なにもない!
ヒーロー本部から連絡があり、フブキたちは怪人が現れた場所に到着すれば、その死体が転がっていた。
「おせーぞ、お前ら」
何とも間の抜けた、髪がない男が、そのそばに立っていた。
「ハゲマント、サイタマ!」
「ハゲマント言うんじゃねえ!!」
サイタマが睨みつけてくる。その形相に名前を呼んだお付きのヒーローが、小さく悲鳴をあげる。
彼はそのヒーローネームを嫌っているが、名は体を表すと言わんばかりに、簡潔に彼の姿を表していた。これほど、ぴったりのものもないだろう。
「もう終わったのね」
怪人は彼の一撃でやられたのだろう。伝えられたレベルは鬼だったはずだが、彼には関係ない。Sランクにいていいはずの実力を彼は持っている。
「ああ……」
もう用はないと、帰ろうとした時、サイタマに呼び止められた。
「なあ、この後、暇か?」
ナンパをする時のような安っぽいセリフに、自分は怪訝な顔をするしかなく、横では仲間たちが何を言っているんだと喚いている。
「チョコレートの礼だよ。遅れたけど………いらないんだったら、いいけどよ」
ホワイトデーはもう終わっていた。大量にチョコレートはばらまいていたため、誰にお返しを貰っていないかなど、気にもしていない。
他の者たちから、高価なものから、嫌がらせとしか思えないもの、様々なものを貰っていたからだ。
「いいえ、貰うわ。この後は暇よ」
何かくれると言うなら、それを無下にする必要もない。
周りの者たちには、先に返っているように言い、サイタマについていった。
フブキは連れてこられた建物を見上げる。
「……ここで、プレゼントを買う気?」
サイタマが連れてきたのは、スーパー。ここで買うというのか。自分に渡すプレゼントにふさわしいものはないと思うのだが。
「いや、鍋でもしようと思って。ほら、あの時、あんまり食べれなかったろ?」
サイタマの家で鍋をしたことがあったが、その時は、キングやシルバーファングとその兄と、ジェノスもおり、彼と肉を取り合っている間に、鍋は空になっていた。
「それは、あなただけじゃないの。キングは遠慮したみたいだけど」
キングは自分たちに遠慮をし、食べていなかった。彼はいつだって心優しいヒーローだ。
「あいつは……まあ、いいや。何か食いたいもん、あったら遠慮なく言えよ。あと、今日は肉が安いからな!」
スーパーのカゴを持ち、意気揚々と入っていく。
チョコレートのお返しが鍋とはまた斬新な。食事なら誘われたことがあるが、それは高級レストランや高級料亭ばかりだったが。
貰うと言ったのだから、彼についていき、とりあえず、肉をカゴに遠慮なく入れた。
サイタマの家に入ると、適当にくつろいでくれと、狭いリビングに案内された。
出された座布団の上に遠慮なく座る。
「彼は?」
彼と一緒にいるはずのジェノスがいない。家にいるものだと思っていたが。
「ジェノスは、メンテナンスにいった」
サイタマはそう言って、置いていた部屋着を取り、扉に入っていく。
彼は、ヒーロー名にもあるようにサイボーグだ。メンテナンスも必要だろう。
「二人っきりだとしても、何もねえからな!?」
いきなり、上半身裸の彼が出てきた。たくましい筋肉が目の前にさらけ出され、顔をそらした。
「あ、当たり前じゃない!あなたを異性として意識したことなんてないわよ!」
彼の強さは評価に値し、ひかれてはいるが。それ以外は、何も感じてはいない。
感じてはいないはず。
これは、いきなり裸を見たため、恥ずかしいだけだ。
「面と向かって言われると落ち込むなあ。分かってたけどさ」
ジェノス並みにイケメンならよかったと呟きながら、彼は扉へと戻っていく。
サイタマは鍛えているとは言え、超合金クロビカリのような体格はしていない。普通の見た目でも、驚異的な強さを持っている者もいるのだから、不思議ではないが。
あの細い体から、どうやって、何でも一撃でほふる、あの力が出てくるのだろうか。
向かい合わせに座り、鍋が煮えるのを待つ。
それは、ぐつぐつと音を出し、いい匂いを漂わせている。
「超能力、禁止な」
「あなた相手に使わないわよ」
使ったとしても、敵いはしないだろう。しかも、二人で食べるには充分な量だ。
「よし、もう……って、肉ばっか、かっぱらっていくな!」
次々と肉を取っていくが、非難するような声。
「あら、チョコレートのお礼なんでしょ。別に何を食べようが私の自由じゃない」
「バランスわりーぞ。野菜も食え!豆腐も!」
しょうがないので、彼の言う通りに野菜や豆腐を取っていく。
一口食べ、おいしさに目を細める。鍋がまずく作れる方が珍しいだろうが。
「うめえだろ?」
そう言う彼は、ニヤニヤしていた。
自慢ありげなその顔が、癪に障る。
「……まあまあ、ね」
素直に言う訳がない。
「そう言う割に、箸がすすんでるな」
「うるさいわね。お礼だから食べてるのよ」
残っている肉を全て回収し、他の具材も次々と回収していく。
「おい、待て!俺の分も残せ!」
「取ったもの勝ちよ」
言い争いながらも、鍋をつつくのは、なかなか楽しいものだった。
鍋も空になり、サイタマが入れてくれたお茶を飲んでいた。
「やっぱ、人と食う方がうめえな〜」
膨れた腹をなでながら、サイタマは言う。
「いつも、弟子と食べてるんじゃないの」
「そうだけどさ、今日はあいつがいないからな」
いつもいる人がいないというのは、結構、寂しいらしい。
その寂しさは、自分は知らない。仲間たちがいつでもいる。
「それじゃ、フブキ組に……」
「なんでだよ。入らねえよ」
彼ならいつでも大歓迎なのだが。彼がいるだけで、自分の一位というポジションが確定されるだろう。
「そろそろ、帰るわ。ごちそうさま」
彼の意思は変わらないし、バレンタインのお礼も貰った。
時間も遅いので、立ち上がる。
「途中まで、送ってやるよ。最近、物騒だからな」
サイタマも立ち上がる。
彼が住んでいる場所は、治安が最悪だ。ここでなくても、怪人たちの動きは活発である。毎日、どこかでヒーローが活躍している。
仲間たちも、ここまでは自分がいないまま、迎えにも来られない。
「途中までね」
迎えを電話で呼び出しながら、玄関に向かった。
暗い夜道をサイタマと肩を並べて歩く。街灯はあるが、所々、壊れているため、真っ暗なところもある。しかも、怪人が暴れたねだろうか、道路が割れていたり、へこんだりしていて、歩きにくい。
「なあ、たまになら食いに来てもいいぞ。ジェノスがいてもいいならな」
「……暇なら、ね」
彼を通じて、自分より上の階級のヒーローたちと繋がりを持っていてもいいだろう。損にはならないはずだ。
いきなり、サイタマに腕を掴まれ、何だと彼を見る。
「来る」
そう呟いたと同時に、彼に抱えられ、後ろへと飛ぶ。
その瞬間、道路が抉れた。何か鋭いもので、傷つけたように。
そう、それはまるで、斬撃のような。
「なんだ、デートの途中か?」
忍装束をまとった男が、剣を構えて、目の前にいた。
確か、ソニックという者だったか。サイタマをつけ狙い、ヒーロー協会の中でも要注意人物だったはず。
「違うわ!」
「ちげえよ!」
否定の声が重なる。
「なんだ、いい大人が恥ずかしがるな。そんなにくっついておきながら」
ソニックに呆れて言われて、自分たちの状態を見る。
膝と腰に腕が回り、抱えられていた。
「下ろしなさい!」
足をバタバタさせ、肩を押すが、それ以上の力が自分を拘束した。
「ちょ……暴れんなッ!」
サイタマは、また後ろへと下がる。
何かが、道路へと突き刺さる。
投げたクナイや手裏剣が、地面に突き刺さった。あたるとは思っていない。
ソニックは剣を握り直し、彼らに斬りかかっていく。
「あぶねーぞ!」
「こんな格好の方が嫌よ!私はヒーローなんだから、あなたに守ってもらわなくても」
「あいつ、ジェノスでも敵わなかったんだぞ!?無理すんな!」
「やってみないと分からないじゃない!」
「大人しくしてろって!変なことしなくていいって!」
サイタマとお姫様抱っこされている女は、言い争いながらも自分の攻撃を全て避けていた。
斬撃が止まり、サイタマは言い争いながらも、フブキをしかたなく下ろした。
「これでいいだろ」
「さっさとすれば、よかったのよ」
顔を赤くしているフブキは不満たらたらの様子。
彼女を守りながら、攻撃を避けていたことを少しは感謝してほしいものだ。
「お前らッ!!」
ソニックの声で彼を見れば、わなわなと怒りに震えていた。
「痴話喧嘩をして、俺を無視するな!このバカップル!」
その言葉にいち早く反応したのは、フブキの方で、石つぶてをソニックに向かって、放っていた。
「違うわ!!」
近くにあった巨大な瓦礫さえも、彼へと激突させる。
「フブキ!」
彼女の腕を引っ張り、後ろからの攻撃を避けさせた。
「なっ……あたったはずなのに……!」
「遅い」
フブキに斬りかかろうとしているソニックに向かって、頭にチョップをした。
「こいつは関係ねえだろうが」
その一撃で、彼は地面に倒れた。すぐ起き上がることはないだろうが、一応、転がった刃を、折って投げ捨てる。
「大丈夫か?」
「ええ」
フブキは、肩を押さえており、怪我をしたのかと問えば、斬られたのは服だけだと。手をどけ、見せてくるが、下着が見え、少し気まずい。彼女は気づいていないみたいだが。
「これ、着とけ」
自分が着ていた上着を脱ぎ、彼女に渡す。
「いいわよ。少し破れているだけだし」
「い、いや……その……ブラジャーが……」
その言葉に、彼女は気づいたようで、耳まで赤くなり、上着をひったくると、それを着る。
沈黙がおりる。自分も何を言っていいか分からない。
「フブキ様!」
声がした方を見れば、フブキの取り巻きであるヒーローがこちらに向かってきていた。
なかなか待ち合わせ場所に来ないのを不振に思い、ここまで迎えにきたらしい。
「じゃ、じゃあな」
もう自分は、いなくてもいいだろうと、来た道を引き返した。
フブキは名前を呼ばれ、我に返る。
迎えに来た二人が心配してきたため、大丈夫と返し、早く帰ろうと歩き始める。
次、会うときはどんな顔をすればいいのか。
背中を向けあっている二人の顔は、まだ赤いままだ。