自覚

シドは足を止めた。
自分の部屋に向かう通路の一帯に部下達が集まっている。
何かあったのだろうか、とそちらに足を進めた。
「お前らじゃ、埒が明かねえ!あいつはどこだ!」
女性の声。この場所でこんな威勢のいい女性はただ一人しかいない。
中心にいるのは、下界のルシであるファングだった。
「あ、あの……」
「だから、あの茶髪はどこだよ!」
胸ぐらを掴み、捲し立てている。今にも噛みつきそうだ。
しかし、その格好でも部下は困っているようだ。
異様な光景だった。
ファングは布一枚という、あられもない姿で迫っている。
「どうしたんだ」
「レインズ准将!」
声をかけると、取り囲んでいた兵士達が敬礼する。ファングに絡まれている兵は、哀願の眼差しをこちらに向けてきた。
「丁度いいところに来たな。お前でもいい」
兵士を解放し、こちらに向かってくる。
それが余りにも堂々としていて、なぜか笑いが込み上げてきた。
「あの服はなんだよ」
「服?」
込み上げてくるものを必死に抑えつつ、出てきた言葉に首を傾げる。
「あんなヒラヒラしたやつ着れっかよ!」
まだ意味が分からない。
「うちの服はどこなんだ。風呂入ったら、あんな服を置いてやがるし」
そう言われてみると、髪が湿っている。
ということは、居住区からここまで来たことになる。裸同然の格好で結構な距離を歩き回ったはずだ。
「おいおい、どうしたんだ」
騒ぎを聞きつけたのか、リグディがやってきた。
「准将も……」
ファングの姿を見るなり、慌て始める。
「おい、お前はなんて恰好してんだ!服、用意してただろッ!」
ファングは標的をリグディに変え、また、つっかかった。
「着れるか!あんなもん着るなら、裸でいる方がマシだ」
「こっちはわざわざ、女物用意したんだぞ!」
どうやら、コクーンの女性の服はお気に召さなかったらしい。
「お前らと同じ服でいい」
「人の気遣いを……」
リグディは項垂れている。
妙な光景に堪えきれず、吹き出す。
「何がおかしいんだよ?」
「いや」
不機嫌に睨み付けてくる。その恰好では、あまり迫力はないが。
「服用意するから、部屋に戻れ」
「広すぎてどこから来たかなんて覚えてねえよ」
吐き捨てられた言葉にリグディは盛大なため息をついた。
その横でファングは大きなくしゃみ。体が冷えたのだろう。丁度いいように空調管理はしているが、布一枚では寒いはずだ。
「私の部屋に来るといい」
外装を外し、ファングにかける。
「その恰好でフラフラされるのも困る」
「目に毒ってか」
ある意味では、毒だ。ここには男しかいないのだから。
「そんな格好で女性が」
「普段の恰好と変わんねーよ」
来ていた服は露出が高かったことを思い出す。しかし、外装の隙間から見える体に巻いている布は、今にもずり落ちそうだ。
「私の部屋に服を届けてくれ」
行動した方が早いと、ファングの手を引き、歩き出す。
「お、おい……」
「何かね?」
「離せ」
手を振り払おうとしてくるので、それ以上の力で抑え込む。
「断る」
ファングが絶句するのが分かった。

部屋に入ると、ようやく手が離された。
強く握られた為か、離しても感触が残っている。早く消えるように、手を振った。
目に付いたソファーに座る。
「適当に」
こちらの姿を確認すると、言葉を切った。座れ、とでも言いたかったのだろう。
「しかし、君は危機管理が足りないな」
「何がだよ?」
笑顔のままシドは近づいてくる。
どうにも考えが読めない。正直なところこういうタイプは苦手だ。
「女性という自覚をしてほしい」
ソファーに手を置き、覆い被さるように迫ってくる。
「っ!」
自己防衛をしようと腹を狙ったが、手首を掴まれ、阻まれた。もう一方の手もすぐに封じられた。
見るからに優男なのに、この力はどこからやってきているのか。
「その力があれば大丈夫か」
ルシになれば、普通の人間以上の力が出せる。しかも、魔法を使えるようになるのだ。現に政府の兵たちを退けて逃げてきた。
手を解放され、睨むようにシドを見ると、涼しげな顔。
「しかし、ここは男しかいない。変なことを考える輩がいるかもしれないのでね」
伸びてくる手に身構えたが、その手はずり落ちそうになっていた外装を掴み、かけ直しただけだった。
「君の身を守る為にも、そういう自覚をしてもらいたい」
「……わかったよ、レインズ、じゅん、しょう?」
シドの言うことは正しい。
しかし、何故か面食らった顔をしている。
そういえば、初めて名前を読んだ気がする。
「この中では一番偉いんだろ?皆、そう呼んでるし」
どう呼べばいいのか分からず、他が呼んでいたから真似しただけなのだが。
「君は私の部下ではないからな。そう呼ぶ必要はない」
「そうか、じゃあ、呼び捨てでいいんだな」
「ああ」
微笑んで、シドはそこから動こうとしない。何か待っているようにも思えた。
いざ、口にしようとすると、何だか気持ちが悪い。
「れ、レインズ」
「何かな、ファングさん」
「呼んだだけだ。それと、呼び捨てでいい」
ノックされる音に扉に視線を移す。
「入りますよ、准将」
入ってきたリグディは、手に持っていたものを投げ付けてきた。広げて見ると、兵士の服。
「さっさと着替えろ」
「おう、すまねえ」
羽織っていた外装をソファーに投げる。

ファングの行動にため息しか出なかった。
今さっき言った言葉を覚えてないのか。
リグディは見ないように視線を反らしていた。
「こ、ここで脱ごうとしてんじゃねえよ!」
バスタオルを取ろうとしている手が止まる。
「あ?うちは気にしねーよ」
「こっちが気にする」
ファングは面倒だと言わんばかりに頭をかいている。
「この部屋を使うといい」
自分が仮眠室として使っている部屋の扉を開ける。
「お、ありがとな!」
ファングが入り、扉を閉め、リグディと顔を見合わせ、困ったように笑う。
しかし、すぐに扉が開いた。
「なあ、これ、どこを開けば……」
「それはここを……」
説明している最中に、布が落ちる音。ファングの足下に落ちているのは、紛れもなくバスタオルだろう。
「その前に、バスタオルを」
「あー、気にしてねえから、ここをどう」
扉を閉める。
中から、扉を叩く音が聞こえているが、無視だ。
「大尉、すぐに彼女の服を」
「了解です」
リグディが足早に部屋を出ていった。

この扉が、魔法で壊されるのが早いか、リグディが服を届けるのが早いか競争だ。





後書き
小説を読んで妄想しました
騎兵隊に保護されたときにこうなってればいいなーと
けっこう泥臭い所をウロウロしていたらしいので
風呂くらい入っているだろうと
ファングさんは男らしいので、裸がなんだって感じだと思います
カップリングがレインズ×ファングとかマイナーですけど
ファングさんがレインズって呼んだときにキュンとしたんです


2012/04/26


BacK