離したくない
お店を出た女子三人組。
「おいしかったー!」
満足そうに笑い、ホァンはお腹を叩く。
「あれだけ食べればねー」
カリーナの倍は食べていた。自分より小さいのに、あの量がどこに入っているのか不思議でしょうがない。
「フフ、あたしが選んだお店だもの」
ネイサンは得意気に鼻を鳴らす。ネイサンが選んで行くお店には、ハズレがない。オーナーとして色々な店で、食べることが多いのだろう。彼の舌は肥えているため、不味い店に連れてくるということはない。
「車、取ってくるわね」
駐車場に向かうネイサンに元気よく返事を返す二人。
あの料理が良かったと話していると。
「ちょっと、お前……!」
その声に大いに反応したのは、カリーナだった。忙しく周りを見出した彼女をホァンは不思議そうに見ていた。
「あ!」
視線を辿れば、見覚えがある二人。
「タイガー!」
「バーナビーさん!」
虎徹とバーナビーだ。虎徹が項垂れているバーナビーに肩を貸し、必死に呼びかけている。
近寄れば、困った顔をこちらに向けてくる虎徹。
「よお、バニーちゃんが潰れちゃってさ……」
バーナビーはちゃんと歩けてもいないし、その前に足も覚束ない様子だ。
「あんた、限度ってもの……!」
ここまで、飲ませたのは、肩を貸してる男に違いないとカリーナは怒る。
「ここまで、飲んだのはこいつだっつーの!俺は止めたって!」
「無理矢理でも止めなさいよ!」
そんな言い争いし始めた二人を置き、ホァンはバーナビーを下から覗き込んだ。顔を真っ赤にして、目を閉じている。
いたずらで、頬を軽くつねると、目が開いた。
「起きてる?」
つねるのをやめ、焦点が定まっていない目を見つめる。
「ドラ、ゴンキッド……さん……」
口がそう動くと、バーナビーは虎徹から離れる。
「お、おい……」
一歩踏み出し、少し屈むと、ホァンを抱きしめた。
「お久しぶり……です……」
いきなりの行動に固まる三人。
「ひ、久しぶりだ、ねえ……?」
そうたどたどしく返事を返しながら、どうすればいいのか分からず、ホァンは二人に目で助けを求める。
バーナビーのいきなりの行動に、呆気に取られていた虎徹とカリーナは慌てて引き剥がしにかかる。
「ば、バニーちゃん!?」
「ちょっと、ドラゴンキッドを離しなさいよ!?」
人前で何をしているのだ。
騒げば騒ぐ程、人が集まってくる。バーナビーがバレるのも時間の問題。
その時、車のライトに照らされ、クラクションがなった。
見れば、ネイサンの車が。
カリーナは助け船が来たと、車に近づく。
窓を開け、指を指すネイサン。
「何があったのよ?アレ」
「バーナビーが酔っ払ってドラゴンキッドに……」
その言葉を聞くと、理解したようだ。
ネイサンは、虎徹に車に押し込めと声をかけた。
能力を発動した虎徹は、バーナビーとホァン共々、引きずり、車に押し込んだ。
虎徹もカリーナも車に乗ると、車は少々荒い運転で、そこを後にした。
「いいかげん、離しなさいよ!」
車の中でも、バーナビーがホァンを離す様子はなく。
「も、もういいよ、ブルーローズ……」
躍起になっている彼女に、ホァンはそう言う。
力で適わない。時間が経てば、力も弱まってくるだろう。
抱きしめられているのは恥ずかしいが、酔っ払いの行動だと思えば、諦めがつく。
「ちょっとタイガー、飲ませ過ぎよぉ」
「だから、俺は止めたって!」
ネイサンのカリーナと同じ言葉に、虎徹は説明を始めた。
二人で飲みに行ったのはいいが、バーナビーが次々、飲んだらしい。虎徹は、散々、止めたが、大丈夫だと聞かなかったと。
「やなことでも、あったのかしら」
「ねぇと思う……けどな」
少し前、両親の仇を取った彼は、丸くなり、ヒーローとしての仕事も楽しそうにとりくんでいた。
車が止まり、外を見れば、バーナビーが住むマンションの近く。
「まあ、それは酔いが冷めたハンサムに聞けば?」
「そうだな、ありがとな!ファイヤーエンブレム」
車から降りた虎徹は反対側に回り、バーナビーをおろす。
そして、一緒におりるカリーナ。
「あんた一人だと不安だから、ついていくわよ」
視線をそらしながら、そう言う彼女の顔は赤い。
「アタシは明日、早いから。頑張ってねぇ」
そう言うやいなや、車は発進した。
車の姿を見送り、カリーナと虎徹はバーナビーを支えながら、マンションを目指した。
バーナビーを家に連れ帰ったのはいいが、まだホァンを離さない。
バーナビーたちを寝室を連れてきた虎徹は、最後の力を振り絞り、ベッドへと座らせた。
「ありがとうね、タイガーさん」
「あ……ああ……」
疲れたと言わんばかりに、彼は手を上げる。能力が切れた状態では、成人男性と子供を運ぶのは、大変だったことだろう。
フラフラしながら、虎徹は寝室を出ていく。
二人きりになると、バーナビーの抱きしめる力が弱まり、ベッドに横になる。
ようやくホァンは解放され、一安心した。
「……ん?」
離れようとしたが、腕が掴まれた。
「ドラゴンキッドさん……」
バーナビーが目を開け、こちらを見ていた。
「僕と一緒にいるのは……嫌ですか……?」
「い、嫌じゃないよ?」
彼の発言に戸惑いつつも、言葉を返す。
「じゃあ、なんで……離れて……」
掴む力が強まる。
「嫌い……なんですか……?」
なぜ、そんな発想にいくのかよく分からない。
しかし、声色も表情も悲しそうだ。
「嫌いじゃないよ!好き、大好きだよ!」
バーナビーだけじゃない、ヒーローの全員を好いている。皆、いい人達で、憧れる存在だ。
いつかは、皆みたいな、強く頼られる大人になりたいと思っている。
「じゃあ、そばに……」
その言葉通りに、横に行けば、寝ろと言わんばかりに、ベッドを叩く。
自分が横にいても何も楽しいことはないだろうと、思いつつ、彼の横で寝れば、すかさず、体に腕が回り、抱きしめられた。
「ぼ、僕は、抱きまくらじゃないよ……?」
「分かって……ます……」
しかし、抱きしめる力は強くなるばかり。
ピッタリと胸に顔を寄せることになる。聞こえるのは、鼓動だけ。
少し上を見れば、バーナビーの寝顔。とても、近い。髪に当たる寝息。
下を向き、目を閉じる。
なぜか、とても恥ずかしくなってきた。
異性に抱きしめられるなど、父以外にされたことはない。
そう考えるだけで、鼓動が早くなる。
離してくれないだろうか。しかし、自分が動けば、起こしてしまうかもしれない。
どうすればいいのか、分からない。
助けを呼ぼうにも、虎徹もカリーナも違う部屋。
あれこれ考えていたが、いつの間にか、夢の世界へと飛び立っていった。
ゆっくりとベッドに近づく二人。
見れば、バーナビーがホァンを抱きしめながら、寝ていた。
二人にシーツを被せて、虎徹とカリーナは、足早に寝室を出た。
部屋に戻り、二人は顔を見合わせる。
「あれじゃ、無理だな」
ホァンがなかなか戻ってこないため、様子を見に行っただけだ。
バーナビーがホァンを抱き枕にしてるとは、思わなかったが。
「なんで、バーナビーはドラゴンキッドに執着するのよ」
前々からあの二人は仲が良かったが、ここまではなかった。
「俺に聞かれても、知らねーよ」
一番、バーナビーに近い彼。しかし、彼はああいうものには、鈍いのだ。カリーナの気持ちにも、気づいていないのだから。
「私たち、どこで寝ればいいの……?」
部屋を見渡す。寝室はあそこだけ。ここにあるのは、巨大な液晶と椅子。
虎徹を見れば、彼は苦笑いを返してきただけだった。
バーナビーはそばにある温もりに身を寄せた。それを抱きしめれば、ますますあたたかい。
一人で寝ることが常だったため、いつもベッドは広く、冷たかった。
何か抱き枕にしてただろうか。誕生日にもらった兎のぬいぐるみは壁を背に座らせている。
確認するためにも、無理矢理、目を開けた。
視界の下に何か見える。
下を見れば、人の頭。なぜか、ホァンが寝ていた。
「っ……!?」
彼女が、なぜ、ここで寝ているのだ。しかも、自分は抱きしめている。
静かに彼女を離し、起き上がる。ホァンが起きないか見ていたが、起きる様子はなく、安心する。
ベッドに座りながら、昨日のことを思い出すが、虎徹と共に酒を飲んだ辺りから、記憶があやふやだ。
ホァンと一緒にいた記憶はない。
記憶を飛ばしてから、彼女と合流したのだろう。
迷惑をかけたのだろうかと、ホァンを見る。可愛らしい寝顔。頭を撫でたい衝動にかられたが、起こしてはいけないと、出した手を引っ込めた。
寝室を出て、モニターがある部屋に行くと、床でシーツにくるまり、寝ている二人がいた。
カリーナと虎徹だった。なぜ、彼女もいるのだろう。ホァンを心配して、ついてきたのだろうか。
昨夜、何があったのかを虎徹に聞こうと、起こそうとしたが、カリーナは彼に腕枕され、ぴったりとくっついている。
彼を起こせば、彼女も起きる。まだ、起きるには早い時間だ。
二人の邪魔しては悪いと、寝室に戻った。
寝室に戻ると、ホァンがゆっくりと起き上がった。
「……いない」
辺りをせわしなく見ると、こちらに気づいたようだ。
「バーナビー……さん……」
まだ、眠いのだろう。目があまり開いていない。
手招きするので、近寄る。
「バーナビーさんが……離れるなって……だから、一緒に……」
彼女の体が揺れ、前に倒れてきたので、慌てて受け止めた。
「嫌いじゃないのに……嫌いだって……嫌うわけないのに……」
寝言なのだろうか。
その後も何か言っていたが、体を預け、胸に顔を寄せたまま、ホァンは寝てしまった。
起こすのも悪いと、付き合うことにした。
寝室の扉が開き、振り返れば、カリーナがいた。
「おはよ」
「おはようございます、ブルーローズさん。もういいんですか?」
含みのある言い方をすれば、彼女は顔を真っ赤にする。
口を開けたので、ホァンを指差し、自分の唇の前に指を持ってきて、静かにしろと示すと、カリーナは不本意みたいだったが、口を閉じた。
「あの、あなたとドラゴンキッドさんが、なぜ、いるんですか?」
「……覚えてないの?」
頷けば、呆れられた。
「皆が起きてから、説明するわ」
タイガーを起こしてくると、カリーナは、部屋を出ていく。
時間を見れば、もう起こしてもいい時間だ。
「ドラゴンキッドさん」
優しく背を叩く。身動ぎするだけ。
「……ホァンさん、起きてください」
耳に口を近づけ、名前を呼びながら、頭を撫でれば、彼女が動き、顔を上げ、目を開いた。
「う……バーナビーさん」
「そろそろ、起きないといけませんよ。おはようございます」
「分かった……おはよう」
そう言いつつ、目を閉じ、胸に顔を預けている。
「動けないんですが」
「僕も昨日は、バーナビーさんのせいで動けなかったよ」
昨日のことは、記憶にないので何も言えない。
「……このまま、運びますよ?」
「うん……いいよ」
冗談で言ってみたが、あっさりと了承されてしまった。
二人から昨日のことを聞かなければ、いけないので、ホァンを抱えて、部屋を出た。
「タイガー!起きなさい!」
扉越しに聞こえる怒声。
彼は朝は苦手そうだ。何回か、会社にも遅刻していたことを思い出す。
部屋に入ると、叫び声がこだました。
虎徹が寝転び、カリーナが彼の首を掴んでいる。少し肌寒い。
「お、おはよう……ブルーローズ、バニー」
順々にこちらを見た虎徹は手を上げた。
「おはよう」
「おはようございます。朝から元気ですね。あと、僕、バーナビーですから」
カリーナは起きていると確信したのか、首を離した。
「冷たかった……」
赤くなっている首を撫でながら、虎徹が呟く。どうやら、彼女の能力で冷やされたらしい。
「んー」
ホァンの声が聞こえ、見ると、彼女は、目を擦っていた。
カリーナが彼女に顔を寄せる。
「ドラゴンキッドも起きて」
「分かったぁ……」
そう言いつつも、まだ目は開かない。
「ホァンさん、起きないと朝ごはんがいつまで経っても、できません」
そう言えば、目を見開いた。
「それは、困るよ!」
睡魔より食欲が勝ったらしい。
起きた彼女を下ろし、台所に向かうと、カリーナが手伝うとついてきた。
朝食を食べながら、昨日のことを話してくれた。
酒で酔い潰れた自分を虎徹が、店から運んでくれ、その途中で彼女たちと合流したことを。
「あんたが、ドラゴンキッドを抱きしめて、離さなかったのよ」
彼女たちが嘘をついている様子もない。そんな嘘をついても、何も得にはならないだろう。
「で、タイガーさんは僕たちを運ぶために、ブルーローズは心配で付いてきたんだよ」
「大変だったんだぞー。能力なしは、きっついわ」
そう話されても、記憶がない。ただ、首を傾げるしかなかった。
「なーんにも、覚えてないのね」
呆れた様子のカリーナ。
「え、じゃあ、昨日、僕に言ったことも?」
ホァンの言葉に、興味を示す二人。
「何、言われたんだ?」
「教えて!」
何か嫌な予感がして、二人を遮る。
「ホァンさん、言わなくても……」
こちらに視線が集まる。三人が驚いた顔をしていた。
「名前、呼んでた?」
あの時、起きるかもしれないと、呼んだ本名。それが口に出てしまった。
「す、すみません」
思わず、謝るが、ホァンは首を横に振る。
「そのままでいいよ!僕、本名って呼ばれること少ないんだ。だから、嬉しい!」
「じゃあ、ホァン。昨日、バーナビーに何、言われたの?」
話が元に戻された。
「あの……」
「あのねー、一緒にいるのは嫌かとか、自分のこと嫌いかって」
今朝のホァンの覚醒してない時に言っていた言葉は、自分の言葉だったらしい。
「へえー」
カリーナと虎徹がこちらを見てきたので、視線をそらし、手の近くにあったグラスを持ち、入っている水を、一気に渇いた喉に流し込む。
水を飲み終わったバーナビーを見ると、少し顔が赤いような気がする。
「僕、バーナビーさんのこと好きだよ」
その発言に、バーナビーがいきなり、むせた。
前に座る二人が目を丸くしている。おかしなことは言ってないはずだが。
「い、いきなり……!?」
「おいおい!」
「だって、僕、ブルーローズも、タイガーさんも好きだよ?」
ヒーローの皆が、好きなことが、おかしなことなのだろうか。
「ああ、そういうことね……」
二人が残念そうにしている。横にいるバーナビーを見れば、彼は暗い顔をしていた。
その発言に、バーナビーは落ち込んだ。
彼女の中では、自分は他のヒーローたちと同じなのだと。
「あっれー?バニーちゃん、落ち込んじゃってるー?」
虎徹がからかうように言ってきたため、眼鏡を少し上げ無表情でいいえと返す。
しかし、彼女には、他のヒーローと同じではない感情を持ってほしいと思う自分がいた。まだ色恋沙汰に疎い彼女には無理なことだとは思うが。
「バーナビーさん」
彼女が自分の手を取り、ジッと見つめてきた。
「僕、嫌いじゃないから!好きだからね!」
虎徹が落ち込んでいると言ったためか、再度言ってきた。
「……はい」
分かっていると、笑顔で手を握り返した。
頭の中では、このただの好きという感情をどうやって、育もうかと考えていた。
「あっれー、バニーちゃ……だっ……!!」
彼の言葉が不自然に遮れられ、何があったのかを見れば、横腹を抑えていた。カリーナが座っている方だ。彼女が何かをしたのだろう。
「朝御飯、さっさと食べて。私、仕事あるし、一回、家に帰りたいし」
朝食を食べ終えた後は、虎徹がカリーナを送ることになり、自分はホァンを送ることになった。
マンションの前でカリーナと虎徹と別れ、ホァンはバーナビーと共に帰路へとつく。
「昨日は、迷惑かけてすみませんでした」
「謝らなくていいよ。ちょっと恥ずかしかったけど」
別に抱きしめられただけだ。
「ナターシャさん怒ってるかなあ」
連絡もなしで泊まりに行ってしまったが、昨夜、カリーナが連絡してくれたらしく、携帯には迷惑をかけないようにとメールが入っていた。
「一緒に僕も謝りましょうか?」
「大丈夫だよ……たぶん」
事情を説明すれば、怒られることはないと思う。
しかし、バーナビーが説明するために、ナターシャのところまで一緒に行くことに。
バーナビーがナターシャに事情を説明すると、ナターシャは怒らなかったが、自分で連絡してくるようにと言っただけだった。
「ありがとう、バーナビーさん」
「いえ、あれくらいなら」
ナターシャは優しいが、怒ると怖いのだ。
「では、また」
「うん。送ってくれてありがとう」
エレベーターのところまでいいと言うので、そこで別れることに。
エレベーターが着き、彼が乗り込む。
「僕、ホァンさんのこと好きですからね」
そう言ったバーナビーは、微笑んでいた。
返事をしようとしたが、扉が閉まってしまった。
一人のエレベーター内でバーナビーは、少しは自分の気持ちが伝わるといいと、笑った。