お静かに
幕府から追われる立場になり、新撰組の沖田総司と土方歳三は仲間となった坂本龍馬、高杉晋作、桂小五郎が潜伏している屋敷に寝泊まりしていた。
ぼろ屋敷だが、雨風は防げることができ、生活に必要最低限な物は揃っているため、困ることはなかった。
そんな屋敷で寝泊まりすること数日。慣れというものは怖いもので、隊服を着て、勝手に足が向くのは食卓がある部屋。沖田は欠伸をしながら、部屋に入る。
「おはよー」
「ああ、おはようさん」
「おはようございます、沖田くん」
高杉と桂が朝食の準備をしている。高杉は挨拶を返してはきたが、こちらを見ない。桂は笑顔を向けてきていた。高杉は新撰組である自分たちを快くは思っていない。
自分たちが片魂を持っているから、渋々、仲間だと思っているだけだ。
「あれ、土方さんは?」
いつもは彼もいて、朝食の準備をしているはずだ。
「まだ来てませんよ」
「あー、昨日、龍馬に最後まで付き合ってたみたいだぞ」
昨夜は酒盛りをしていたのだが、自分は早々に酔い潰れた。朝起きたら、自分の部屋の布団だったのだ。土方が運んでくれたのだろう。
「あの馬鹿も寝てんだろうな」
高杉はそう言いながら、台所に戻っていく。
「沖田くん、二人を起こしにいってくれませんか?」
「えー、土方さんはいいけど」
不満そうに言うと桂は困ったように笑う。
「ついで、でいいですから。お腹が減って、起きてくると思うので」
彼も台所へと戻っていく。朝食のいい匂いがしてくる。
さっさと行って朝食を食べに戻ればいいと、桂の言葉に従うことにした。
比較的、近い土方の部屋へと向かった。彼なら、すんなりと起きてくれるだろう。
その後、龍馬を起こしに行けばいい。起きなかったら、放置するか、土方に引きずって運んでもらえばいいと考えていた。
「土方さーん」
彼が寝ている部屋の障子を開けると、まだ布団の中で横になっている彼がいた。
昨夜はどれだけ飲んでいたのだろうかと思いつつ、障子を閉め、彼のそばまで静かに近づく。彼の布団のわきに座り、起きてくださいと声をかけ、体を揺らす。
「うっ……」
小さな声が漏れ、彼が動く。目が開き、こちらを見たがすぐに閉じていく。
「朝ですよー」
なかなか覚醒しない。また体を揺らす。昨夜は飲み過ぎたのか。鬱陶しいと彼は背を向けてくる。
「土方さん!」
予想が外れた。すんなりと起きてくれるはずが、こんなに手間取るとは。
「起きてください!朝御飯、なくなりますよ」
「……ん……」
彼は目を閉じながらも、体を起こそうとしていた。体を転がし、うつ伏せになると、腕をつき、上体をあげるが目は閉じたまま、動かない。まだ眠っている。
「もう……」
彼に近づき、起こそうとしたが彼の腕の力が抜け、布団の上にのっている自分の両膝に頭をのせることになった。
「もう……少し……」
そう呟き、膝の上で寝ようとする。
「あ、あの、ちょっと……」
彼の予想外の行動に困惑する。これは彼に自分がするようなことだ。自分がするのは彼の反応が面白いからするだけ。彼は寝惚けてしている。それが余計にたちが悪い。
動こうとすれば、腰に腕を回されうごけなくなった。
もしかして、甘えているのだろうか。彼が唯一、甘えられる存在の近藤は亡くなってしまい、新撰組にも帰れず、龍馬たちの仲間となったが、気が許せるのは自分だけだろう。
彼の中で自分の存在はとても大きいのだと思うと、彼が愛しく思えた。いつも、自分には兄貴面をして、子供扱いをするのに。今はいつもの逆だ。
もう朝食なんてどうでもいい。彼の膝枕をしている方がいい。龍馬は勝手に起きるか、どちらか二人が起こしに行くだろう。
彼の黒い髪を撫でながら、膝にある重さとぬくもりを楽しむ。
「……」
耳がこちらに向かってくる足音を拾う。この荒々しい足音は高杉だろう。
部屋の障子が開き、振り返ると、そこに立っているのはやはり、彼だった。なかなか帰ってこないから、呼びに来たのだろう。そっと土方の耳を塞ぐ。
「沖田!!土方相手に何、手こずってんだ!!」
「うるさいなー、スカシくん。土方さんが寝てるんだから、静かにしてよ」
彼からは土方の頭は見えないだろうが、腰に回る腕は見えているはずだ。それに気づいた彼は、何をしているんだと聞いてきた。
「何って膝枕。朝御飯、先に食べてていいよ。あと、トサカくんを起こしにいった方がいいんじゃない?」
手を振り、さっさと行けと急かす。これ以上、この時間を邪魔されるのは嫌だった。
「飯、なくなっても知らねえからな!文句、言うなよ!」
障子が荒々しく閉められ、ドタドタと足音を立てながら、彼は龍馬の部屋へと向かっていく。
静かになり、土方の耳を塞いでいた手を退ける。彼を見ると、まだ夢の中のようだ。起きないでと心の底から願う。この時間が終わらないように。
高杉が龍馬を引きずり、食卓に戻ると、やはり、新撰組の二人はいなかった。
「あれ、晋作。お二人は?」
桂はもういつでも食べられる状態で待っていた。
「先に食べとけだってよ」
沖田は土方の膝枕中だと言えずに沖田からの伝言を伝える。引きずってきた龍馬の頭を叩き、まだ寝ている彼を起こす。
「うん……?シンディ、センセー……おはよう……」
目だけを動かし、彼はこちらを認識する。
「おはようございます、龍馬くん。朝御飯ですよ」
彼は茶碗に入れた白米を龍馬の前に持っていくと、彼は凄い勢いで起き上がり、それを受け取り、目の前に広がる朝食を見ると目を輝かす。
「おお、今日もシンディの飯はうまそうじゃ!」
自分の席に行く龍馬を見て、自分も席に着く。桂が自分の茶碗にご飯を入れてくれた。
「本当にいいんですか?」
「ああ、いいんだ」
「ヒジゾーさんとソウちんは、まだか?」
二人は空いている席を見る。
「先に食べるぞ。沖田がそう言ったんだ。文句を言われる筋合いはねえ」
手を合わせると、二人もそれにならう。
「なぜ、さっさと起こさない!」
「土方さんが気持ち良さそうに僕の膝枕で寝てたからですよー!」
新撰組の二人が言い争いながらこちらにやってくるのが聞こえる。龍馬がようやく起きてきたのかと笑い、聞こえた言葉に桂はこちらを見てくる。だから、二人は遅くなったのかと。黙って高杉は頷いた。
障子が開き、二人が入ってくる。
「おはよう、ヒジゾーさん、ソウちん」
「あ、ああ、おはよう」
「おはよう、トサカくん。ほら、土方さんが僕の膝枕を堪能している間に、ご飯なくなっちゃいましたよ」
「た、堪能はしていない!」
恥ずかしいのだろう。土方は頬を赤くし、否定をする。膝枕をされていたことは本当らしい。
「てめえらの分はねえぞ。龍馬が全部、食っちまったからな」
食器も片付けた後だ。彼らのためだけに作る気もない。
「でも、ご飯は残ってますよ」
桂の言葉に沖田が手を叩く。
「おにぎりでも作りましょうか」
「だ、男子厨房に……」
「なに言ってるんですか。スカシくんが台所に立ってるのに。食べたくないならいいですよ。僕だけで全部、食べちゃおー」
台所に沖田は入っていく。慌てて、土方は彼についていった。中から、ぎゃあぎゃあと声が聞こえてくる。中の備品を壊さないか心配だが、あそこに入る気はない。
前に置いてあるお茶を飲む。ぬるいお茶が喉を通っていった。
「土方さんのおにぎり、大き過ぎー」
「文句があるなら食うな」
「いえいえ、懐かしいなあって」
台所にいる二人はそんな言葉を交わしながら、和気あいあいと握り飯を作っていた。