君の笑顔が見られるなら
本を読み終わったディオは、机に座って作業をしているジョナサンを見た。
「おまえはカニバリズムは知っているか?」
ディオの質問にジョナサンは手を止め、こちらを見る。
「人肉を食べることだね。小説で読んだことがあるよ」
彼がそういうものを読んでいることは意外だったが、ここには様々な本がある。読んでいても不思議ではない。
カニバリズムは小説の中という作り話ばかりではなく、現実でもあることだ。
「人の肉はどんな味がするんだろうな?」
性的欲求を発散するために食べる者もいるが、ただ食料として食べる者もいる。飢えていなくともだ。
「君……」
ジョナサンは怪訝な表情をする。
「ただの興味さ。おまえは気にならないか? 自分の肉はどんな味がするのか……」
身近にそんな人間がいないからこそ、気になる。
「うまいのかまずいのか……はたまた鳥、牛、豚どれに近いのか……」
立ち上がり、ジョナサンに近づき、彼の服の上からたくましい腕を撫でていく。
引き締まっているこの肉を食べたいと人食者は思うのだろうか。どんな感想を持つのだろう。
「君はぼくを食べたいのかい?」
「そうだ」
彼の目を真っ直ぐ見て肯定すれば、彼が息をのむ。
「……と言ったらどうするんだ? 肉を削ぎ落としてくれるか?」
ただの興味。本当に食べようとは思わない。そんな嗜好はないからだ。
「いいよ」
その言葉はまるで本を貸すような軽い口調だった。彼はいつもの表情なので、自分は簡単な頼み事をしたのだと勘違いしてしまうほどに。
「君に食べられるなら、いいよ」
彼は自分の言葉を理解した上で承諾しているようだ。
今度はこちらが怪訝な顔をすることになった。
「わたしがおまえの腕が食べたい……と言ったら差し出すのか」
「まあ、片腕なら……でも指とか、少し肉を削ぎ落とすくらいにしてほしいな」
「馬鹿か」
彼は頭は良い方だと思っていたが、そんなことはないらしい。勉学ができているだけかもしれないが。
「君が喜んでくれるなら、ぼくは嬉しいんだけど」
困ったような笑みを浮かべる。
彼の返答で困惑しているのはこちらだ。
「…………おまえはわたしが死ねと言えば死ぬのか」
自分は彼が死ねば喜ぶだろう。彼がいなければ、ジョースター興が死んだあとは当主になれるだろうし、莫大なジョースター家の金も自由に扱える。
「それは聞けないよ」
きっぱりと断られる。
「あいかわらず、よくわからんやつだ」
死なないなら、腕くらいはどうということはないということか。
ジョナサンとこれ以上、話していても実りはないと持っている本を本棚に戻し、部屋を出ていくことにした。
ジョナサンはディオの姿を見送り、また作業を再開した。
彼女の突拍子もない質問には驚いたが、彼女が本当に自分の肉を食べたいと言うなら、喜んで差し出そう。
自分の肉が彼女の血肉になるのだろうし、彼女がそれで喜んでくれるなら、片腕ぐらい。
作業を止め、ディオが触れていた場所に手を持っていく。
「だって君が好きだから」
愛情を伝えるすべがそれしかないなら、自分は実行するまでだ。