手を繋いで

目を開ければ、目の前には広い空間。
「……?」
ギャリーは今まで何をしていたのだろうかと頭を傾げた。
ふと後ろを見れば、巨大な絵画があった。これを見ていたのだろうか。
絵画を眺めていると、思い出した。
ゲルテナの展覧会に来ていたのだ。
早起きをしてまで来たのだ。
他の作品も見ようと、歩き出す。

作品を見ていたが、何か忘れている気がしてならない。
隣にずっと誰かがいた気がする。
目の前には、赤い薔薇の作品。
胸が締めつけられる。
薔薇というものは、大切なものだった気がする。
薔薇、赤薔薇。
小さく。大切で。守りたくて。
妙な感覚だった。
忘れているはずなのに、何かが頭をかすめる。
そのことばかり、頭を回り、集中できない。楽しみにして来たはずなのに。
ため息をつき、歩き出す。
外の空気を吸えば、すっきりするだろう。

階段を降りた時に、名前を呼ばれた。
こちらに金髪の少女が歩いてきた。
「どこに行ってたのよ」
探したんだからと、彼女は不機嫌だ。
「メアリー」
自分の口から滑り落ちた名前を聞いた瞬間、記憶が溢れてきた。
この少女は――自分の妹だ。
「探したんだから」
「ごめん、ごめん」
謝ったが、こちらが悪いわけではない。
受付をしている間に彼女は先に行ってしまい、自分が探していたのだ。作品を見ながらだったが、あまりここは広くないのに、彼女は見つからなかった。
「ギャリー、お腹空いた」
妹が兄と呼ばないのはいつものことだ。自分もそれでいいと思っている。彼女との関係は複雑なのだ。
「ちょっと待って、確か……」
コートのポケットを探る。
「あら?」
「どうしたの?」
「あんたが好きなレモンキャンディーを入れてたはずなんだけど……」
メアリーは妙に食い意地がはっている。お腹が空くとうるさいのだ。そのため、ポケットにはよくお菓子を忍ばせている。
今日はキャンディーを持ってきていたはずなのだが、いくら探せどない。ポケットをひっくり返したが、空っぽだ。反対のポケットにはライターが入っているだけ。
「どこかで落としたのかしら?」
「そうじゃないの。ねえ、お腹減ったー!」
小さな手がコートを引っ張る。
「静かになさい。分かったわよ。ご飯、食べに行きましょ」
時計を見れば、そろそろ昼食の時間だった。
「やったぁ!」
満面の笑みを浮かべるメアリー。
「もう見なくても大丈夫なのね?」
「うん!早く行こう、ギャリー」
ご機嫌で入口に向かっていく。
もう、彼女の頭の中では絵よりご飯なのだろう。
自分はもう少し見たかったが、メアリーに急かされ、そこを後にした。

メアリーに何を食べたいか聞くと、チョコレートやクッキーという答えが返ってきた。
お菓子では、食事にはならないため、違うものと言ったら、決まらないらしく、自分が決めることになった。
喫茶店に入り、自分は紅茶、メアリーはオレンジジュース、そして、オムライスとグラタンを頼んだ。
すぐに飲み物はきた。
「ご飯、まだかなあ」
オレンジジュースを飲みながら、言われた言葉に呆れる。
「まだよ。注文したところでしょ」
昼時ということもあって、お店は混んでいた。
様々なところから、話し声が聞こえる。耳に入ってくる会話のほとんどがゲルテナの展覧会の話題。帰りに寄る人が多いのだろう。
「ゲルテナ展、楽しかった?」
「うん!」
メアリーは笑顔で答える。
子供なりに楽しめたのだろう。
自分がこれくらいの時には、絵なんて興味はなかったが。
「ギャリー、帰りにスケッチブックとクレヨン買って」
「この前、買ったばかりじゃない」
「もうなくなっちゃった」
相変わらず、なくなるのが早い。帰りにお店に寄り、買わないといけない。忘れないようにしなければ。
メアリーと喋っていると、注文した料理が来た。
メアリーは置かれたオムライスに目を輝かせる。
「おいしそう!」
「そうね。いただきます」
手をあわせると、メアリーも同じくいただきますと手をあわせた。
グラタンをすくい、冷ますために息を吹きかける。
「おいしそう……」
じっとメアリーが見ている。口を開け、涎をたらしながら。
「食べる?」
「食べる!」
メアリーにスプーンを差し出すと、口を大きく開け、それを食べる。
「おいしい〜」
「よかったわね」
幸せそうな彼女を見つつ、グラタンを食べる。
「これもおいしい!」
オムライスもおいしそうに食べていた。

買い物を終え、メアリーと手を繋ぎながら、帰路についていた。
「晩御飯、晩御飯〜」
「今、さっき食べたばかりじゃない」
まだそんなに時間が経っていないのに、彼女の頭の中には、もう晩御飯で埋まっているらしい。
メアリーと会話しながら、頭の中では、晩御飯の献立を考えていた。





後書き
ギャリーとメアリー兄妹エンディングはまだですか?
ひとりぼっちのイヴエンディングの後に……とか


2013/05/30


BacK