我慢できない
ディオは、見ていた本から視線を扉へと向けた。
何やら、騒がしい。
扉が激しく叩かれ、何事だと近寄り、向こう側に声をかける。
「ディオ!開けて!」
「お坊っちゃま……もうお嬢様は」
自分を呼ぶジョナサンの声と、それを必死に止める使用人の声。
一層、激しく叩かれる。扉が壊れるのではないかと、不安になり、扉を開けた。
「うる」
「ディオ!」
いきなり、熱さと酒の匂いに包まれた。
何が起きたのか分からなかったが、密着する体と、背に回る腕と、間近に聞こえる声に彼が抱きしめてきたのだと理解した。
「あの……酔っているらしく……」
帰ってきた時には、もうこの状態らしい。これほどになるまで飲むなど、彼には珍しいことだ。
抱きついてくるなど、酔っていなければしてこない。
「ディオー」
「離して、ジョジョ」
「やだー」
笑い声と共に抱きしめる力が強くなるばかり。
「お嬢様が困っていらっしゃいます……」
使用人がやめさせようと、声をかけても、何も変化はなく、彼は楽しそうに自分の名前を呼ぶだけ。
「気が済めば、離れると思うから」
下がるように言うと、本当に大丈夫かと聞いていたが、大丈夫と笑顔を返す。
申し訳なさそうに、使用人は頭を下げ、扉を閉めた。
足音が聞こえなくなったのを、確かめてから、声を上げた。
「離せ!」
動いてみるが、拘束が強くなっていき、動けなくなった。
「離せと言っている!」
「いやだ」
ジョナサンは駄々をこねる子供のように、首を横に振る。
「泥酔するまで飲みおって……!このマヌケがッ!」
「そんなこと言っちゃいけないんだよ」
動けない、言うことは全て流される。苛々が募っていく。
「可愛いのに……」
「気色が悪いことを言うな」
「ディオは可愛いよ」
「黙れ、さっさと離せ」
「やだって言っているじゃあないか。ディオって細いね。ちゃんと食べてる?」
ジョナサンの手が腰をなでる。
「ど、どこを触っている!?」
彼らしくない行動とくすぐったくさに、動揺してしまう。
薄いナイトドレスのため、直接触られているような感覚。
「もうちょっと、食べた方がいいよ」
手が脇腹をなで、くすぐったく、手から逃れたくて身をよじっても背に回る腕に邪魔され、離れられない。
何か言おうにも、口を開けば変な声が出そうで、ただ我慢をしていた。
「ディオ?」
大人しくなったのを不審に思ったのか、名前を呼ばれる。
ようやく、腰から手が離れ、彼を睨む。
「この……変態ッ!」
「あ、良かった。寝たのかと思った。でも、眠いよねえ」
足が床から離れる。
「寝よう」
なぜか、彼は自分のベッドに向かっていく。
「おろせ!自分で歩ける!」
「ディオは軽いねー」
ベッドに着くと、おろされ、彼は着ていた上着を脱ぎ、シャツのボタンを外していく。
服を脱いでいく彼に、寝るという言葉のもう一つの意味が頭をよぎる。
「ちょっと、ま、待て……」
「一緒に寝よう」
上半身裸になったジョナサンは、ベッドに上がり笑顔でこちらに迫ってくる。
酔っ払っているため理性をなくし、欲に従順になっているのか。
声を上げようとしたが、腕を引っ張られ、引き寄せられる。
「っ……!」
ベッドに横になると、背に腕が回る。彼の頭が自分の視線の下にあり、胸へと顔を埋めてきた。
「――!」
胸の感触がいいのか、顔をこすりつけてくる。
「離れろ!」
胸から離そうとするが、全く離れない。反抗するように、一層胸に顔を埋める。
そうしているジョナサンはとても幸せそうに、頬をゆるませている。
「おやすみ……」
「寝るな……!」
このまま、寝る気だ。彼と寝るなどたまったものではない。そのうえ、胸に顔を埋められ。
寝させるものかと、邪魔をしていると、腕の上から腕を回され、見事に拘束されてしまった。
しかも、自分にも睡魔が襲ってきていた。彼との攻防で疲れ、もう時間も遅い。
閉じていく瞼。抗うのも疲れ、睡魔に身を任せた。
顔に柔らかいものがあたっている。
それに顔を埋めると、あたたかい。
ジョナサンはそれを確かめるためにも、目を開けた。
「?」
近すぎて何か分からない。布だということは分かるが。
「え……」
引いて分かったが、それは女性の服の胸の部分で。
しかも、自分はディオを抱きしめ、彼女と一緒に寝ている。
眠っている彼女を起こさないように、ゆっくりと静かに離れ、起き上がる。
なぜ、彼女のベッドで、彼女と寝ているのか。自分は上半身は何もまとっていない。
昨夜は友人たちと飲んで、そして。
必死に思い出そうとするが、何も思い出せない。途中から記憶がないが、ここにいるのだから、屋敷には帰ってきている。
彼女と昨夜、自分は何をしたのだろう。
取り返しのつかないことをしたのではないかと、頭を抱える。
「起きたなら……出ていけ」
突然の声に驚く。
ディオが目を開け、こちらを見ていた。
「お、おはよう」
そう言って、挨拶をしている場合ではないと、頭を振る。
「ぼく……昨日、君に何かした?」
「覚えていないのか」
呆れたように言うと、ディオは起き上がる。
「お前が酔っ払って、わたしに抱きつき、体をなで回してだな」
「な、なで……!?」
自分はなんということをしたのだ。女性の体をなで回すなど。
「ベッドに連れてこられ、その後は……」
彼女は言い淀む。
しかし、自分にはその先が重要だ。
「その、後は……?」
次を催促するように言えば、彼女は息を吐くと、口を開けた。
「胸に顔を埋められて、お前に密着して寝るはめに……!」
怒る彼女を見つつ、首を傾げる。
「寝た、だけ?」
問えば、冷たい視線。
「……そんなことをされていたら、お前は目を覚ましていない」
その言葉に納得する。
彼女はめそめそ泣かずに、自分を躊躇いなく殺すだろう。
「ジョジョ、一発殴らせろ」
とてもいい笑顔をしているディオ。
「な、なんでさ?」
「あんな辱しめを受けたからだ」
昨日の行動は覚えていないが、起きたら彼女の胸に顔を埋めていたのは事実。
「それで、チャラにしてやる」
「う……分かったよ」
目をつむり、覚悟を決めれば、思いっきり頬をぶたれた。
服を着て、自分の部屋に戻った。
叩かれた頬をさする。これだけですんだことに、感謝すべきなのだろう。
昨日は、酔ったせいで抑えていたものをさらしてしまったようだ。
好意からしてしまった行動だが、彼女には嫌われるばかり。
何も進展しない仲に、ため息をつくしかなかった。