壊れたイヴ
数日前からイヴの様子がおかしい。
突然、ギャリーの名前を言い出すようになり、楽しそうに彼のことを話すのだ。
あの時の記憶はなくなっているはず。
ライターも捨て、彼との繋がりは全てなくなり、安心していたのに。
自分では駄目なのだろうか。
ようやく、こちらに存在できたのに。
家族になったのに。
「あなた、イヴが……」
「病院に連れていくべきだろうね……」
両親は頭を抱えていた。
自分の娘が、幻を見て、それを楽しそうに喋る。
どれだけ否定しようが、イヴはそれを認めようとせず、首を振る。そんな堂々巡り。
しかし、娘が壊れたなど認めたくないのだろう。病院はまだ行っていない。自分だって、認めたくない。
「……お父さん、お母さん」
声をかければ、気まずそうにする二人。
「メアリー……!」
聞いていない振りをし、笑顔を浮かべる。
「イヴの様子、見てくるね」
元に戻さないと。
もう彼はいない。
彼は、自分の代わりに美術館に残ったのだから。
部屋から笑い声が聞こえる。
「イヴ」
扉を開け、部屋に入れば、椅子に座り、何もない空間を見上げながら、楽しそうに喋っているイヴ。
そういえば、彼もこんな状態になっていたこともあった。
その時は、イヴが平手打ちをして正気に戻していたが。
こちらの存在に気づいたのか、イヴは笑い、自分の名前を呼ぶ。
会話の内容を聞かされていたが、頭には入ってこない。
「イヴ、ギャリーなんていないよ」
何回も繰り返した言葉を言えば、彼女は、首を傾げ、そこにいると、空間を指差す。
その赤い目は、自分を映さず、また、幻を見る。
「イヴ!」
目の前に立ち、肩を掴むと、驚いていた。
ギャリーと話せないと言う。
「私とお喋りしよう?」
三人で話そうと返ってくる。
「私だけ!」
仲間外れは可哀想だと。
「いない!あんなやついないの!私がいるじゃない!」
悔しくて涙が出てくる。
「私を見てよ!ねえ、イヴ……!」
イヴは視界の端で自分を見ている。中心には忌々しい人物、ギャリーだ。
泣き崩れ、イヴの膝に顔を埋める形となる。
優しく、頭を撫でられる。メアリーはいつまでも泣き虫だと。
しかし、彼を呼び、同意を求める。
顔を上げれば、イヴはこちらを見て、マカロンを食べに行こうと言ってきた。それで、機嫌をなおしてほしいと。
ギャリーが美味しい店を知っているという言葉が続く。
「イヴ……ギャリーはいないんだよ……もう……」
力なく繰り返す言葉は届いていない。
所詮、偽りの存在なのだと言われているようだった。
いなくなってもなお、自分を傷つける存在に。
「邪魔だなあ……」
幻なんて殺せない