束縛して誘惑して
「今日は気合いが入っているのね、ジョジョ」
髪が整えられ、正装したジョナサンは、厳粛な雰囲気を漂わせている。整った顔は、少し引き締まったような表情をしていた。
「君もね、ディオ」
ストールを巻きながら彼は言う。
ディオは、長い髪を編み込んで、宝石をあしらった髪飾りをしている。
赤と黒のドレスは胸元が大きく開き、大粒の宝石のネックレスがそこには鎮座していた。
とてつもない色香をまとい、彼女は笑っていた。
「今日は、何人と踊ったの?ジョジョ」
「数えてない。君も何人に誘われたんだい?」
「二桁いったところで数えるのが面倒になったわ」
パーティーが終わり、二人は途切れることがない会話と踊りで、疲れていた。
その身は、家へと向かう馬車に揺られていた。
「断ればいいのに」
ジョナサンの口から溢れた言葉に、ディオは笑い、隣に座る彼に近づく。
「やきもち?」
何も言わない代わりに、揺れる目が彼女を見る。
ディオは、服の上から彼の胸を指でなぞっていく。
ジョナサンの手が彼女の首に触れ、吸い込まれるように顔を近づけていく。
「まだ、だ。ジョジョ」
唇が触れる前に、彼女が制止をかける。声色と言葉遣いが、素に戻っていた。
彼の顎に指を添え、唇が触れるだけのキス。
「今は、これだけで我慢しろ」
微笑んでいる彼女に、黙ってジョナサンは頷いたが、重なりあった手はそのままだった。
屋敷に着いて、二人は早々に自分たちの部屋に戻ったが、ジョナサンがディオの部屋に訪れたのは、すぐだった。
「我慢できない……か?」
ネックレスを外していると、後ろから抱きしめられ、熱に浮かされたような声で名前を呼んでくる。
ほくそ笑みながら、ネックレスを外し、机に置き、彼に体を預ければ、軽々しく持ち上げられ、ベッドまで運ばれた。
ベッドに下ろされ、彼の方を向けば、ジョナサンは抱きしめてくる。
まだまだ子供だなと思いながら、セットされた頭をなでる。髪の間に指を入れ、崩していく。
そうしている間にも、首に吸いつかれた。
自分のものだという証が欲しいのだろうか。
背中に手が回り、ドレスの紐を解いていく。
「待て、ジョジョ」
その言葉に、手が止まった。
彼女が胸を押し、少し離れる。
その間に入る空気が冷たい。
「ずるいじゃあないか」
にこりと笑った彼女は、タイに手をかけ、ほどいていく。ジャケットも脱げと言われ、脱げば、ベストのボタンも外されていく。
手持ち無沙汰になり、彼女の編み込まれた髪をほどいていく。髪が垂れ下がっていき、頬にかかれば、艶かしさが増した。
ベストが終われば、シャツのボタンも外されていき、露出した肌に彼女が顔を近づけていく。
唇が肌に触れ、そこが熱くなるのを感じた。
針で突き刺すような痛みがきて、彼女は唇を離した。
そこを見れば、赤い痣。自分が彼女に付けたものと同じ。
ディオも少しは嫉妬していてくれていたのだろうか。自分と同じような気持ちで、あのパーティーで自分を見ていたのだろうか。男たちが彼女に触れるたびに、胸がかき乱されていたみたいに。
「ジョジョ」
首に腕が回され、再度、密着した。
唇を重ね、舌も重ねれば、苦しそうな声が漏れていく。
耳に届く声に興奮していき、下半身を彼女にこすりつける。
「……脱いで、から……」
唇を離せば、色めいた声でそう言われ、瓦解の理性が一気に崩れる。
彼女のドレスを脱がしていけば、ディオの手も、自分の服を脱がそうとしていく。
肌と肌を重ね、深く繋がっていく。
ジョナサンは、ディオとの行為に背徳感を覚えていた。
血は繋がらずとも、兄弟だ。
家族と、こんなことをしてもいいのだろうかと。
しかし、柔らかな体に触れると我慢ができなくなるのだ。その味を一度、覚えてしまってから。
あの時、誘惑に勝てていたら、こんな不純な気持ちを抱かずに、彼女を愛せていただろうかと、毎回、思ってしまう。
ジョナサンが自分の体に溺れていく様が、とても良いとディオは思った。
自分と同じなのだと。この時だけは、彼は自分と同じ場所にいる。性別、身分、力、何も関係なく、ただ性欲に溺れる人間に成り果てていた。
つづり寄ってくる様は、小さな子供のようで。
まだ大人ではないが、体は大人。そういうことにも、興味がわいてくる訳で。
初めての時は、明かりがない夜道を進んでいくように、二人で手探りでしたものだ。漠然と行為は知っていたが、それだけだ。実際するとなると、うまくはいかない。
普段触れないところに触れ、甘ったるい声を出し、感じたことがない感覚に戸惑って。
彼と関係を持ったのは、偶然だ。
一人でするジョナサンと、はち合わせてしまっただけ。
自分以上に、戸惑っている彼を押し倒し、体を重ねれば、彼は抗わなかった。
自分の横に引きずり落としたかったのだ。
いつも、いつも、彼は上から手を差し伸べてくるから。
首に腕を回し、こっちにおいでと囁くだけで、こんなにも簡単だった。
「寒い」
そう言って彼は、腕を体に回し、胸に顔を埋めてきた。慣れとは怖いものだ。
最初は、胸を服の上から触るだけでも、赤面していたのに。
「子供みたいだぞ」
「子供みたいでも、いいよ」
子供をあやすように、頭を撫でてやる。素肌に触れる髪がくすぐったい。
「君が……あったかいのが、いけないんだ……」
消え入りそうな声で彼が言う。
奪われるだけなら、どれほど良かっただろうか。
「死人のように冷たい方がよかったか?」
そうなら、自分の体温さえも奪っていくなら、突き放すこともできるのに。
伝わってくる体温は、とてもあたたかい。伝わってくる鼓動が心地いい。自分を守るように包んでくれる体が柔らかい。
そのあたたかなものに、つづりたくなる。
今まで、なかったものに。恋い焦がれるように、求めていたものに。
ただ、ただ抱きしめる力が強くなる。
これは、彼が満足するまで、いや、彼が寝るまでこの状態が続く。
抱きしめられるということは、嫌いではなかった。
母が亡くなってからは、抱きしめられることもなくなった。父に、あの下種に抱きしめられるくらいなら、舌を噛み切っただろうが。
久しぶりに人の体温に包まれた時に、泣きたくなったのを覚えている。
ジョナサンに抱きしめられて、自分はそれを受け入れてしまった。
突き放せば、良かったのだろう。そんな関係ではないと。欲にまみれただけの、割り切ったものだと。
だが、彼の背に腕を回し、胸に顔を埋めて、安心さえして。
今のジョナサンと変わらない。何も、変わらないのだ。
自分も、まだまだ子供だ。
ジョナサンは目を覚まし、自分の部屋に戻ろうと、彼女を離した。
この関係は、二人だけの秘密だ。他人に見つかることは、避けなければ。
起き上がり、暗闇に目が慣れるのを待って、脱ぎ散らかした服を探す。
服を着ていると、後ろから引っ張られ、振り返ると、ディオの手が裾を掴んでいた。
どうやら、起きたらしい。彼女は、こちらを見ていたが、何も言わない。
「なに?」
裾を離すと、細い腕が自分の腹に回ってきて、腰に彼女の顔があたる。
突然の行動に戸惑って動けないでいると、彼女は抱きつくのをやめ、背を向け、寝てしまった。
行かないでと、言われたような気がする。言葉でなくとも、行動で。
しかし、それは気のせいだろう。自分が都合良く解釈しただけ。彼女にとっては、ただの気まぐれだろう。
服を全て着てから、彼女に近づく。
「また、明日」
起きているかは、知らないが、そう耳元で言い、耳に口づけてから、ベッドを降りた。
扉が閉まる音を聞きながら、広いベッドは寒いとディオは思った。
少し転がり、彼の体温が残る場所で、少し冷えた体をあたためる。
今度は自分が彼の部屋に行こうかと考えつつ、眠りに落ちた。