマシだろう」
彼は上着を手に持つと、本当に良いのかと目で問う。
「風邪をひきたくないなら、それを着て、さっさと帰ることだな」
ずっと濡れたままでいることはないだろう。人に見つかる前に、部屋に戻り着替えをしなければ、彼のこの行為がばれることになる。
こんな真夜中にでかけていることを、ジョースター卿は許してはいないだろう。
「明日も会えますか?」
「貴様が望むならな」
これは、夢だ。自分が覚めてしまえば、彼は消えてしまう。約束はできない。
「ぼくはジョナサン・ジョースターです。皆にはジョジョと呼ばれています。また、明日!」
上着をはおると、彼は森へとかけていく。
姿が見えなくなって、そばにある白い花を見た。
まだ、それは花開き、光っていた。
暇になり、森を探索すると、小屋を見つけた。長年使っていないようで、中は荒れていたが、窓を何かで遮れば、風雨と太陽は防げるだろう。落ちていた布で窓を覆う。
夢の中だが、太陽を浴びて、消えるということはしたくない。
埃っぽく汚れているベッドに横になった。夢の中で寝るというのも、奇妙な体験だと笑った。
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