残酷な選択
秘密がある。
誰にも言えない秘密が。
これは、胸の奥にしまい、墓まで持っていくと決めている。
あの船の中。燃え盛る炎の中で、自分は近くにあった棺に入ろうとしていた。
しかし、爆発音と煙の中から現れた存在に驚いてしまった。
フラフラとこちらに歩いてきているのは、憎き存在、ディオだった。
しかし、焼き焦がれている身にまとう服は、ジョナサンが着ていたものだ。
その時、確信してしまった。
自分の夫は殺されたのだと。
こちらが見えているのかも、分からないが、おぼつかない足取りでこちらに向かってきていた。
逃げなければと赤ん坊を抱き抱え、棺に入ろうとしたが、後ろで倒れる音がした。
振り向けば、ディオが倒れていた。
ジョナサンの体はディオの攻撃を受け、自分をかばい、ボロボロだった。
限界がきたのだろう。
見捨てればいい存在だったが、自分は赤ん坊を棺に避難させ、彼に近寄っていっていくと、呻くような声が聞こえ、生きているのだと確信し、腕を掴み、その巨体を棺まで引きずっていく。
ジョナサンは死んだ。しかし、この体がジョナサンのものとしたら、ディオが生きている限り、ジョースター家の血は続いていく。ここで、彼の家の血を絶たせてはいけない。
再度、棺に近づき、気づいたが、底の板がずれていた。二重構造だったのだ。
ディオをその奥に押し込み、自分も棺の中に入り、蓋を閉めた瞬間、爆音とその衝撃が中で感じ取れた。
「ジョナサン……!」
赤ん坊を胸に抱き、ただ生きることを考えていた。
少しの間、意識を失っていたらしい。
棺の蓋を押し上げると、青空が広がっていた。
胸に抱く赤ん坊は眠っていた。
この下で、彼も眠っているのだろうか。
声も何も聞こえない。
助けてしまった。
夫を殺した張本人を。
しかし、どんな形でもジョナサンが生きられるなら。
恨まれてもいい。
でも、あなたにも生きていてほしい。
それが、肉体だけだとしても。
いきなり棺が大きく揺れ、縁にしがみついたが、再度、揺れた時に、体が棺から投げ出された。
「あ……!」
棺が波にのまれるのが見えた。
そして、大きな影も。
それが、船だと気づいたのは、小舟が近づいてきてからだった。
自分たちは、通りかかった船に救助されたが、あの棺は沈んでいってしまった。
悲しくはなかった。
ある確信が胸の内にはあったからだ。
町に着いてから、病院に運ばれ、スピードワゴンと連絡を取った。
かけつけてくれた彼に、ジョナサンが自分と赤子を守って死んだことを伝えると、彼は泣き崩れてしまった。
それだけを伝えることにした。
もう、自分が助けた彼は海のもずくとなるだろうから。
いや、でも、首しかなかった彼は生きていた。もし、奇跡が起こっていたら。
「わたしは生きます。それが彼の望み。そして、ジョースター家の血を絶やさないためにも」
腹を撫でると、スピードワゴンは勘づいたようだ。
「……それは」
医者が言っていた。
自分の体には、命が宿っていると。
彼の血を継ぐ、子供がこの中に。
「おれ、エリナさんのこと、支えますよ!だから、力強く生きてください……!」
「はい、ありがとうございます」
数日後には、ストレイツォもかけつけ、彼にもスピードワゴンと同じことを伝え、あの船の中で救った赤子は、彼に任せることになった。
ジョナサンの墓に花を添える。
「あなたは怒るかしら」
この墓は、空っぽだ。彼の肉体は今ごろ、深海なのだから。
「もし、生きていたら、わたしは嬉しいわ。どんな形でも……」
憎しむべき存在を助けたと知ったら、彼はなんと言っただろうか。
「……ごめんなさい」
残酷なことだと思う。
死してもなお、生きろということは。
「エリナさーん!」
振り向けば、スピードワゴンがこちらに向かってきていた。
そちらへと歩みを進める。
「わざわざ、お迎えありがとうございます」
「いえいえ。あまり、無理しないでくださいよ」
「分かってます」
馬車、用意してますからとスピードワゴンは歩き出し、それについていく。
この苦しさは、彼の痛みとしてただ一人で受け止めよう。
あなたが生きているなら、それ以上の幸せはないのだから。