あなたしかいない
道を歩いている男に、人々の視線が集まっていた。視線の中心にいる新撰組の土方歳三は、腕に薔薇の花束を抱えていた。彼が着ている白い隊服に相まって、赤薔薇はとても映えている。
人々は彼を見ていたが、愛獲である彼自身を見ているのか、その薔薇を見ているのか、はたまた両方か――。
彼は慣れているのか、視線など気にもせず、無表情で歩いていた。
土方はこの腕に抱えているものを、どうしようかと悩んでいた。
庭先に咲いていた薔薇が美しかったので、見ていたのだが、家の者が自分を見つけ、話しかけてきたので、薔薇を褒めると、どうぞ、貰ってくださいと薔薇を切り始めたのだ。
ただ見ていただけだと、断ったのだが、遠慮しないで、恋人にでも渡してくださいと、押しつけられる形で渡された。
恋人がいればいいのだろうが、生憎、そんな存在はいない。
花を贈るなら、女性だろう。知り合いの女性と、思い浮かんだのはテラーダの女性たちだった。自分が持っているより、彼女たちの方が似合うだろう。
いらないなら、店に飾ってもらえばいい。
店の方へと足を向け、歩いていると、後ろから名前が呼ばれた。立ち止まり、振り向けば、沖田総司がこちらに歩いてきていた。いち早く、歌の練習を抜けていた彼はどこをふらついていたのだろうか。
「土方さんにしては、珍しいものを持っていますね」
そばまで来た彼は、自分が抱えている花束を見て笑う。似合わないとでも思っているのだろう。
「貰ったんだ。俺が持っていてもしかたない。テラーダにいる女将たちにでも渡そうと思ってな」
「え、それなら僕が貰います!」
彼は手を差し出してくる。まだ男でも彼が持っている方が、絵になるだろうと薔薇を渡す。
「わあ、いい香りですね」
花束を抱え、赤い花弁に彼は目を閉じて、鼻を近づける。彼の白い肌に赤がとても映える。思ったとおり、よく似合っている。煌がいたなら、黄色い声をあげそうだ。
目蓋が開き、花と同じ色の目がこちらを見る。
「赤薔薇の花言葉、知ってますか?」
「あなたを愛している、だろう……それくらい……」
馬鹿にするなと答えたが、そこまで言って、彼がそれを聞いてきた理由を理解した。
「女性に渡して、勘違いされていたら、大変でしたね」
「……ないだろう」
「分からないですよ。土方さん、かっこいいですしー」
彼は花束から一輪、抜き取り、それに口付けると、自分の服のポケットに薔薇を差し入れてきた。
「どーぞ」
その一輪からする香りが、鼻をくすぐる。
土方は胸に刺さっている薔薇を不思議そうに見ている。
花に乗せた言葉を、彼は気づいていないだろう。教えても、冗談だと思われるだけ。
沖田は胸を茨で刺されたような痛みを感じながら、悟られないよう笑顔で覆い隠す。
「これを飾る花瓶、買いにいきましょう、土方さん」
「屯所に戻れば、探せばどこかに……」
「行きますよー」
言葉を無視し、歩き出せば、おい、待てと言いつつ、彼がついてくる。
隣を歩く土方に伝わらない愛情。
沖田が一輪の薔薇に乗せた言葉は――。