MOVE!
パーティーの一角でスカイハイは見るからにそわそわしていた。
その視線の先には、一人でお酒をたしなむ、黒いドレスの女性。
チャンスは今しかない。今は自分に話しかける人もいない。そして、目的の人物にも。
スカイハイは拳を強く握りしめると、その女性に近づいていく。
「あ、あのっ……」
声が緊張で上ずる。声を出すのは、容易いことのはずなのに。
振り向いたのは、ヒーロー管理官、兼、裁判官であるユーリ・ペトロフだ。
「スカイハイ」
見上げる真っ直な視線に、スカイハイは、鼓動が早くなっていくのが分かった。顔が熱い。今はマスクを被っていることに感謝する。
「ど、ドレス姿、お、お似合いですね!」
上手く喋れない。その前のスポンサーとの会話はスムーズに言っていたのに。
「その……綺麗で、う、美しい……」
うつむき、語尾は消え入りそうな声だ。
普段から美しい。そう言える仲ならどれだけいいだろう。彼女と会える機会はあまりにも少ない。
「お世辞でも嬉しいです、ありがとうございます。今シーズンもキング・オブ・ヒーロー、おめでとうございます」
彼女が頭を下げると、流れる銀の長髪。
それに見とれていたが、慌てて、スカイハイもお礼を言い、頭を下げた。
しかし、すぐさま頭を上げる。
「あの……お世辞では」
目の前にいる彼女は本当に綺麗だ。自分にすれば、この会場にいるどの女性よりも。
「……ありがとうございます」
ユーリは顔を上げ、お礼を述べる。
「ペトロフさん」
違う人から、声をかけられ、また、失礼しますと頭を下げ、そちらへと行ってしまった。
「スカイハイ」
声をかけたのは一部始終を見ていたファイヤーエンブレム。
「今日は、褒めれたよ!」
スカイハイは無邪気に喜んでいた。
「練習の成果は出ていないようだけど」
この為に、パーティー直前に練習で女性であるブルーローズやドラゴンキッドを褒めさせた。その時は、すんなりと綺麗やら可愛いと言えたのに、本人に話しかけるだけでも、アレだ。
当初よりはだいぶマシにはなっている。話しかけることすらできなかったのだから。こちらから、助け船を出さないと何もできなかった。
それは今では、話しかけ、褒めるところまでいっている。進歩はしているが。
「もう少しお喋りしてくれば?」
「いや、もういいよ」
何事にも積極的な彼は、彼女のことになると、途端に消極的になる。
そう言いつつも名残惜しいのか、彼は彼女の背を見つめる。その視線に注がれている本人は気づいていないようだ。とても、熱い視線なのに。
煮え切れないと、ファイヤーエンブレムは、会話が終わったらしい彼女に近づき、声をかけた。
「ちょっといいかしら?」
「ファイヤーエンブレム、何か?」
「スカイハイがあなたに、まだ用があるらしいわよ」
そちらに視線をやれば、慌てている彼。頑張れとウィンクをした。
不思議そうに彼女は、スカイハイに近づいていく。
「なんですか?」
「あ、あの……その……」
「あたしがせっかく、チャンスを作ったのに!」
翌日、トレーニングルームでファイヤーエンブレムは怒っていた。
出した助け船は見事に座礁してしまったのだ。
あの後、ユーリからスカイハイは逃げてしまった。ファイヤーエンブレムは一人残された彼女にフォローはしたが。
「いきなりのことで、頭が真っ白になってしまって」
すまないと二回繰り返す。自分の不甲斐なさに落ち込んでいた。
「キング・オブ・ヒーローが恋愛一つでこんなに悩むなんてね」
ブルーローズは呆れた。
スカイハイはユーリ・ペトロフに恋をしている。
パーティーで、ずっと彼女を眺めていたことを、ファイヤーエンブレムが気づき、無理矢理、白状させた。
一目惚れらしい。ヒーローになるための手続きの時に会った時に。
ヒーローの、しかもキング・オブ・ヒーローの恋愛などご法度だが、ヒーローである前に人間だ。恋だってする。
他のヒーロー達も、スカイハイの恋愛を応援している。成就したとしても、隠し通せばいい話なのだから。
「まあ、会う機会は少ないからな……」
ロックバイソンが呟くように言う。
成績優秀なスカイハイがユーリと会う機会は、極端に少ない。
「ボクは時々、管理官に会うよ。いつも、困ったことはないか聞かれたり、無理はしてないか心配してくれてる」
ドラゴンキッドは最小年ヒーロー。まだ彼女は幼い。心配するのは当然と言えば、当然だ。
「私も。学生生活に影響がないか、体調も心配してくれるし」
ブルーローズは悩み多い年頃の女子高生だ。しかも、彼女はアイドルとしても売り出されているため、スカイハイの次に仕事は多忙だ。それと学業を両立させるのは、相当な負担だろう。
「あたしはオーナーとして会うことが多いわね」
ファイヤーエンブレムは自身の会社のオーナーだ。そちらの顔として彼女とは交流しているのだろう。
「ぼ、僕も気にかけてくれてるみたいです……」
折紙サイクロンもドラゴンキッドの次に若い。それと、母国が同じなために親近感が少しあるのかもしれない。
「皆、結構、接触あるんだな。俺、あんまりないぜ」
「羨ましい、そして、羨ましいよ」
成人している男二人が羨ましがっていると、トレーニング室の扉が開いた。
「疲れた……」
気の抜けた声を出しながら、部屋に入ってきたのは、ワイルドタイガーだった。
「ワイルド君!彼女は元気だったかい?」
今日、彼は裁判所に出廷していたはずだ。スカイハイはそれを知ると、ワイルドタイガーに毎回、この質問をしている。
「あー、いつもどおりだったぜ?」
そして、回答も毎回同じだ。
正義の破壊屋と言われるワイルドタイガーは賠償金で裁判所への召喚は一番多い。裁判官としての彼女を見る機会が多いため、彼だけが裁判官と呼んでいる。
「ならば、いいんだ」
スカイハイは安心したように笑顔を浮かべる。
「そういや、スカイハイ、昨日はどうだったんだよ?」
その言葉に、全員が首を横に振った。
「またかよ。いつものノリでいけば食事ぐらい誘えるだろ」
何回も会話をしているのだ。彼女の立場上、食事を誘っても応じてくれるのは、難しいかもしれない。しかし、やる前に諦めてしまうこともない。
「管理官、恋人いないのか?」
恋人がいたら、スカイハイの想いは無駄だ。
「いないわ。確かな情報よ。あの司法局でも高嶺の花なの、彼女」
その情報はどこで手に入れたものなのか。ファイヤーエンブレムは店も経営している。様々な情報が入ってくるのだろう。
「狙っている狼は多いそうよ?」
彼女には独特な雰囲気がある。言葉に言い表すなら、ミステリアス。妖しいその魅力。
「しかも、彼女はスタイルも抜群ね。あの細い腰なんて折れちゃいそう!」
「少し分けてほしいわ……」
ブルーローズは胸に手をあて、呟いた。
「行動あるのみだろ。頑張れスカイハイ!」
ワイルドタイガーはスカイハイの背を叩く。
その言葉に、スカイハイを囲むヒーローたち全員が頷いた。
行動しなければ、何も変わらないのだ。
「そうだね……」
しかし、まだスカイハイは不安そうに笑うだけだった。
これは先が長くなりそうだと、ヒーローたちは頭を抱えた。