浮かぶ月に手を伸ばせど

風がスーツをはためかす。
マスク越しに見えるのは、銀の髪。月光を受け、輝いている。白い肌も綺麗だ。
目の前には、ルナティックの格好をしたユーリ。後ろに見える景色から、高い所なのだと分かる。
マスクをしないと、正体がバレてしまう。抱き寄せて頭を隠してしまおうかと、考えていると、彼が笑う。
「さようなら、キース」
今の自分は、スカイハイだ。しかし、彼はキースと、本名を言った。その声と、選ばれた言葉に、嫌な感じが体を襲う。
手を差し伸ばすと、てのひらから火を放つ。
能力を使い、自分を守ったが、彼が後ろに倒れていくのが、見える。
「ユーリッ!」
手を伸ばし、走り出した。
ルナティックは死ぬべきではない。自分がこの手で捕まえて、生きて、罪を償うのだ。生きていてほしい。自分を一人にしないでほしかった。
体を浮かせ、ジェットパックに風を溜め、一気に放出する。
彼に一直線に向かった。その手を、腕を、掴んで、自分の胸に抱くのだ。
彼は拒むように青い炎の壁を作る。凄まじい熱気と熱さにたじろぎながらも、水中で、もがくように手を炎の中に突っ込んで、彼を探す。
青い炎の揺らめく向こうに、彼が見えた。
「ユ……」
熱気に口を閉じる。
向こうにいる彼は、笑っている。とても、幸せそうに。
「ダメだ!」
彼との距離は離れるばかり。炎が邪魔をする。
また、炎が自分を包み、視界が炎ばかりになる。
「さようなら」
熱さの中で、そう聞こえたが最後、視界が暗転した。

目を開ければ、ぼやけた視界には、見慣れた天井。
すぐ横で何かが動き、触れていたものが、離れていく。
それが、誰か分かっていた。
夢が頭を駆け巡り、離れてほしくなく、寝起きで動かない体を無理矢理、動かして、彼の細い腰へと腕を絡ませた。
「おはようございます、キース」
「おはよう、そして、おはよう」
彼の手が頭を撫でる。
「ユーリ」
こちらを見たユーリの目は、離してくれと言っていたが、力を強くして、意思を表す。
「離してほしいのですが」
言うだけで、その腕を退けたりはしない。それをしないということは、彼に時間の余裕があるということだ。
「今日は休みだろう?」
今日は、ユーリは休みだったはずだ。だから、昨夜は誘いを断らなかった。
「そうですが、朝食を……」
「いい。だから、こうさせてほしい」
自分も会社は休みだ。呼び出しがなければ、ヒーロー業も休みだ。
「抱きしめたい」
夢の中ではできなかったから。
ゆっくりと起き上がると、顔に手が伸びてくる。
「なぜ、泣いているのですか?」
頬を伝った涙を、手で拭われた。
「分からない。そして、分からないよ」
夢の中のことを、話す気にはなれなかった。彼に話してしまえば、正夢になってしまう気がした。
それほど、彼と自分の立場は不安定で。
揺れる足場で、落ちないように手を取り合っている。
どれだけ、言葉や行動で縛りつけても、彼を縛ることはできない。足場がなくなれば、離ればれなのだろう。一緒に落ちていこうにも、ユーリが許さない。
起き上がり、ユーリを腕いっぱいに抱きしめる。夢の中では叶わなかったことを、現実で。
「私がいなくなる夢でも?」
彼は直感がいい。
自分が彼に甘える時は、彼に不安を抱いたことが多いのだが。
答えずに、ただ、抱きしめた。
彼は何も言わずに、抱き返してくる。

キースに、大丈夫。ずっと一緒にいると、言えれば、どれだけ気が楽になるか。
それは、嘘だ。優しい嘘は、いつか鋭い刃になって、彼を傷つけるだけ。
だから、この時だけは、自分たちの肩書きなんて関係なくて。
彼は恋人で、大切な人。
「私は、幸せですよ」
愛してもらい、愛すことができて。
一段と抱きしめる力が強くなり、少し苦しい。
微笑みながら、遅くなる朝食の献立を考えていた。




後書き
いつも不安なキースさんとユーリさん
本当は最初のシーンは長編に組み込もうとしたのですが、予定なので、書くか分からないという
このシーン、とても書きたくて、これだけ書いてしまいました


2013/01/30


BacK