イヴだけループしてます
ギャリーさんがメアリー蹴ってます(しょうがないのですが)
大丈夫な方は下にスクロール
ギャリーの忘れられた肖像
メアリーがイヴの赤薔薇の代わりに要求してきたのは、ギャリーの青薔薇だった。
イヴがギャリーを見上げれば、何かを決心したように、彼は薔薇を強く握っていた。
イヴは一歩、前に出ると、メアリーに向かって、薔薇ならあげると言い放つ。
「え……」
戸惑うメアリーと、驚くギャリー。
「何、言ってるの、イヴ!メアリー、アタシの……」
ギャリーの言葉と差し出した薔薇を遮る。
薔薇が欲しいなら、自分のをあげると、また言った。
メアリーにギャリーの薔薇を渡してはいけない。なぜか、そう思っている。
「……なんで!」
悔しそうな、泣き出しそうな顔をして、メアリーは走り去る。
その後ろ姿を、追いかけようとするギャリーは抱きついて止めた。
「離しなさい!アンタが危ないのよ!?」
それは分かっている。あの薔薇は自分自身。花弁が散る度に全身に痛みが走ったのだから。
それでも、ギャリーを守りたかった。優しい彼は、自分の薔薇を渡そうとしていた。その優しさに甘えて、酷く後悔した覚えがあった。
いつか分からない。遠い昔のようにも思えるし、ついさっきのような、奇妙な感覚。
ここに来るのは初めてのはずなのに。
まだ、メアリーを追いかけようとする彼にしがみつき、涙を流しながら、一緒にいてほしいと懇願する。
「……分かったわ」
手を握り返され、慰めるように頭を撫でられた。
顔を上げれば、濡れた頬を手で拭われる。
向けられる笑顔。
「一緒に取り返しましょ!まだ、体に異変はないわね?」
笑って返事をする。
まだ起きていない最悪の事態をかき消すように。
メアリーは赤い薔薇を見つめながら、震える手を花弁に近づける。
しかし、頭を過るイヴの顔。初めての同性の小さい友達。自分が欲していたもの。
できれば、イヴと帰りたい。しかし、イヴは自分よりギャリーを優先したじゃないかと、今しがたのやり取りを思い出し、唇を噛んだ。
ギャリーは薔薇を差し出そうとしていたのに。幼い彼女を、彼は見捨てはしない。ああ言えば、必ず青薔薇を差し出す。
青薔薇を手に入れ、存在を消せる絶好の機会だった。
「……すき」
花弁を一枚、ちぎった。
いきなり動き出した作品たちから逃げて、階段上まで来ると、二人は一安心したように、そこに座り込んだ。
ギャリーは、隣のイヴを見た。視線に気づいたのか、イヴはこちらを見て、笑う。
無理をしているのだろう。薔薇はメアリーに奪われ、不安で堪らないだろうに。
「イヴ、これ持ってて」
そう言って、自分の薔薇を渡した。
ただの気休めだ。
彼女が触れれば、赤い薔薇に変わらないだろうかと、淡い期待を抱いたが、薔薇は青いまま。
ありがとうと、イヴは両手でその薔薇をしっかりと持つ。
頭を撫でようと、手を頭の上方にもっていくと、イヴがこちらに倒れてきた。
「イヴ!」
受け止めれば、苦しそうに大丈夫だと言うだけ。
顔は下を向いたままだ。触れる体は少し震えていた。
メアリーが薔薇に何かしているのだ。
こうしてはいられない。
イヴを抱き上げ、メアリーを探して通路を走り出した。
「き、らい」
手がどうしようもなく震える。
赤い花弁は後、一枚。これをちぎってしまえば、イヴが消え、自分が。
「メアリー!」
振り返れば、イヴを抱きかかえたギャリーが。
「イヴにギャリー……無事だったんだ」
作品たちに襲われて、来ないと思っていたのに。
足元に落ちる花弁と、手の中にある薔薇を見て、顔色がみるみる変わる。
「薔薇をイヴに返して!」
イヴがこちらを見た。苦しそうな顔に、罪悪感が募るが、それを出さないように笑みを浮かべた。
「ギャリーのバラと交換ね」
睨みつけてくるギャリー。彼さえ消えてくれれば、自分はイヴと一緒に、向こうの世界に行ける。邪魔でしかたない存在。
「イヴ、薔薇を」
そうイヴに言う。彼女が持っているらしい。
イヴはゆっくりと頭を横に振った。薔薇は両手で握りしめたままだ。
そうしている彼女は、辛そうだというのに。
「何してるの!アタシはどうなってもいいから……!」
本心だった。イヴのおかげで自分はここにいるのだ。
薔薇を取り返してくれ、あの青い部屋で正気に戻してくれたのは、イヴだ。
一人なら狂ってしまいそうだった。
イヴがいてくれたから、この子を守ろうと、ここまでやってきたのだ。
「アタシなら大丈夫よ!アタシを……」
拒否の言葉を並べるイヴ。
今度は自分が守ると。
「え?」
今度とは、どういう意味だろう。
「アンタ……」
「しらない!しらない!もう、イヴなんて……!」
その意味を問い質そうする前に、メアリーが声を荒げた。
悪い予感がし、メアリーの方を見れば、薔薇に手をかけようとしていた。
「やめなさい!」
メアリーを蹴り飛ばす。薔薇が彼女の手から、落ちる。
元々、足ぐせは悪かったが、仕方がない。自分は、イヴを抱えたままで、両手が塞がっているのだ。
落ちた薔薇を取られないよう、その前に立つ。
「……ごめんなさい、メアリー」
そう言わずにはいられなかった。
ゲルテナの作品、人間ではないとは言え、見た目は幼い少女だ。
倒れたまま動かないメアリーを気にしてはいられない。しゃがみ、イヴに薔薇を回収させ、花瓶を探し、部屋を出た。
家の中に、花瓶を見つけ、そこに赤薔薇をさせば、イヴはたちまち元気になり、薔薇も元どおりになった。
下ろしてほしいと言うので、下ろすと、ありがとうとお礼を言われる。
花瓶から薔薇を取って、屈み、差し出す。
そうすれば、イヴも青薔薇を差し出してきた。
「もう危ないことは、しないでちょうだい」
薔薇を受け取り、そう言えば、イヴは困ったように笑う。
次はあんなことをしないよう、自分がしっかりしなければ。
屈むのをやめる。
「あの部屋、ちょっと気になるのよね……」
茨と黄色の薔薇の向こう側に見えた階段。
薔薇を持っていない手同士を繋ぎ、今来た道を引き返した。
扉を少し開け、中をうかがうと、メアリーはいなかった。
一安心し、部屋に入る。
茨と黄色の薔薇の向こう側に階段が見えるが、それが邪魔をしている。
「手では、無理そうね……」
ギャリーが手で引っ張ろうとしていたが、ビクともしない。
燃やしてみればどうだろうかと、そう提案すると、ギャリーはポケットを探る。
「アタシ、ライター持ってたわ」
ライターを取り出し、火を近づければ、遮っていたものは、たちまち焼けて、跡形もなくなる。
階段を昇れば、その部屋には、スケッチブックや、クレヨンに青いぬいぐるみやらが散らばっていた。
そして、その奥には。
「イヴ、あれって……」
見たことがある少女の絵画。
「ギャリー、イヴ、どうしてここに……?」
振り向けば、入口にメアリーがいた。
「……どうやって、この部屋に入ったの?」
その言葉は震えていて。
「出てってよ……」
「メアリー……アンタは」
何かを確信したようにギャリーは口を開いたが。
「この部屋に、近づかないでよっ!」
メアリーの大声でかき消される。
「な……!?」
「はやくここから出てって!」
パレットナイフを取り出し、近づいてくる。
「はやく!ハヤク!!早く!!!」
その必死さに、恐怖すら覚える。やはり、あの絵は。
「出ていけえぇぇええぇぇええ!!」
凄い形相でそう叫ぶと、床にヒビが。
パレットナイフを構え、走ってくる。
奥の絵に向かって走り出す。
ギャリーに絵を燃やしてと言う。あれがメアリーの本体だ。あれが、なくなればメアリーは消える。なぜ、自分がこんなことを知っているのだろうか。
「分かったわ!」
持っているライターの蓋が開く音。
「逃がさない」
すぐ後ろにメアリーが迫っていた。
ギャリーを狙うその刃の前に、自分が飛び出すと同時に、ライターの火が付く音。
体を走る激痛に、叫び声などあげられずに。
「あ……やだ……!」
燃えていくメアリー。舞い散る赤い花弁と共にゆっくり倒れていきながら見た。
前は一人でこの情景を見たような気がする。
灰になり、パレットナイフが床に転がり、自分の体も床に転がる。
「イヴ!イヴ!」
持ち上げられ、視界が回り、彼を見上げていた。
「何やってんの!危ないことはしないでって言ったでしょ!」
落ちる雫と彼の怒る顔。
そんな顔、しないでと言うと、言葉を詰まらせる。
「マカロン……一緒に食べるって言ったじゃない……!」
前には、眠った彼に自分が言ったことがあるような台詞に笑う。
そう、前もここには来ている。
「笑ってる場合じゃないでしょ……!」
彼の涙が冷たい。拭うためにポケットから、ハンカチを取り出し、彼の頬に当てる。
今度は彼が帰るのだ。前は自分が帰してもらったから。
忘れないでほしい。自分がいたこと。
涙を拭ったハンカチを彼の手に握らせる。
「イヴ……?」
絶対、戻ってと、言葉を残し、目を閉じる。酷く眠い。
「ねえ、ちょっと!イヴ……」
抱きしめられる。包まれる体温が心地よい。
微睡みに落ちていく。今度は、一緒に帰れればいいと、思いながら。
長い間、抱きしめていた。
それをやめ、イヴを見れば、微笑んで目を閉じていた。まるで、寝ているように。
彼女を、壁にもたれかかせる。
床を殴った。
不甲斐ない。こんな子供さえ守れず、逆に守ってもらうなど。
渡されたハンカチを握り、出口を目指すため、立ち上がる。
イヴが最期に言った言葉は、自分が戻ることを願っていた。
「……このハンカチ、借りるわね」
イヴが笑ったような気がした。
絵に飛び込むと、美術館に戻っていた。
頭に霞がかかっているように、何も思い出せない。
何かしていた気がする。気持ち悪さを抱えながら、歩き出す。
この展覧会を楽しみにしてたのだ。見て回らなければ。
ふと、目の前には赤い薔薇の立体作品。
その作品の前で立ち止まり、眺める。とても気になったのだ。なぜか分からないが。
見ていると、何か込み上げきて、胸が締め付けられる。
「赤い、薔薇ね……」
薔薇に特別な思いはない。嫌いな訳ではないが。
他の作品も見ようと、そこは後にする。
絵を見回っていると、一つの作品の前で立ち止まった。
青い薔薇を胸に、目を閉じ、微笑んでいる少女。
黄色の花弁が舞い散っていた。
名前を呼ぶ声がし、振り返る。
作品を見て回る人達がいるだけだ。自分を呼んだような人物はいない。
また、名前を呼ばれた。
作品の方に向き直れば、少女が目を開け、名を呼び、青薔薇を差し出す。
驚き、叫びそうになったが、ここは美術館。口を手で塞ぎ、何とかそれを制した。
「あら、可愛らしいわ」
横を見れば、男女の二人組が。
また、絵を見ると、元に戻っていた。
幻を見たのだろうかと、額に手を当てる。
しかし、あの名前を呼んだ声に聞き覚えがあった。
そして、この絵の少女も。
忘却の薔薇と題された作品。
なぜだか、悲しい、酷く。堪らなくなって、美術館を出ていくことにした。
帰る途中、気持ちをまぎらわすため、持っていた飴を食べようと、ポケットに手を入れたが、それはなく、代わりに入っていたのは、ハンカチだった。
レースが編み込まれた、高級そうな白いハンカチ。こんな物を持っていただろうかと、立ち止まり、広げると、端に何か書いてある。
「……イヴ?」
そう読み上げた途端、頭を過る、青薔薇を差し出す少女。赤い目と長い黒髪。赤薔薇を持って。
「……!」
散る赤い薔薇。
燃える絵と、微笑む彼女。
腰に回る小さな腕。叩かれた頬の痛み。
コートを差し出すのは。
自分が大事そうに抱きかかえているのは。
「……イヴ!」
連なるように思い出す、あのおかしな美術館の出来事。
なぜ、忘れていたのだ。
これは、彼女から貸してもらった物。
飴は、慰めのために彼女にあげたのではないか。
今来た道を、引き返した。
美術館に戻れば、そこでは、もうゲルテナ展などやっていなかった。
ついさっきまで、あったものがない。
美術館の前にいた警備員に聞けば、ここはずっと、違う展覧会をやっていると説明された。
そう言う警備員に八つ当たりする訳にもいかない。お礼を言い、美術館であったはずの所を後にした。
ただ、残されたハンカチ。
これを返さなければ。
ハンカチを強く握りしめた。
「待っててね、イヴ」
赤薔薇は忘れ去られてなんかいない。