素直じゃない君
補習が終わり、ただ一人で帰路に着く。
ヒーローをしているため、授業を受けれないことが多い。それを配慮され、個別に補習を受けているが、教師にはあまりいい顔はされない。
学校側の好意で行われている。とても、ありがたいことだ。しかし、付き合わせられる教師はたまったものではないだろう。
ヒーローと言えど、生徒ただ一人のためだけに。
今日も、教えられながら、小言を言われた。もう慣れてしまい、受け流せるが。
しかし、こう何度も言われれば、うんざりする。分かりやすく教えてくれて、とてもいい先生ばかりなのだが。
これだけは、我慢しなければならないのだろうか。
卒業までの辛抱だと。
時間を見れば、もう晩御飯を食べている時間だった。
そう思うと、お腹が空いてくる。今日は仕事で、お昼も食べていない。
帰り道にあるお店で食べればいいと、親に晩御飯はいらない、先に食べてと連絡する。
あまり遅くならないようにと、それだけ言うと、電話は切れた。
携帯をしまい、何を食べようかと、歩く速度を早くした。
少し歩いていると、見覚えがある後ろ姿。ハンチング帽に、ベスト。腕まくりしている緑のシャツ。
声をかけようか、迷っていれば、ある店の前で立ち止まった。
なぜか、自分は電柱の陰に隠れ、様子をうかがう。
そのお店は、彼に到底、似合わないファンシーショップ。その店に入りたいようだが、決心がつかず、行ったり来たりしている。端から見ていれば、不審者だ。
このままだと、警察を呼ばれるのではないかと不安になり、声をかけることにした。
「ちょっと!」
後ろから声をかけると、彼が跳ね上がった。
「す、すみません、すみません!娘がこのお店のやつ欲しがってて!あの、ホント不審者じゃないんで!」
捲し立てながら、頭を下げる虎徹。
不審者みたいだと、自覚はあったらしい。彼みたいな、おじさんがこんなお店の前で、ウロウロしていれば、当たり前だが。
「タイガー」
そう呼べば、勢いよく顔を上げる。
「な、なんだよ、ブルーローズかあ……」
自分の顔を見ると、安心したようで、胸を撫で下ろす。
「なんだよとは何よ。ねえ、楓ちゃんがここのお店のやつ、欲しいって?」
楓がと彼は言っていた。その理由なら、彼がここに来ているのも納得ができる。
「あ、ああ、そうなんだよ。この店、ここにしかないみたいでさ。頼まれたんだよ」
このファンシーショップは、シュテルンビルドのここにしかない。若い女性に絶大な人気を誇るショップだ。友達にここのお店で買った物を、見せてくれたことがあった。
「で、入れずにいると」
彼一人で入るには、厳しいだろう。店の装飾も可愛らしくなっている。
「そうなんだよ……なあ、お前、買ってきてくれねえ?金は返すからさ」
入りたくないと顔には書いてある。
「あんたが頼まれたんでしょ。私も一緒に入ってあげるから、自分で買いなさいよ」
腕を掴んで、一緒に店に入った。
元気がいい店員の、いらっしゃいませの声。
店に入れば、客はまばらだった。平日の夜はこんなものだろう。
しかし、店の客の視線がチラチラとこちらに。それは、自分の隣にいる存在だろう。
早く買い物を済ませた方がいい。
「楓ちゃん、何がほしいって?」
「これだってよ」
携帯の画面に写し出されるのは、くまがキャンディーが抱えているストラップだった。
「やっぱ、俺、外で待って」
いたたまれないのか、逃げようとするので、腕に抱きつく形で防ぐ。
「楓ちゃんのでしょ。あんたが頼まれたんだから」
彼を捕まえたまま、目的の物を探して店の中を回る。
それは、すぐに見つかり、携帯の画像と見比べながら、クマのストラップを手に取る。
会計をしようとしたところで。
「なあ、このままだと財布出せねーんだけど」
自分は、まだ彼の腕にしがみついたまま。
慌てて離れると、目があった店員が、微笑んできた。いや、そういう関係ではない。
会計を済ませ、店を出た。
「いやー、ありがとうな。付き合ってくれて」
「別にいいわよ」
その時、腹が鳴った。見事に自分の腹が。忘れていたが、空腹だったのだ。
顔を真っ赤にすれば、吹き出す虎徹。
「ちょっと……!」
「ごめん、ごめん!お礼に飯、おごってやるよ」
近くにあったファミリーレストランに入ることになった。
店員にテーブルへと案内され、向い合わせで座る。
「なんでも、頼めよ。デザートも遠慮すんな」
「本当に頼むわよ?」
「じゃんじゃん、頼め!」
任せとけと、彼は胸を叩く。言葉に甘えることにし、メニューに目を通す。空腹なので、全てがおいしそうに見える。
どれにしようか。金額は気にしなくてもいい。しかし、栄養のバランスを考えなければ。
食事を頼み終え、メニューを直す。
「お前、なんで制服なんだよ」
「なんでって……補習受けてただけよ」
今は学校の帰りだ。着ていても不思議ではないが、制服姿で虎徹に会ったのは、初めてだ。
「え、なに、お前、成績わりぃの?」
「違うわよ!仕事で受けれない授業があるからよ」
学業を疎かにはしていない。ヒーローだから、は言い訳に過ぎない。
「お前、あのバーのバイトに、ヒーローと、勉強して、よく倒れねえな」
「若いから」
実際、辛いと思うこともある。睡眠時間を削って、全てをこなしいていた。よく、不満や不平を抱えていたが、自分が選んだ道だ。ヒーローも歌も勉強も頑張りたい。
そう思い始めたのも、目の前の彼のおかげなんだけども。
「その歳で、本当に偉いな。頑張ってるよなあ、ブルーローズは」
虎徹は普通に褒めているだけだろうが、そう言ってくれる人は少ない。
その言葉がどれだけ嬉しいか。
「……あ、あり」
お礼を言おうとしたが、それを遮るように、料理が運ばれてきた。
言うタイミングを失い、口を閉じる。
「うまそう!」
「そうね」
料理を食べ始める彼に、声には出さないで、ありがとうと言った。
料理を食べ終えれば、運ばれてきたのは、デザート。
なかなかの大きさのチョコレートパフェ。
「一人で食えるか?」
その大きさを見た虎徹は、心配してきた。
「甘いものは、別腹だから大丈夫」
デザートのために、満腹までは食べていない。
上に乗っている二色のアイス。それをスプーンで掬い、口に持っていく。冷たくておいしい。
パフェを食べていると、目の前で彼が、じっと見つめていた。
視線が気になる。
「な、なに?」
あまり見られると、恥ずかしいものだ。
「いや、幸せそうだなって思ってさ」
そう言って彼は笑う。
「まだ、子供だもんな」
食べる手が止まる。
彼とは歳が随分、離れている。そんなことは、分かっているが、彼からは、自分は子供にしか見えないのか。娘と同じ扱いなのか。一人の女性として見てくれることはないと、言われているようで。
「どうした?食べないのか?」
頭を横に振り、容器の中にあるチョコレートソースと生クリームでふやけたコーンフレークを掬う。
また、手が止まる。
「ねえ」
「なんだ?」
「あんたにとって、私ってどんな存在?」
真剣な質問。それに彼は、頭を抱えた。
「どんなって……同業者?」
望んだ言葉なんて返ってこないのは、あたり前。
「私よりポイント稼いでから言って」
そう言って笑った。そうしなければ、違うものが出てきそうだった。
いきなり、スプーンを持つ手が掴まれ、スプーンは虎徹の口へと。
「へっへー、お前がさっさと食わないからだぞ」
手が離され、してやったと笑っている。
文句を言おうとしたが、これは彼のおごりだ。何も言えない。
子供みたいだと思いながら、パフェを食べようとしたが。
このスプーンは彼の口に入った。ということは、自分がパフェを食べれば。
関節キスというものになるのだろうか。
「……!」
酷く暑い。ここの空調は丁度よかったはずなのに。
「あ、ごめん、ごめん。スプーン代えてもらうか」
自分がパフェを食べないのは、彼がスプーンに口をつけた為だと思ったのだろう。
別にいいと言う前に、虎徹は店員に落としたので、スプーンを代えてくれと言うと、すぐに店員はスプーンを持ってきてくれた。
「ほら」
「……うん」
持っていたスプーンを置き、新しいスプーンを受け取る。
素直になれない自分が、嫌になる。
店を出て、虎徹にお礼を言う。一応、おごってもらったのだから。
「いいって!俺の方こそ、ありがとな」
買った商品が入った袋を見せながら、彼は言う。
「じゃあ、私、こっちだから」
手を振り、家の方に歩き出そうとすると、横に彼が。
「遅いし、近くまで送ってやるよ」
大丈夫だと言えば、首を横に振られた。
「女の子が、夜に一人で歩いちゃいけません!」
そうだが、ここは沢山の人通りがある。家までもそうなのだが。
「ほら、遅くなると親御さんも心配するぞ」
「分かったわよ……」
すぐ横にある腕に腕がぶつかった。
少し離れて歩き出す。歩調はゆっくりと。彼もそれに並ぶ。自分にあわせてくれている。
今日は遠回りをして帰ろうか。彼は気づかないはずだから。
この幸せな時間を少しでも長くするために。