おばけさんと腕白姫

風魔小太郎は木の上でまどろんでいたが、何やら下が騒がしいく、閉じていた目を開けた。
「姫様ー!」
「どこにおられるのですかー?」
女たちの声が聞こえてくる。下を見れば、女性たちが走り回っていた。近くに来た女性たちがこちらに気づく様子はない。気配は消している。
姫と言っていた。あのおてんばと言われている甲斐姫のことだろう。彼女のお付きの女性たちが、探し回っている姿はこれまでに何度も見ている。
彼女たちは探し人はここにはいないと判断したのか、どこかへと歩いていく。
静かになったと、また昼寝をしようと目を閉じたが、下に足音と気配。また目を開けて見ると下に赤い着物を来た少女がいた。
辺りを見回し、周りに人がいないのを確認すれば、木に登り始めた。短い手足を必死に伸ばし、悪戦苦闘しながらも上へと着実に上がってきていた。
「よいしょ!」
自分がいる所まで来た。着物が着崩れ、汚れている。まとめていた髪も崩れ、なぜか葉や草を付けていた。お付きの者に見つからないよう、草むらにでも身を潜ませていたのかもしれない。
「え……」
自分が気配を消していたためか、彼女が木登りに集中していたためか、はたまた両方が原因か。木の上に誰かがいるとは思わなかったらしく、こちらを見て驚いていた。
「お、おばけ!」
主の北条氏康がそう呼んでいるため、否定はしない。大人でも驚く容姿をしているため、幼い甲斐姫の反応はごく当たり前だ。
「あ……」
甲斐姫は驚いたためか、つかんでいた枝を離してしまっていた。後ろへと倒れていく。見開いた目、こちらに伸ばされた手。木から飛び降り、甲斐姫を受け止めた。なぜ、助けなかったのかと説教されるのはごめんだ。
何が起きたのか分からないようで、固まっていたが、段々と恐怖心が這い上がってきたのか、声をあげて泣き始めた。
うるさいと顔をしかめる。
「姫様!」
泣き声を聞きつけ、お付きの者たちが走ってきた。
「小太郎様、姫様はどうされたのですか!?」
自分の腕に抱かれている少女を見て、青ざめている。
「木から落ちた」
そう言って、彼女を渡す。女性たちは大丈夫かと甲斐姫の体を見る。
「受け止めたから、怪我はないだろうがな」
そう告げて、あれやこれやと言われる前に彼女たちの前から消えた。
厄介事はごめんだ。


次の日から、上を見ながら歩き、木を登ったり、地を這いつくばり、何かを探す甲斐姫の姿があった。
「おばけさーん、コタロー! どこー?」
草むらや池の中にまで入ろうとするのを、付き人や見つけた兵士たちが止めていた。
「ねえ、おばけさん、コタローがどこにいるか知らない?」
大人たちに聞いて回る少女のことは探し人にも伝わっていた。


「成田のとこのせがれがお前のこと、熱心に探してやがるな」
氏康はそのことを楽しんでいるようだ。
煙管を吸って笑っている。この男こそが、彼女にこのようなことを始めさせた犯人だろうに。
彼女は、自分の名前を知らなかったはずだが、今は自分の名を呼んでは人に尋ねている。
自分の名前は城にいる誰に聞いても分かるだろうが、一緒に呼んでいる、おばけさんという呼称は氏康だけが呼んでいる。自分のことを教えたのは彼だろう。
「教えておいていいだろうが。あいつも守る存在だ」
彼が守るものを守るのが、自分のつとめだ。そういう契約だからだ。
「……」
こちらに走りながらくる気配を感じとり、消えようとしたが、制するように煙管が目の前に。
「ちったあ、相手してやれ」
そんな義理はない。子守りなど他の者に任せればいいだろう。
煙管を手で避けると、襖が音をたて開く。そこにはあの少女が立っていた。後ろには追いかけてきている付き人が見える。
襖の音にそばにいた狼が体を跳ねさせたため、宥めるために頭をなでる。
「いたあ!」
自分を見ると目を輝かせる。こちらに一直線に走ってくると飛びついてくる。
それを避けると彼女は畳に頭をぶつける。部屋に入ってきた付き人の女性たちが、悲鳴をあげた。
「おいおい……」
氏康から呆れたような視線が突き刺さる。人との触れ合いなどない自分にとって、子供を優しく受け止めることなどできない。木から落ちたときは、死ぬ可能性があったから、受け止めただけで。
甲斐姫はすぐに顔をあげ、こちらを見る。額と花頭が赤い。彼女は泣くこともなく、騒ぐ付き人たちにも目もくれず、自分をまっすぐ見上げていた。
「……我に何用だ?」
泣いていたならすぐに消えるつもりだったが、着物を小さな手がつかみ、少しだけ付き合うことにした。探し回られることもなくなるだろう。
「あのね、あのときのお礼、言ってないから! ありがとう!!」
頭を下げた彼女が顔を上げると満面の笑みだったが、すぐに氏康のほうへと駆け寄る。
「お礼言ったよ、お館さま! これで一人前でしょ!? あたし、大人!?」
「ああ、そうだな」
やはり、自分に彼女をけしかけたのは彼なのだ。
甲斐姫の頭をなで、彼は楽しそうに笑みを浮かべている。
「またねー、お館さま! コタロー!」
頭をなでられ、彼女は満足したのか、付き人たちと共に部屋から出ていった。襖が静かに閉められ、嵐が過ぎ去る。
「あいつをよろしく頼んだぞ、おばけさん」
煙管を吹かしながら言われた言葉に首を横に振る。
「……知らぬな」
子守りまでは契約に含まれてはいない。
部下が報告があると上から声をかけてきたため、主の前から消えた。

そして、また忍を探す少女の姿が見られるようになった。





後書き
小さい頃から腕白な甲斐姫ちゃんが書きたかったんです
小太郎の存在を知ってからはずっと探してればいいなー
たまーにあらわれてくれる小太郎


2015/05/27


BacK