信用
腕に衝撃を感じ、いつの間にか閉じていた目をハンジは開けた。
「寝るなら、寝床に行け」
横には、ソファーに横になりながら、書類を見ているリヴァイ。肩を蹴ったらしい足が、自分の膝上にのる。
「んー、もう少しなんだよ」
今回の壁外調査の報告書は、後、数枚確認すれば、団長であるエルヴィンに提出すればいいだけだ。
壁の中に戻れば、巨人の研究しかしていないが、最近、人間の身でありながら巨人化できる新人が入ってきたため、寝る暇がない。興味が尽きないからだ。
殺されたソニーとビーンは残念だが、新しい研究対象は二人をしのぐほど、興味深い。
「早く終わらせて、エレンのところに行きたいね」
そう愚痴りながら、書類を確認していくが、似たり寄ったりな成果がないという報告の文面は、面白味がなく、目蓋を閉じさせていく。
睡魔と戦いながら、書類の確認が終わり、机にそれを置いて、整える。
「ねむ……」
意識が飛び、また肩からの衝撃で目を開けた。
「あいつのところに行くんじゃねえのか」
蹴るのではなく、手で叩くや言葉をかけるくらいしてほしいと内心こぼす。彼女がこうなのは、元からだが。
「ちょっと寝てから行く」
書類を置き、リヴァイに覆い被さり、彼女の胸に頭を置く。
「おい、クソメガネ」
「少し、付き合ってよ」
感じる鼓動とあたたかさに、とても安心する。
ため息が聞こえたが、なされるがままということは、嫌ではないということ。
この寝方は、リヴァイが自分にさせたものだ。巨人の研究に熱中し過ぎて、人間の暮らしを放棄していた時に。
本に囲まれ、自分は巨人に関することを紙に書いては、破り捨てることを繰り返していた。
風呂にも入らず、食事もせずに、ほとんど寝ずに。
リヴァイに殴られ、日付を言われた時には、驚くほどの日数が経っていた。
奇声を発していたと言われたが、記憶がない。頭の中には、巨人に関しての知識や自分の考えしか残っていなかった。
風呂に入ってこいと浴室に放り込まれ、三回くらい体と頭を洗えと言われ、その通りにして戻ると、綺麗になった部屋が自分を迎えた。
「寝ろ。飯はその後だ」
ベッドに連れていかれ、横にされたが、眠たいのだが、眠られないという妙な現象に襲われていた。
「どうしよう?リヴァイ。いや、ほんっっと、眠いんだけどさ!頭は起きてるっていうか、私の巨人に対する考察をちょっと聞いてくれない?」
「黙れ、寝ろ」
「眠い、眠いよ?でもさ、巨人のことで頭いっぱいなんだよね!ちょっと、そこの本とって。それさー、なかなか興味深いことが」
起き上がったところに拳が飛んできた。手加減されていたのは、されていたのだが、痛い。
「寝ろ」
目付きが悪い彼女が、睨み付けると、それはそれは怖いのだが、慣れた自分にとっては、何も感じない。
「だってー、寝れないからさー」
また腕がこちらに延びてきて、殴られるのかと身構えたが、手は顔を無視し、後頭部に回され、引き寄せられると、彼女の胸へと頭が押し付けられた。
「気持ちが高ぶってるだけだ。落ち着け」
耳に届く声が、いつになく優しい。彼女の手が視界を遮り、暗くなる。
すると、柔らかい胸から心音が聞こえてきた。その音を聞いていると、沸き上がっていた熱が冷めていくのが分かった。
「……おやすみ、リヴァイ」
自分を襲う、心地よい睡魔。
「ああ、クソメガネ」
次に目を覚ました時には、ベッドに横にされていた。リヴァイもいなかったが、丸一日、寝ていたことに気づき、食事をしながら、巨人についてまとめることになった。
動かなくなったハンジを見て、本当に寝たのだと思い、書類を読むのを再開した。
彼はこの寝方を気に入っているようで、自分と一緒にいると、よくしてくるのだ。
とても寝やすく、安心すると。
自分も付き合うは付き合うが、限界が来たら、殴ってでも起こす。
扉がノックされ、返事をし、書類から視線を入口に移せば、ハンジが熱をあげている彼が入ってきた。
「失礼しま……」
自分たちを見て、エレンは固まっていた。違う者たちで何度もその反応は見ているため、気にも止めない。
「……エレン、この書類をエルヴィンに届けてくれ」
見ていたのが最後の書類だったため、それを束の上に置く。
書類を指して示すが、彼は呆けたまま動かない。
「エレン!」
耳に届いた声に、反射的に返事をした。
エレンはまだ驚いていた。
人類最強と言われる兵長が、大人しくハンジに覆い被らされている。
二人が仲がいいことは知っている。よく一緒にいることも多い。
気を許しあっているのだろう。
彼女の力なら、ハンジを上から退かせることも容易なのだ。
「これをエルヴィンのところ……」
「な、何してるんですか……?」
そう問わずにはいられない。
「こいつの枕代わりだが」
そう答えるが、不機嫌そうに睨みつけられた。
「で、私に何回、言わせる気だ?」
不機嫌な声と殺気にも似たものを感じ、体が動く。
「はいッ!団長のところに持っていきます!」
テーブルの上にある書類を回収し、頭を下げて部屋を出ていく。
エルヴィンのところに向かいつつも、やはり二人はそういう関係なのだろうかと考えていた。
扉が閉められ、リヴァイはそろそろハンジを起こそうかと、頭に触れようとした瞬間。
「新人いじめはよくないよ」
聞こえた声に顔をしかめる。
「……起きてるんなら、退け」
人の頭というのは、重いのだ。
「いいじゃん。もうちょっと、付き合ってよ。書類はエレンが届けてくれるんだし」
ハンジの腕が後ろまで回り、離れないようにされた。
「エレンのところに行くんだろ」
今さっき出ていった彼なら、エルヴィンのところだ。早く追いかけて捕まえればいい。
「エレンは戻ってくるよ」
「……?」
その言葉に首を傾げたが、ハンジが満足し、離れていった時に、彼の言う通りにエレンは戻ってきた。
「ね?」
得意気に笑みを浮かべる。
「サインが抜けていると団長が……」
そう言って、書類をハンジに渡す。ごめんね、ありがとうと言いつつ、受け取る彼。
わざとやったのだ。エレンが戻ってくるように仕向けたのだ。
サインを書くと、彼は意気揚々とエレンの腕を引っ張り、部屋を出ていく。
「付き合ってくれて、ありがとう。リヴァイ」
「さっさと行け」
ぶっきらぼうに返したが、笑みだけを返され、扉が閉められた。
一人きりになった部屋で、少し縮こまり目を瞑る。
少し寒い気がした。