不変
ヘンドリクセンを先頭にギルサンダー、グリアモール、ハウザーは馬で駆けていた。
目的地であるドルイドの集落までは馬をとばしたとしても数日はかかるらしい。
日が暮れかけたところで、四人は野宿の準備を始めることにした。
食事も終わり、朝早く発つために、早々に横になることになったが、ヘンドリクセンは見張りをしているから、三人には寝ろと言う。
「俺が見張りをします」
ギルサンダーが申し出る。
「俺がするぜ、ヘンドリクセン。傷、治ってねえだろ」
ヘンドリクセンは魔神との闘いで負傷していた。怪我の完治を待たずに町を発ったのだ。
服で隠されてはいるが、彼の体には包帯が巻かれている。
「大丈夫だ。お前たちが寝ろ」
譲らないヘンドリクセンにハウザーはもういいと横になった。
グリアモールも見張りをすると言ったが、ヘンドリクセンに説得され、ハウザーにならうことになった。
「俺は一緒に見張りをします」
同じことを言うギルサンダーにヘンドリクセンは休んだ方がいいと言ったが、彼は全く譲らず、焚き火の前に座る。
「眠くなったらいつでも言ってくれ」
ヘンドリクセンは彼と一緒に見張りをすることにし、焚き火の前に座った。
ギルサンダーはヘンドリクセンにドルイドの集落のことを聞いていた。彼は火を調整しながらも、話してくれていた。
父がドルイドの出だということはヘンドリクセンから聞いて初めて知った。父がどこの生まれかは話してはくれなかったからだ。
「少し待ってくれ」
彼は立ち上がるとハウザーに近づいていく。ハウザーはマントにくるまり、寝ていたはずだが、今はマントを放り出し、大の字で寝ていた。
ヘンドリクセンはマントを手に取ると彼にそっとかけ直し、こちらに戻ってきた。
「相変わらずだな」
微笑みながら、ハウザーを見る目に、幼いときに見ていた彼を思い出す。
こんな優しい目をしていたのだ。ヘンドリクセンはいつも自分たちには優しかった。怪我をしたときは傷の手当てをしてくれたり、父や叔父に怒られていたときは庇ってくれたり、こっそりお菓子をくれたり――。
「どうした、ギルサンダー? もう眠いなら――」
「いえ、大丈夫です」
今も自分を気にかけてくれている。あの時――聖騎士たちが傍若無人の振る舞いを煽動していた時とは違う。
自分も苦しんだ十年。彼も苦しんでいたのだろう。
話を再開した彼の顔を見つめていた。
ギルサンダーは目を開け、いつのまにか寝てしまったのかと頭を振る。
慌てて周りを見れば。辺りは明るくなってきており、空は白んでいた。火はもう小さくなっており、煙をあげるだけになっていた。
横にいたはずのヘンドリクセンがいない。グリアモールとハウザーは相変わらず、寝ている。
彼はどこに行ったのかと立ち上がると、肩にかかっているものが落ちた。足元に落ちたそれは、彼の外衣。
「ヘンドリクセン!」
それを拾い上げ、彼の名前を呼ぶ。彼が自分たちを置いていくはずがないが――。
「……どうした?」
むくりとグリアモールが起き上がり、あまり開いていない目を手で擦る。
「ヘンドリクセンがいない!」
彼は目を見開き、自分と同じように周りを見る。
「何……! おい、馬は!?」
馬が繋いでいたところを見れば、そこにいたはずの馬はいなかった。人数分いたはずなのに。
「ハウザー、起きろッ!」
こんなにそばで騒いでいるのにハウザーは眠りこけている。マントを引きはがし、体を揺さぶれば、彼は身をよじり、その手から逃げ、後もう少しなど言い出す。
「おい! ハウザー!」
「どうした、ギルサンダー、グリアモール」
声が聞こえた方を見ると、馬の手綱を引きながら歩いてくる、ヘンドリクセンがいた。
彼に駆け寄り、服を掴む。
「どこに行っていたのですか!?」
迫る自分に彼は驚いていた。
「川に顔を洗いにな。ついでに馬に水を飲ませていたんだが……」
彼は手綱を自分に見せ、繋げると言う。服を離せば、近くの木にくくりつけ、馬をなでる。
「貴方が……いなくなったのかと……」
彼は魔神に操られていたとはいえ、原因を作った張本人として責任を一人で取ろうとしているのが分かっていた。自分たちを置いていき、ただ一人でドルイドの集落に行ってしまったのかと思ってしまった。
「皆、寝ていたからな。すぐに戻るから、声をかけなくていいと判断してな……心配をかけてすまなかった」
「いえ……こちらも騒いで、すみません」
互いに謝っていると、視界の端で何かが動いた。
「なんだ……飯か……?」
ハウザーが起き上がっていた。
大きなあくびをし、伸びをするが、目は開いていない。
「おはよう、ハウザー。今から作る」
「起きて、手伝え、ハウザー」
グリアモールの言葉に気の抜けた返事。それに自分はため息をつき、ヘンドリクセンは笑うだけだった。
朝食を食べ終えると、ヘンドリクセンは一人で湿布や包帯を変えようとしていた。服を脱いでいるのに悪戦苦闘しているのを見兼ねて、片付けをハウザーとグリアモールに任せ、ギルサンダーは彼を手伝うことにした。
「少しは俺たちを頼ってください。あのときより、できることは増えました」
そう声をかけ、かれのそばに座り、服を脱ぐのを手伝うと彼は驚いていた。
彼に庇われていたあの頃のままではない。彼の背に隠れて半べそかいていたときとは違うのだ。
「……すまないが、包帯を取り替えるのを手伝ってくれ」
「はい」
服を脱いだ彼に巻かれている包帯には血が滲んでいた。傷が塞ぎきってはいないのだろう。動くたびに痛みが走るだろうに、彼はそれを表に出すことはない。
包帯を取り、傷口を水で洗ってから薬を塗ると、しみるのか彼は我慢はできなかったのか、顔をしかめた。
「聖騎士ならこれくらいの痛みは耐えられるぞ――でしたっけ」
その言葉は、幼い頃にヘンドリクセンが傷の手当てをしてくれていたときに彼が口にした言葉だった。
「懐かしいな……お前たちは無茶をして、よく怪我をしてたからな」
「あれは、ハウザーとグリアモールが……」
自分は二人に巻き込まれただけだ。怪我も説教も。わんぱく三人組なんて呼ばれるようになった、原因はあの二人にある。
自分は悪くないのだと言うと、彼はそうかと含みのある笑いをする。
府に落ちないまま、傷口に布を当て、包帯を巻いていく。
包帯を巻き終わり、彼が腕を袖に通すのを手伝った。
「終わったかー?」
片付けを終えたらしいハウザーの声が投げかけられ、返事をする。
「ありがとう、ギルサンダー」
服を着た彼は自分の頭を撫で、立ち上がる。
二人と話す彼を見ながら、少し乱れた髪を整える。
彼の中では自分たちはまだまだ子供なのだ。
このヘンドリクセンに一人の大人として、聖騎士として頼ってもらえるのはいつになるのだろう。
早くこないものかと思いつつ、話す三人にまじった。