染まった薔薇
落ちていく感覚。
自分はいつまでも一人なのだ。
友達になりたかった少女に、燃やされ、消えていく。
ゆっくり目を開けば、上から何か光るものが落ちてくる。
淡く光るそれを、手を伸ばし、掴めば、青い花びら。
これは、ギャリーの薔薇だ。自分が散らしたもの。
それが、上から舞い落ちてくる。
それを、掴み取り、集める。
暗闇の中で青く光るそれを見てれば、すこし安らぐ。
「……!」
いきなり、下からの風と共に大量の花びらが。自分を覆い、口から溢れた悲鳴。少しの息苦しさと共に視界を奪われた。
「イヴ、ちょっと……」
ギャリーの声。どこからと見渡せば、ぼんやりと浮かぶ風景。
「イヴ……あのさ……悪いんだけど……先に行っててくれない?」
通路にいるギャリーとイヴ。少し距離を置いて、お互い見合っている。
「アタシ、ちょっと……ゴメン。なんと言ったら、いいのか……」
空間に映る彼は、胸に手をあて、しゃべっている。
それをただ、不安そうに眺めるイヴ。
「……ウソなんて、つきたくないけど……本当のことも 言いたくない……」
握りこぶしが強く、強く握られる。
そうだ、彼の薔薇はこの時、自分が。
「……動けるようになったら……追いかけるから……さきに行ってて……」
ギャリーが笑顔を浮かべると、イヴは頷き、歩き出す。しかし、ギャリーが気になるのか、数歩進んで、振り返る。
ギャリーは、先に行ってと繰り返す。進む方向に、イヴは向き直ると、力強く歩き出す。
すると、ギャリーは倒れた。
音で気づいたのか、イヴは立ち止まった。
しかし、振り向くことはなく、そのまま、走り出した。
すると、見えていた風景はなくなり、また青。
「ギャリー……イヴ……」
あれは、自分がしたことの結果。悪いとは思わない。彼さえいなくなれば、自分が外に出られたのだから。イヴには拒否をされたけれども。
イヴは一人で帰ってしまうのか。
帰したくない。初めてできた友達。
そう強く思えば、周りの薔薇の花びらが自分にいっそう、近づいてきた。目を瞑ると、妙な浮遊感。
そして、足が地に着いた。
「?」
目を開ければ、そこは美術館。表と同じ、現実世界に繋がる唯一の場所。
しかし、いつもより視界が悪い。片方の目が髪で隠れている。前髪をかきあげ、周辺を見回す。いつもより目線が高い気がする。近くにある無個性の像が自分より小さいことはない。
髪を押さえるのをやめ、手を見れば、それは大きな手。そして、見えるのは黒く、ボロボロになった裾。
「!」
自分の姿は、緑の服に、黒いコート。頭を触れば、長い髪ではなく、短い。目にかかる髪は紫。
「これって……ギャリー?」
そう言った声は、まぎれもなく彼の声。自分の口から出ているのに違和感を覚える。
自分はギャリーになったのだ。
姿をうつすものはないが、いや、うつらないのだが、見て触る限り、自分は彼だ。
「この姿なら……」
イヴをひき止められるかもしれない。彼女は、ギャリーに絶大な信用を置いていた。
出口の絵に向かう。
彼女もそこにいるはずだ。
絵空事の絵画の前には、長い髪の赤い少女が。
「イヴ……」
名前を呼べば、気がついたようで、こちらを見る。目を見開いて、驚いていた。
「イヴ!!もう探したのよ……!ひとりで勝手に行っちゃって!」
彼女へ歩み寄る。
「あとで行くって、言ったでしょ?」
あの時に見た映像を必死に思い出しながら、言葉を紡いでいく。
「ったく……心配したんだから!」
彼になりきれと、自分に言い聞かせる。そうすれば、自分はイヴと、また一緒にいることができる。
「それはそうと、イヴ!出口のような所、見つけたのよ」
笑顔を浮かべ、少し彼女に近づく。
「こっちじゃなくて、向こうなの。一緒に行ってみましょ?」
今来た方角を指差す。
「さぁ、イヴ……こっちにおいで!」
手を差し伸ばす。彼の手だ。彼女は掴んでくれるはず。
しかし、彼女は胸に手をあてたまま、動かない。
「いや」
拒否し、首を横に振る。
「あなたは……ギャリーじゃないもの」
そう言って、絵に飛び込む。
その姿を追ったが、もう絵には、額縁が復活し、触っても薄い壁に阻まれた。
「どう、して」
見た目も、言葉遣いも、完璧に彼だったのに。
力がなくなり、床に座る。
「あは、あはは、はははは……」
笑いながら、泣いた。
ギャリーでも、自分は彼女と一緒にいられない。
いつの間にか、視界には、流れる金髪。元に戻ったらしい。絵画も見上げる形となっていた。
手を見れば、透けている。手に隠れているはずの、床が見える。
「ばいばい……」
もう、本当に時間切れ。
メアリーは、涙を一つ流し、絵画の前から、溶けていくように消えた。