この気持ちを分かってほしくて
疲労している体を動かし、鍵を開け、家に入る。
リビングに向かう。いつも、迎えてくれる大きな子は、今は角で眠っている。この子の飼い主も今、眠っているのだろう。
今は、真夜中。寝ている人が大多数だ。
こんな時間だが、時間が帰ってきた家は、自分の家ではない。
仕事が忙しく、朝早く仕事に行って、帰るのは日付が変わっている。
少しでも、睡眠時間を確保するために、仕事場から近い彼の家に、泊まらせてもらっている。
鞄を置き、上着を脱ぎ、ネクタイを外し、ソファーへと横になる。一人暮らしの家には、ベッドは一つしかなく、そこに入るのは、彼の安眠を妨げることになる。彼も忙しいのだから。
置いてあった毛布をかぶり、目を閉じた。
意識を失うように、眠りに落ちた。
目覚まし時計の音に、意識を覚ます。
しかし、その音がすぐ近くなのに、疑問が浮かぶ。この音が聞こえるのは、壁を隔てているため、こんな大音量では聞こえない。
確かめようと、目を開けようとするが、瞼は重く、まだ寝たいと主張する。それに抗う力はなく、夢と現実の狭間をさ迷う。
横で何かが動き、目覚まし時計を止める。
誰か横にいる。ということは、ここはソファーではないのだ。
ここにいるのは、彼だけで、ソファーに大人が二人寝られる広さはない。
無理矢理、腕を動かし、彼に触れる。指先に触れたものを、そのまま、掴んだ。分厚い肉に阻まれ、掴めたのは布くらいだった。
「もっと寝ててもいいよ」
もう少し寝れるよと、優しい声が降ってくる。
掴んでいた布を、優しくゆっくりと離された。
離れていくのが分かって、また服を掴む。
「……わざわざ、ベッドに?」
目を閉じたまま、口を開く。
自分が寝ている間に、彼は起きて、わざわざ運んだということになる。そんなことをしなくていいのに。
「ベッドに招待しても、来てくれなかったから」
少し前から、ソファーに寝ている自分を見て、彼に、ベッドで寝るよう言われていたが、寝ている人の寝床に入るのは、起こしてしまうのは悪いと、断ったのだ。
「ソファーで充分です」
「私が勝手にしていることだから、気にしないで」
それは、彼の勝手かもしれないが、彼の睡眠時間を削る原因となっている。
やはり、職場に泊まり込んだ方がいいだろうか。彼に迷惑をかけてしまっている。
ずっと職場にいるのも、気が抜けず、疲れてくるものだが、それは自分のわがままに他ならない。
「……明日から来ません」
重い瞼を開ければ、戸惑う彼の顔が見えた。
「な、なぜだい?私は一緒に寝たいだけなんだ」
「しかし、あなたの貴重な睡眠時間を……」
それが原因で、彼のヒーロー業に支障が出てしまったらどうするのだ。
問題を起こされれば、処理するのは自分だ。わざわざ、仕事は増やしたくない。今でも、ワイルドタイガーの賠償金絡みで、頭を抱えているのに。
キースは、首を横に振る。
「嫌だ!そして、嫌だ!私は毎日、会えることが嬉しいのに」
彼の泊まらせてほしいという申し出は、二つ返事で了承した。
自分を頼ってくれていると、毎日彼に会えると、とても嬉しかった。
毎朝、彼と挨拶を交わし、朝食を食べる。それが、何気ないものでも、愛しい人との時間。少しでも一緒にいられるのは、嬉しい。
ユーリは、起き上がると、一つため息をつき、眠そうな目でこちらを見る。朝なのだから、静かにしろという言葉も、目から見えた。
「あなたの睡眠不足の原因には、なりたくありません」
「じゃあ、ベッドに寝てほしい。すぐそばに君がいるのに、離れているなんて寂しい。そして、寂しいよ」
最初から、彼が自分のベッドで寝てくれれば、この問題は解決する。
一度、一緒に寝ようと、彼が帰ってくるまで、起きていたら、さっさと寝ろと怒られて、彼はさっさと狭いソファーで寝てしまった。
昨日、我慢できずに、した行動だった。ユーリが起きてしまうのではないかと、不安だったが、彼は疲れていたのだろう。深く眠っていて、起きる気配は全くなかった。
「ベッドで一緒に寝てほしい」
「……何もしませんよね?」
その言葉に、首を縦に振ることはできなかった。
ベッドに一緒に寝ないのは、彼が手を出してこないという保証がないから。
最近、自分が忙しく、ご無沙汰だ。
固まった彼を見ていた。何もしないとは、言い切れないらしい。
「だ、抱きしめるのは、許してほしい!」
「それくらいなら」
そう言って、またベッドに横になった。まだ、寝る時間はある。
「ベッドに来てくれるかい?」
「分かりました」
シーツと毛布を深々とかぶり、目を閉じる。
横に感じる気配で彼が、喜んでいるのが分かった。
ユーリがキースに起こされて、準備をしてリビングに行くと、テーブルには朝食が用意されていた。
「ありがとうございます」
「これくらい、なんてことないさ」
キースの前に座り、ありがたく朝食をいただくことにする。
今日も忙しい一日が始まる。