眠っている王子を起こす方法
歌声が聞こえる。聞きなれたその声に、安らぎを覚えながら、土方歳三は目を覚ました。見上げるのは、天井と沖田総司の顔だった。
視線に気づいたのか、彼は歌うのをやめ、こちらを見下ろす。
「あ、起きた」
頭を何かに乗せている。少し固いそれと、見える景色に膝枕をされているのだと分かった。
「もう、キスしたくらいで気絶しないで下さいよ」
その言葉に自分が意識を失う前の記憶が思い出された。
自分のしゃっくりを止めるために、坂本龍馬と彼で頬にキスをしてきたのだ。見事にしゃっくりは止まっている。
「また、赤くなってる」
彼は笑い、頬に手を添える。珍しく、手袋をしていない。ひんやりと冷たい肌は、熱を奪っていく。
「ふざけすぎだ」
その手を掴み、頬から引き剥がして、起き上がる。
「ふざけてなんていませんよ」
彼の顔が近づき、気絶する前のことが、頭を過ぎり、逃げようとしたが、頭を掴まれ、唇が重なる。
「僕はね」
笑っている彼を見ていたが、また意識が遠くなっていくのが分かった。
目の前の土方が、また意識を失い倒れていく。その体を沖田は抱き止め、横にすると、頭を膝の上にのせる。戻ってきた重さとぬくもりに微笑み、額を撫でる。
バタバタとこちらに走ってくる足音に、顔を上げる。
「ソウちん、手ぬぐいを濡らしてきたぜよ!」
部屋に入ってきたのは、坂本龍馬。最初に土方が倒れた後、手ぬぐいを濡らしてくるよう頼んだのだ。
「ありがとう、トサカくん」
手ぬぐいを受け取り、それを青い顔をしている土方の額にのせる。
「ヒジゾーさんは、まだ目を覚まさんか?」
彼は近くに座り、心配そうに顔を覗き込む。
「うん。余程、びっくりしたんだろうねー」
一度、目を覚ましたことは言わない。唇を重ねたら、また意識を失ったことも。それは、二人だけの秘密。
「おーい、龍馬!」
どこからともなく、龍馬を呼ぶ高杉の声がする。
彼はこちらを見ると、申し訳なさそうな顔をして、外と自分たちを交互に見る。
「行っておいでよ。土方さんは、僕が看ておくから」
看るくらいなら一人で事足りる。
「すまん。ありがとう、ソウちん」
彼は立ち上がり、部屋を出ていく。手を振り、その姿を見送った。
二人っきりになった部屋で、土方が起きるのを待つ。
「キスしたら、起きるのかな」
海の向こうの童話では、眠った人をキスで目覚めさせた話があったが、彼はキスをしたら気絶してしまった。逆なのだ。
彼の唇に指で触れる。薄いそれを指でなぞってから、指を離し、今度は自分の唇をなぞる。
「なんで、気づかないのかな」
艶やかな笑顔を浮かべ、土方の頬を撫でる沖田は、また歌い始める。
それは、そばにいる愛しい人への愛の歌だということは、本人しか知らない。