大人を甘やかす子供
パトロールを終え、家に帰り、寝室に行けば、ベッドが占領されていた。
黒を基調とした、彼の炎と同じ色を施したスーツを身にまとったまま、ルナティック、いや、ユーリは寝転んでいた。
脱ぎ捨てた靴と手袋、マスクが床にはあり、小さなテーブルには、ボウガン一式が置いてあった。
あれの後に、そのままこの家に来たらしい。玄関は閉まっていたため、バルコニーくらいから入ってきたのだろう。
「ただいま」
「……おかえり」
小さい返事。どうやら、起きているようだが、起き上がる気配はない。
脱ぎかけていたジャケットを脱ぎ、ハンガーにかけて、彼に近づき、顔を見れば、目が合うが、すぐにそらされた。
「怪我はないかい?」
「してません」
数時間前に彼に会っている。スカイハイとルナティックとして。
彼の行為を阻止するために、犯人を抱えて飛んでいた。捕まえた犯人を逆に守るという奇妙なことになってしまった。
それに、アポロンメディアの二人の妨害を受けて、彼は撤退していった。見事に二人の攻撃を退け、まいて逃げた。
犯人には、捕まえたというのに、お礼を言われてしまった。
「脱がないのかい?」
「面倒です」
喋るのも面倒だと言わんばかりの短い返答。
どことなく不機嫌だ。理由は分かっている。自分達だ。しかし、やすやすとやられる訳にはいかないのだ。
ベッドから離れ、彼の着替えを取り、ベッドに置き、自分も座る。
「着替えた方がいい」
そんな恰好では、寝るとしても寝苦しいと思う。
返答がないまま、両腕がこちらに伸ばされ、彼を抱きしめる形で起き上がらせる。
「着替えるのも面倒かい?」
笑みを含んで言えば、彼は頷いた。何もできない子供が甘えているようだ。もしかしたら、彼は自分に甘えているのかもしれない。
甘えることを知らない彼は、その表現方法を知らないから、拗ねている子供のように、こんなことをしてくるのかもしれない。
ユーリのそんな行為に顔をほころばせていると、怪訝な顔で見られた。甘えているという自覚は、どうやら、ないらしい。
抱きしめるのをやめ、彼のスーツに手をかける。スーツを脱がしたことはなく、ベルトはすぐに取れたが、スーツがどこから外れるのか分からない。彼にどこだど聞いても、答えてくれなかった。
少し時間が経ち、ようやく外せるところを見つけ、スーツを開いていく。
隠れていた白い肌が、さらけ出されていく。体をよく見る。彼は、怪我はないと言っていたが、彼は隠すことに、慣れている。
彼の細い体には、綺麗に筋肉が無駄がなく付いていた。それは、惚れ惚れとしそうなくらいだ。どういうトレーニングをしたら、こうなるのか、聞いてみたことがあるが、秘密だと教えてはくれなかった。
上半身に怪我がないことを確認し、今度は下へと手をかける。座ったままだと脱がせにくいことに気づいたが、伝える前に彼が寝転んだ。起き上がっているのも面倒らしい。
足を持ち上げ、脱がしていく。
怪我がないか、ちゃんと確認しつつ。
下着一枚になった彼は、寒いというだけで、ただ寝転んでいるだけ。
足に片方ずつ、ズボンをはかせていく。少し腰を持ち上げ、しっかりとはかせる。
それを終え、また抱きしめて、彼を起き上がらせ、シャツを着せていく。片腕ずつ、袖を通らせて。彼は黙ってなされるがまま。
シャツのボタンを閉める前に、彼が自分に上半身を預けてくる。このままだと、できないと言うと、もういいと言われた。
ゆっくりと、背に腕が回り、彼が自分にしがみついてきた。
珍しいと驚くが、嬉しいという感情が上回り、彼を抱きしめ返す。
「寝ます」
そう言われ、自分は抱擁をといたが、彼は離れる様子もなく、しがみついたまま。
気が済むまで待てばいいと、離れるのを待っていたが、変化はしがみつく力が、少し弱くなっただけ。
いきなり、横に倒され、彼とくっついたまま、ベッドに寝転んだ。
これは、よく自分がすることだ。ユーリを抱きしめたまま寝るということ。
しかし、このままでは少し寒かろうと、シーツを探したが、近くにはないらしい。
「ユーリ、離して」
彼に抱きしめられたままだと、動けない。
困ったように笑みを浮かべる自分と、それを無表情で見る彼。
「嫌」
彼は表情を変えず、一言で自分の主張は一刀両断に。
「このままで」
胸に顔を埋められる。
「寒くはないかい?」
「抱きしめてくれたら、大丈夫です」
甘える言葉と行動に、愛しさを感じながら、彼を甘やかす。彼の体を力いっぱい抱きしめ、隙間ができない程、体を密着させる。
彼も自分が甘える時は、こんな気持ちを抱いてくれているのだろうか。
それとも、しょうがなく付き合ってくれているのだろうか。
「キース」
名を呼ばれ、返事をすれば。
「呼んだだけです」
本当に子供のようだ。
声もなく笑い、子供の彼に付き合う。
甘えられ、甘やかし、甘い時間を過ごしていった。