始まりは突然
「ドラゴンキッドさん」
後ろから声をかけられ、ホァンは振り返る。
「バーナビーさん」
こちらを見たバーナビーは、目を見開き、視線が一点に集まる。
「昨日はお疲れさまでした。珍しいものを付けていますね」
「せっかくだし、ね。タイガーが似合ってるって、ほめてくれたんだ」
ずっと付けていなかった両親からの贈り物。紫苑の髪飾り。ナターシャにも、女の子らしくと言われていた。少しはその言葉に従ってみようと思った。
「ええ、可愛らしいですよ。よくお似合いです」
笑顔で言われたその言葉に、途端に恥ずかしくなる。
「あ、あ、ありがとう!」
バーナビーが見れなくなり、顔が熱い。訳がわからなくて、そこから逃げた。
「あ」
顔を赤くしたホァンが、走っていく。
何か悪いことでも言っただろうかと、バーナビーは首を傾げた。
ロッカー室に入ると、力が抜け、へたりこんでしまった。
「ちょっと、どうしたの?」
部屋にいたカリーナが驚きながら、近づいてきた。前でしゃがみ、視線が同じになる。
「ブルーローズ……!」
カリーナに抱きつく。
「な、何?本当にどうしたのよ!」
「わ、かんない……」
「はあ?」
呆れたような声が聞こえたが、振り払うこともなく、優しく頭を撫でてくれた。
落ち着くまでカリーナは、そのままでいてくれ、落ち着いたところで、椅子に座り、今さっきのできごとを話した。
「へー、バーナビーがほめるなんてね。まあ、それ似合ってるし、可愛いわね」
「あれ、バーナビーの時みたいにならない……」
首を傾げた。バーナビーにほめられた時は、いきなり体温が上がった。恥ずかしいや嬉しいと思う感情が入り混じって、いてもたってもいられなくなったのに。
「同性だからでしょ」
「タイガーにほめられた時は、ならなかったよ?」
ほめられて、嬉しいという感情はあったけれども。
「……いいなぁ」
呟いた言葉の意味を聞こうとした瞬間。
「それは恋ね!」
背後から聞こえた声に驚き、振り返るとネイサンが立っていた。
「な、なんで、あんたがここにいんのよ!?女子ロッカー室よ!」
「あら、あたし女子だもの」
噛みつくカリーナを無視し、ネイサンはこちらを見ると、肩を掴まれる。
「ドラゴンキッド、それは恋よ!ええ、絶対!」
一人盛り上がるネイサンに圧倒される。
「こ、こい……?」
言葉にしても、分からない。頭に浮かぶのは、魚の方で。
「初恋になっちゃうのかしら」
ようやく、肩から手が離れる。しかし、ネイサンは顔を近づけてきた。
「僕にはよく分からないよ」
恋なんてしたことがない。故郷では、エリート教育を叩き込まれ、そんな暇もなく、自分自身、そういうものには興味がなかった。
「そう、じゃあハンサムに会いに行きましょ」
証明するのが早いと、首もとを掴まれ、ロッカー室から出る。
抵抗しようにも、力でかなわない。
「待ちなさいよ!」
それをカリーナが追いかける。
トレーニング室に入ると、ネイサンはバーナビーを見つけ、近寄っていく。
「ハンサム、ちょっといいかしら」
「なにか用ですか?」
トレーニングの手を止め、ネイサンを見上げる。その傍らにはホァンがいた。目が合うと、すぐにそらされてしまう。
「今日のドラゴンキッド可愛いわよねー?」
「ちょ、ちょっと……」
目の前に、ホァンが。今さっき会ったばかりなのだが。
「ええ、可愛いです」
その言葉を聞いたホァンは、すぐさまネイサンの後ろに隠れてしまった。
「ドラゴンキッドさん?」
具合でも悪いのだろうかと、彼女を見る。少し見えている顔が赤いような。
「恥ずかしがっちゃって!」
「あんた、面白がっているでしょ」
いつの間にかいたカリーナが呆れている。
「でも、ほめられたならお礼は言わないとね」
引っ込むホァンをまた、目の前に戻した。
「あ、あの……」
見上げる顔はやはり赤い。少し目も潤んでいるように見える。
「熱でもあるんですか?」
よく見えるように、顔を近づければ。
「!?」
いきなり、ホァンがバーナビーの頬を平手打ち。眼鏡が飛んでいった。
「大丈夫だから!!」
そう言って、ホァンはトレーニング室を飛び出してしまった。
三人は呆気に取られていたが、ネイサンは眼鏡を拾い、カリーナはタオルを凍らすと、頬に手をあてて、呆然としているバーナビーに渡した。
「なんで、叩かれたんですか、僕」
「……ごめんね、ハンサム」
眼鏡をバーナビーにかけながら、謝るネイサン。
「ごめん……たぶん、過剰反応だと思うから……」
「……?」
二人に謝られ、言葉の意味が分からないまま、バーナビーは眼鏡の位置を直し、冷えたタオルを頬に当てていた。
少し経って、ホァンが戻ってきた。
自分のところに駆け寄って来て、頭を下げる。
「ごめんなさい……!」
「いいですよ」
顔を近づけ過ぎたため、驚いたのだろう。
顔を上げたホァンは、恐る恐る手を伸ばし、叩いた方の頬を撫でる。
「痛い?」
「まだ少し」
そう言って、彼女の添えている手に手を添える。
「だから、こうしててください」
さっきまで冷やしていたため、彼女の手の温もりが心地いい。
「わ、分かった!僕のせいだからね」
ただ為されるがままのホァンを、可愛いと内心思い、微笑ましく思えてくる。
しかし、目を合わせると、すぐにそらされてしまう。
嫌われてしまっているのだろうか。
「この後、お暇ですか?」
「……うん」
「美味しいケーキ屋さん、知っているんです。一緒に行きませんか?」
「行く!行くよ!」
ホァンの顔に笑顔が戻り、ひと安心する。
その二人を見守っていた、ネイサンとカリーナは、無意識に甘い雰囲気を出している二人に驚いていた。
「……結果オーライ?」
「ハンサム、やるわねえ」
あの二人、案外、上手くやっていけるのかもしれない。