取り扱い注意
酒は良いものだと思う。
美味で、気分もよくなる、飲んでいる時は、楽しい。百薬の長と言われ、体にもいい。
いつもの酒場で、一人で飲んでいた。
友人たちと飲むことも多いが、一人の方が気楽だった。
女性が一人で飲んでいると、やはり、男性がやってきて、一緒に飲もうと誘ってくるが、全てあしらっている。
一人で飲んでいる時は、一人で飲みたいのだ。
「そう言わず、一杯、付き合ってください」
たまに、引き下がらない輩もいる。
少し身形がいい男性が、横に座ってきた。
明るい茶色の短髪に、精悍な顔つき。見慣れない顔だ。
それだけを見て、酒を飲んで無視をする。
「つれない人だ。マスター」
酒を注文し、勝手に話し出す。
耳を通り抜けていく言葉から、有益な情報だけ拾う。
ここには、仕事で来た。
商いでは、骨董品を扱っていること。
ジョースター家にも行ったこと。
名家出身だということ。
そんなことを聞きながら、使用人たちが、客が来ると言っていたような気がする。自分は出かけていたので知らないが。
「こんなところであなたのような女性に会えるなんて……」
気づけば、男の顔が間近にあった。
向けられる笑顔に、愛想笑いだけ返す。
男の手が伸びてきて、自分の手を握る。その動きに、手慣れていることが分かる。
仕事先で女性を毎度、口説いているのだろう。
「離してください」
「ようやく話してくれましたね。ああ、美しい声だ……」
歯が浮くような言葉。
「聞こえませんでしたか?離してください」
馴れ馴れしく触るなと、手を振りほどこうとしたが、がっちりと握られ、払えない。
「この後、お暇ですか?」
暇ではない。まだ酒を飲むのだ。
「いいえ」
「そう言わずに。そうだ、わたしが取り扱っている商品について……」
諦めてはいないらしく、手も離してくれない。
「あの」
「嫌がってるじゃあないか」
聞こえた声に目を見開く。
男はそちらを見て、声をあげて、手を離す。
「あなたはジョースター家の……」
見上げると、そこにはジョナサンが立っていた。
「ジョジョ」
「ディオ、大丈夫かい?」
「ええ」
男は慌て始める。
ジョナサンは、彼をまじまじ見ると、声をあげた。
「君は、骨董屋の」
「し、失礼!」
酒代を払って男は逃げるように酒場から出ていった。
大事な客の想い人に手を出したのがまずいと思ったのか。
とりあえず、自分たちの関係を勘違いしているのは間違いない。
「なぜ、ここに?」
彼が酒場に用があるとは、思えない。
「本屋のついでに、君を迎えに来たんだよ」
「わたしはまだ飲む」
邪魔者がいなくなったのだ。酒を飲まなければ、気分が晴れない。
「駄目だよ。馬車を待たせているし、父さんにもこの前、怒られただろう?」
「一杯だけだ。先に帰れ」
あの時のように飲み過ぎていない。
まだ軽く酔っているだけだ。馬車がなくとも一人で帰れる。
「女性が一人で夜道なんて危ないよ。さあ、帰ろう。お代はこれで」
勝手に支払いをし、グラスも取り上げられ、中に入っていた酒も飲まれてしまった。
「わたしは帰らん!」
意思表示にカウンターにしがみついていると、持ち上げられ、荷物のように肩に抱えられた。
「このっ……!おろせ……!これが女に対しての扱いかッ!」
足を動かし、背中を叩き、反抗はする。
「女性扱いすると怒るくせに」
反抗も虚しく、店を出ることになった。
御者は自分を見ると、驚いていた。
人さらいのような運び方なのは、彼女が一番、抵抗ができないからだ。
肩で暴れる彼女を馬車に押し込み、自分も乗り込み、屋敷に戻るように伝えれば、ゆっくりと馬車は動き出した。
「貴様……今のせいで気分が……」
ディオはハンカチを取り出し、口に手をあてる。
「飲み過ぎただけだと思うけど」
そう言うと睨みつけられるが、それを笑顔で受け流せば、すぐにそらされた。
屋敷に着くまで、彼女からは文句を言われ続けた。
前みたいなことは、嫌なのだ。
ベッドを占領された時、自分は狭いソファーで寝るしかなかった。
起きた彼女をベッドに運ぶ時でも、こちらは何も悪くないのに、文句を言われ、散々だった。
屋敷に着き、馬車から降りる時に、彼女がよろめいたため、支えれば、わたしに触れるなと、突き飛ばされた。
しかし、自分を突き飛ばすまでの力ではなく、反動で逆に彼女が後ろに倒れていくことになり、腕を引っ張り、引き寄せて抱き止めたが、彼女はなぜか怒るだけ。
踏んだり蹴ったりだと、ため息をつくしかなかった。