一緒に紅い花を
頭に巻かれている包帯に女物の派手な着物。蝶が描かれているそれを見間違うはずもない。
「ヅラァ」
驚いて、すぐに反応はできなかった。会うとは思わなかったから。しかも、こんな道端で。
「高……杉……」
「ちょっと付き合えよ」
手を引っ張られ、どこかへと向かって行く。
「は、離せ!」
「バレると面倒だぜ?」
周りの視線に気づく。しかし、これは男同士が手を繋ぎ、騒いでいるからだろう。指名手配犯が揃っているのだ。通報され、追いかけられるのも、高杉が言うように面倒で。
「別に危ねえ所には行かねぇよ」
この手を振り払えばいいのだ。そうすれば、知らない所に連れていかれることもない。
しかし、もうこの手を握れないと思うと、払うこともできない。
やはり、自分は甘いのだ。
次に会った時には、斬ると啖呵を切ったのに。
連れていかれたのは、古い屋敷。
少しぐらついている門を通る。所有物か、と聞くと、知り合いの持ち物だ、と返ってきた。
庭に進むと、見事な桜があった。
数本だけだったが、見るには充分だ。
高杉は手を離すと、縁側に座る。促され、横に座る。
「綺麗だろ」
「ああ」
桜を見ていると、目の前に杯を持ってこられた。それを受け取ると、なみなみと酒を注がれる。
注がれた酒を見つめる。毒が入っているのではないか、酔わせて何かしようとしているのではないか。
疑えば疑う程、そんなことで頭が埋め尽くされていく。
「毒なんて入っちゃいねえ」
同じく注がれた酒を高杉は煽る。自分が飲むものに毒を入れるやつはいないと考え、口を付ける。
「ただ花見をしたかっただけなんだがな」
「そんなもの、やつらとすればいいだろう」
高杉を慕っている者は多い。高杉が一言、声をかければ、沢山の人が集まり、豪華なものになるだろう。こんな、古ぼけた屋敷で二人で酒を飲むだけじゃなく。
「お前と二人で見たかったんだよ」
指が髪をすいていく。高杉は昔から自分の髪を触れるのが好きだ。そんなところは変わらない。そういえば、髪が伸びてから会ったのは初めてだ。
「だからわざわざ、来たのか?」
「髪が元通りになってるか、確認しにな」
その手触りを楽しんでいるかのようだ。そこら辺にいる女性よりも、髪には自信がある。特に手入れしてる訳ではないが。
「ヅラ……斬らねえのか?」
風が強くなり、桜を散らす。花弁が舞い、杯に落ちる。何もできずに、浮かぶだけ。
「あん時、言ってたじゃねぇか」
声を押し殺したような笑い声。
「どっちでもいいが、膝貸せ」
杯を取り上げられ、横に置くと、人の膝を枕代わりに寝転ぶ。手持ちぶさたになり、手をどこに置いていいが分からず、恐る恐る、高杉の頭に触れる。
短く、手入れなんてされていない黒い髪と白い包帯。
「寝るから起こすんじゃねーぞ」
そう言いつつも、手は払わない。
「保証はせん」
子供をあやすように撫でると、膝にかかっている重さが一段と重くなる。本当に寝る気らしい。
ため息を小さくつき、桜を眺める。静かな平穏。どこからか、人の笑い声や楽しそうな声が聞こえる。自分達と同じように、花見でもしているのだろう。
視界に入った桜の花がそのままの姿で、高杉の首へと落ちる。心臓が高鳴る。高杉が言った言葉が蘇った。これは、自分が言った言葉でもあるが。
斬らないのか。
もう道は違った。高杉は破壊活動をただ繰り返しているだけだ。この暴走は、同志だった自分が終わらさなければ。
自分で身を滅ぼすなら、誰かに殺されるくらいなら。
いっそ、今、眠っているこの時に。
目を覚ます前に。
永遠の眠りへ誘う方が。
指先が冷える。刀に手をかけるが、手が震えていた。
「なら、そこの桜の下に埋めてくれ」
刀から手を離す。袖が当たり、花が落ちる。
「綺麗に咲くと思うぜ」
高杉は寝返りをうち、正面を向く。眼があった瞬間に笑い出す。
「なんて顔してやがる」
手が伸び、頬に触れる。その温かさに安心する。
「お前は、あめぇんだよ。絶好のチャンスを……」
体ごと、こちらの方を向く。腰に巻き付く腕。腹に頭が当たる。目だけがこちらを見ていた。
「俺は、覚悟して来たっていうのによ」
そのまっすぐな眼光に射ぬかれてしまいそうだ。
「そんな覚悟、捨ててしまえ」
そっと視界を遮る。見たくないし、見られたくもない。こんな弱い人間だっただろうか。
「他のやつに斬られるなら、お前に斬られてぇ」
残酷なことを言う。現に今、刀を抜けないでいるのに。
「そん時には、お前も道連れにしてやるから覚悟しろよ」
「そう簡単にはさせん」
滴が手の上に落ちる。高杉の髪にも落ち、高杉は手を払い、起き上がる。
「泣く程、嬉しいのかよ」
涙を拭われるが、止まらない。
「桜の美しさに感動したのだ」
抱き寄せられ、肩越しから見える桜はやはり、綺麗で。肩に顔を埋めると、頭を撫でられる。
その優しさが苦しい。突き放してくれれば、こんな想いすぐに捨ててしまうのに。
「なあ」
顔を上げないまま返事をする。
「二人で桜の木の下に埋まろうぜ」
ゆっくりと顔を上げ、笑う。
「断る」
「つれねえな」
桜の木の下に死体が埋まっているなんて、嘘だ。
しかも、自分達が肥料になったところで桜は綺麗に咲かないだろう。
不気味な程に紅い花を咲かせてしまうだろうから。
それは、二人だけの紅桜。