祈り人


昼下がり、礼拝客も少なくなる。
プッチは部屋から出た時に、歌声が聞こえてきた。今はミサもしていないはずだ。
教会は日中は解放しているため、礼拝客がいても不思議ではないが。
妙に安らぐその声に導かれるように、足を進めた。

歌は讃美歌だった。
その歌っている人物は、主の像を見上げていた。
その人物を見たとき、崩れ落ちそうになる程の衝撃が体が襲った。
彼だ。自分が神を愛するように愛した親友。
彼のために、自分は世界を何度も巡っていたのだ。その回数も忘れてしまったが、記憶だけは保持したまま、再会だけを願って。
眩しいほどの金髪は長くなり、逞しかった体は、細くまとっている服は女物で、とても通った低い声は、今は高い声。
どう見ても、彼は女性だったが、その美しい顔は、彼の名残が濃く残っていた。
「DIO……」
名を呼べば、こちらに気づき、歌声がやむ。
あの目だ。自分を最初に見た目と同じ。
久しぶり、会いたかったと、前で跪き、白いその手に口づけをしたい。そうすれば、笑って自分の名前を呼んでくれるだろうだから。
魅入られたように、フラフラとそちらに歩みを進める。
「神父様……?」
DIOは、不思議そうな表情でこちらを見ている。
呼ばれない名に、足を止める。
そうだ。一巡すれば、記憶はなくなってしまう。それでもいいと、自分さえ忘れなければと思って。
込み上げてきた悲しみを抑えていく。
「綺麗な歌声だね、DIO」
「なぜ……わたしの名前を?」
つい名前を口にしてしまったが、彼女とは初対面なのだ。
「あ、ああ、私の……友人に、似ている人がいてね」
虚しさを感じつつ、適当な言い訳を吐き出す。
似ているのではない。彼女が、彼なのに。友人であり、神のように愛した存在。
巡る前は、何度も聞いて、呼んだ名前だ。忘れるはずがない。
「ふふ、そのご友人に会ってみたいわ……私、ディオナ・ジョースターと申します」
彼女は微笑みながら、名乗る。
ジョースター。前はブランドーの姓を名乗っていたはずなのに。
その疑問は、口の中で噛み砕く。
「……エンリコ・プッチというものだ」
自己紹介が終わると、いきなり、入口の扉が開き、黒髪の体格の良い男が入ってきた。
彼女は、そちらに体を向ける。
「ディオ!遅くなってすまない!」
「遅いぞ!レディーを待たせるなんて、紳士がすることか?」
言葉遣いが一気に崩れる。そのことで、彼が親しい人物だと分かった。
「ジョジョ」
そう呼ばれた彼は、申し訳なさそうに謝る。
ジョジョ。彼女はそう呼んだ。DIOは、体を奪ったジョナサン・ジョースターをジョジョというあだ名で呼んでいた。
彼がそうなのか。
彼はジョジョの思い出話を話すとき、妙に歪な笑顔を湛えていた。
「すみません、神父様、妻が……」
申し訳なさそうなジョナサンの口から出た言葉に驚く。
「ご夫婦、なのですか?」
「ええ、先月なったばかりですけど」
彼は極自然な動きで、彼女の肩に手を回し、引き寄せる。彼女も普通のことなのだと、彼に寄り添いながら横に立っていた。
「わたしは、ただ話していただけだ。お前が待たせるのが悪い」
「だから、謝ってるじゃあないか」
言い争いながらも、彼女たちは仲が良いことがよく分かった。
彼女は、幸せなのだ。この世界では、ジョナサン・ジョースターと。
彼は、懐中時計を取り出し、時間を確認すると、こちらを向く。
「そろそろ、失礼します」
「お付き合い、ありがとうございました」
二人は揃って、笑顔を向けてくる。
「いえ……あなたたちに、神のご加護があらんことを」
「ありがとうございます」
二人はお礼を言うと、背を向けて、出口に歩いていく。
その背をただ見送る。

彼らの幸福を邪魔をする権利は、自分にはなく。
彼女が、ディオが幸せなら、笑顔ならば。
自分は見守ることしかできない。

一人になり、神に祈る。
この世界のディオの幸福が長く続くことを。
そして、次の世界ではDIOに会えることを。





後書き
プッチはDIOが幸せならいいんじゃないだろうか
何巡しても、ディオはジョナサンと必ず会うんだよ
スタンド使いがひかれ合うみたいに


2014/08/05


BacK