偽りの幸福
メアリーは、寄り添いあう二人を見下ろした。
壁を背に、もたれかかり座って頭を項垂れているギャリーと、横に座り、彼と同じように座り、横から彼に寄りかかっているイヴ。
その手は強く握られて。
そこには散る赤い花弁。
イヴは、ギャリーといることを望み、その選択をしたらしい。
二人でこの美術館に残ることを選んだのだ。
自分よりギャリーを。
同性で歳も近いのに、何が不満だったのだろうか。
もうその問いに答えてはくれない。
見ててもつまらない。さっさと絵画に向かうことにした。
飛び込めば、出たのは明るく、広い空間。
ようやく人になれたのだ。
実感はないが、あの美術館に出れたということは、そういうことなのだろう。
もう青い人形と一人遊びしなくてもいいのだ。一体くらい持ってくれば、よかったと思うが、こちらで作ればいい。
目的の人物を探し、歩き出した。
こちらの美術館は人が沢山いた。
老人や、自分より小さい子供、様々だ。
行き交う人達を、見ているだけで楽しい。絵画からしか見えなかった風景が、手が届く所にあることが、ただ嬉しい。
見覚えがある作品の中、一つ、見たことがない絵があった。
「……あ」
見上げる絵には、青薔薇を持った少女と、赤薔薇を持った男性が手を繋いでいる様子が描かれていた。
イヴとギャリーだ。
その中の二人は、笑っていて幸せそうだった。
心残りはあるが、今は自分も幸せだ。念願が叶ったのだから。
あの二人も美術館で、ずっといるのだろう。二人と作品たちで。
絵画の題名を読もうにも、難しい字。
首を傾げていると。
「メアリー」
名を呼ばれて、振り返れば、女性がこちらに向かってきていた。
イヴの母親だ。向こうの世界で、絵画に描かれていたのを見た。
「もう、待ってなさいって言ったのに」
すぐ、そばまで来ると、手を掴まれる。
「迷子になっちゃうでしょ」
その行為に、少し戸惑ったが、手を握れば、握り返された。伝わる体温が、少しくすぐったく感じる。
「ごめんなさい……」
自分にはいなかった存在。父と呼ぶ存在はいたが、もう久しく会っていない。
「おかあ、さん」
緊張しつつも、そう呼べば、優しく微笑まれた。
それは、この人が自分の母親になったのだという、証だった。
「ああ、いたのかい」
こちらに向かって来る男性は、イヴの父親だった人。
「メアリーは、ここに来るのを楽しみにしてたからね」
そばまで来ると、頭を撫でられる。
優しそうな人だ。
この人達に愛されていたイヴは、さぞかし幸せだっただろう。
「お父さん」
そう呼べば、微笑まれる。自分に与えられた存在箇所は、この人達の娘。
イヴの場所だったところに、自分は立っているのだ。
ごめんねと、絵画を見上げる。
「お父さん、お母さん、コレ、なんて読むの?」
タイトルを指さす。
「これ?偽りの幸福ですって」
「いつわり?」
「ニセモノの幸せ、だね」
ニセモノという言葉に、突き刺されたような痛みを感じた。
今、感じている幸せは本物だ。決して、偽りなんかじゃない。
この二人には、ニセモノだったとしても。
父の手を握り、両手には両親の手。伝わる温もりも感触も全て、本物だ。放さないように強く握った。
二人を見上げ、笑う。
「私、お腹空いちゃった」
「そう言われると、お父さんもお腹が空いてきたなー」
「もう……」
母は呆れたように、ため息をついた。
「帰りに喫茶店に寄ろうか」
「わあい!」
夢に見た食べ物が食べれる。
しかし、まだ、作品をもう少し見てから行くらしい。
ギャリーとイヴの絵画に背を向け、歩き出す。
「ばいばい……」
呟いたお別れの言葉。
美術館と孤独にさようなら。