吸血鬼と三人の姫
「おい、弟たちよ」
ジョナサンたちが部屋で話していると、ディオがやってきた。
その顔は何かを面白がっている笑みを浮かべていた。こんな表情の時は、ろくなことがない。
「何?」
彼女が差し出してきたのは、招待状だった。
それを受け取り、中を見てみる。
「仮装パーティー?」
ジョセフと承太郎が覗き込んでくる。
「なーになに……参加条件を満たしてなければなりません……?」
「男性は女装を、女性は男装をしてご参加ください」
顔を上げれば、彼女はそれはそれは、嬉しそうな笑顔。
「さあ、お前らに似合いそうなドレスを作ってもらうぞ!」
「嫌だよ!」
「断る」
拒否の態度を示したのは、ジョナサンと承太郎で、ジョセフだけが笑顔を浮かべていた。
「なかなか、面白そうじゃね?」
そう言うと、二人の腕を掴んだ。
貴族は時に酔狂だ。驚くことをすることもある。今に始まったことではない。
しかし、この性別逆転パーティーは、ディオのために施されたのではないかと、疑ってしまいそうになる。
これまでにも、おかしなパーティーは色々とあったため、これくらい不思議ではないのだが。
彼女は日頃から、男装をしている。女性の格好をしているのは、無理矢理、着せた時くらいしかない。
パーティーでも嫌々、ドレスを着るが、それもたまにだ。専ら、タキシードやスーツ。似合っているのは、否定はしない。それだけのために、彼女の髪は短い。
その格好をパーティーでは、周りが受け入れているのも問題だ。かっこいいと女性にもてはやされ、男性も自分より似合っているのではないかと誉めていた。
長身で顔も整っている彼女は、男装の麗人だと貴族の間でも、有名だ。
その話題で盛り上がり、交流が円滑にもなったため、父は彼女の格好には何も言わなくなった。
自分たちの前だけでは口は悪いが、他の人の前では穏やかになり、一人称も変わる。相変わらず、中性的だが。
ディオは女性の格好が似合わないわけではなく、着れば、とても似合うし美しい。見とれてしまうくらいの容姿だが、その時の彼女は色々な意味で怖い。
いつになく不機嫌で、パーティーが終わると同時に、所構いなしにドレスを脱ごうとする。自分が女性という自覚は、あまりないと言うより、気にしていない。
ジョナサンたちと同等だと。
性差はないと。
男三人への対抗心。それが、彼女を男性にしているのだ。
ジョナサンたちは身長が高く、体格もいい。着られる女性の衣装などないため、特注品となる。それをどのような仮装にしようかと、ディオとジョセフで盛り上がっていた。
どちらかと言うと、ジョセフは感性が彼女寄りな部分がある。男装も似合ってればいいではないかと、一番最初に言った人間でもあった。
「やっぱり、ドレスが簡単だよなー。派手にすっかあ!」
「いや、下がスカートなら何でも女装に見えるぞ。露出はどれくらいにするのだ?」
なぜ、こんなにも楽しそうのだろうかと、ジョナサンと承太郎は呆れたように見ていた。
女性の男装は、酷くはならないだろうが、男性の女性は似合っていなければ、悲惨だ。
自分たちはどう足掻いても、似合わないだろう。想像もしたくない。
このパーティーに参加をしないという選択はない。なぜなら、ジョースター家と主催の家とは長年の付き合いで、それを蹴られる訳がない。父は今、仕事で国外にいるという理由もある。
承太郎は逃げようとしているが、何としても連れていく。彼だけ逃がすわけにはいかない。痛み分けをしなければ、やっていられない。
「なー、やっぱ露出はしたくねえの?」
ジョセフが聞いてきたので、首を縦に振った。
「全て、布で覆って欲しいね。できれば、顔も」
「仮面でも被ればいい。うむ、かつらもいるな」
「おれは着ねえからな」
「なんだよ、承太郎。一緒に可愛くなろうぜー!」
「なりたくねえ」
なぜ、ジョセフは女装に乗り気なのだろう。到底、似合わない女装なんて嫌だろう。
いや、彼は自分が似合うと思っているのかもしれない。
そっくりな人間が二人もそばにいて、気づかないわけはないのだが。
「ドレスにしようぜ!そりゃあ派手なやつ!」
「おれはどうしようか……」
「いつも通りでいーんじゃあねえの」
「仮装しなければ、意味がないだろう」
二人は和気あいあいと、衣装について話し合っている。
その様子を見つつ、承太郎と共にため息をつくしかなかった。
贔屓にしている仕立て屋に、連れていかれ、ディオが三人にドレスをと言うと、店主は目を丸くしていた。
間違えていないかと言われたが、パーティーで女装をしなければならないと言うと、戸惑いながらも納得してくれた。決して、そんな趣味はない。
どのようなドレスにするかと、細かく伝えるディオとジョセフ。
もうどうにでもなれと、そのやり取りを見ているだけだ。
フリルを多めにとか、大きなリボンを付けてくれやら、そんな注文が飛んでいた。これがディオのドレスなら、感動もするのだが。
「金ならいくらでも払う」
「ふむ……お任せください」
無理ですとつっぱねてくれた方がいいが、自分たちはここの上客。断るはずがない。しかも、大儲けできるチャンスだ。
何か手違いで、ドレスが届かなければいいのにと思うことしかできなかった。
後日、ジョナサンは届いたドレスを着れるかどうかを確かめるためにも、着せられた。
着せるのを手伝っていた使用人が、戸惑ったり、笑いを込み上げているのを我慢していたのが分かった。いっそ、似合っていないと笑い飛ばしてほしかったが。
ドレスは見事に自分にぴったりだった。入らないことを期待したが、それは見事に打ち砕かれた。それを理由にパーティーに行かないと言えるチャンスがなくなったのだ。
各々の衣装は、当日の楽しみだと、互いに見せないようにしていた。
ディオも何か頼んだようだ。仕立て屋から、それらしきものが送られてきていた。
当日になれば、分かることだ。
パーティー当日には、このドレスを着るので、早々に脱ぐことにした。
仮装パーティー当日。
広間に集まった四人。
ディオは三人を見て、可愛らしいや似合っていると言っていたが、笑いながらなので馬鹿にしているのだろう。
そんな彼女の格好は、ヴィンテージ風の燕尾服に袖がボロボロのマント。髪型はオールバックになっている。
ジョナサンは、そんなディオをたしなめていたが、恥ずかしいのか顔は赤い。
緑色のドレスを着ており、かつらのおかげで肩まで髪がある。顔は頭から垂れるベールで隠れているが、布は薄いもので表情は分かる。その手には仮面がある。徹底的に隠すらしい。
ジョセフは、この中で一番、似合っているだろうと可愛いだろうと言い、自信満々な顔だ。
桃色のドレスは、なぜか背中が見えるデザイン。逞しい背中の筋肉が見えていた。何か詰めたのか、胸もちゃんと膨らんでいる。そのままの髪には、花の髪飾り。
承太郎は不機嫌な顔のまま、長椅子に座っていた。足を広げ、渋々、こんな格好をしているのだと主張している。
青いドレスに、頭にはリボンとフリルが使われた帽子を被り、ジョナサンと同じようにかつらと、手には仮面。
三人兄弟の女装は、どこからどう見ても、似合っていない。ちゃんと化粧もしているが、それにも限界がある。
「もう、笑うのはやめなよ……ディオのそれは、何の仮装だい?」
「吸血鬼だ。あー、まだ、腹が痛い」
ディオはようやく笑うのをやめたが、三人を見る目は楽しんでいる。
「それ、言われないと分かんないよ」
いつもの格好と変わらないと言えば、ディオはジョナサンに迫る。
「貴様は、このディオの夜の僕となるのだッ!」
誤解を生みかねない台詞だとジョナサンは思った。吸血鬼に血を吸われた人間はゾンビになると言われているため、そのことなのだろうが。
「それ、他の人に言わないでね」
「お前だから言うのだ」
そんな二人のやり取りの横でジョセフは承太郎に絡んでいた。
「承太郎、そんな不細工な顔してないで笑えよ。笑顔の方が可愛いぜ」
ほら、と頬を持ち上げ、無理矢理、笑顔を作っていたが、承太郎は冷たい目でそれを見ていた。
「おれほどじゃあねーが、お前も充分、可愛いぞ!承太郎ちゃ〜ん」
頬を持ち上げるのをやめ、眉間に寄っているしわを指で突く。
「てめー、殴られてえか?」
「いやぁん!か弱い乙女を殴る気?」
「だ、れ、が、か弱い乙女だ?」
楽しそうなジョセフと見るからにイライラしている承太郎の二人。今にでも喧嘩に発展しそうだ。
あまり和やかとは言えない四人の雰囲気。
通りかかる使用人たちはそれをいつものことで仲が良いと笑顔で見ていた。
馬車に揺られ、パーティー会場まで着いた。
ジョナサンと一緒に乗っていたディオは、彼が降りる時には、エスコートをしていた。
「お嬢さん」
手を差し出すディオとそれを見るジョナサン。
「はあ……嫌味かい?」
「いいや、女性は丁寧に扱わなければなぁ?」
向けられる笑顔が嘘臭い。
「ありがとう、吸血鬼さん!」
ジョナサンはその手に手を添え、馬車から降りた。
履き慣れない高いヒールと仮面をしているため、狭くなった視界にジョナサンはフラフラしていたが、それをディオが支えていた。
「歩き……にくい」
「焦るからだ。体重をだな……」
「おい、さっさと行くぞ」
その横を不機嫌な承太郎が通っていく。顔は仮面で隠れていたが、見えている目が正直に彼の心の内を言っていた。この会場をめちゃくちゃにしないか心配する。
彼は、近寄りがたい雰囲気をまといながら、大股でヒールと狭まったはずの視界も、ものともせずに歩いていった。
「ちんたらしてたら、パーティー、終わっちゃ……」
ジョセフは二人を見ながら、歩いていたら転んだ。それは、そうだろう。後ろ向きで歩いていれば、段差には気がつかない。
やっぱりと二人は手を差しのべる。
「気をつけてね」
「危なっかしい」
「だ、大丈夫だっつーの!」
二人の手を掴み、起き上がったジョセフは一足先に、会場へと入っていく。
二人もそれに続いた。
会場に入れば、もう結構な人が集まっていた。
ジョナサンもディオも呆気に取られる。
「すごいな……」
「うん……」
仮装、しかも格好は男女逆転。中には中性的な人もいたが、よく見れば、性別が分かるになっている。
「失礼」
ジョナサンの横を踊り子の仮装した女性が通っていったが、声は低かった。ここでは性別が逆なので男性だろう。
「似合う人は似合うんだね」
「ああ。おい、承太郎がまた囲まれているぞ」
ディオが指したその先に、囲まれた承太郎がいた。仮面をしているが一目瞭然だろう。
周りには男装した女性。黄色い声がここにも聞こえてくるが、承太郎が黙れと吠えたが、声はますます大きくなるばかりだ。
「わたしは友人に会ってくる。転ぶなんて、マヌケなことはするなよ?」
「しないよ。いってらっしゃい」
ディオはテーブルに集まっている一集団に向かっていく。その中の一人が気づいたのか、彼女に手を振っていた。
自分も知り合いに挨拶せねばと、慎重に一歩、踏み出した。
「その背中、セクシーね!ジョセフ」
「そうだろー?お前の格好も気合い入ってんな」
自分たちの格好について、盛り上がる。
衣装のどこにこだわったかなどを聞いていると、皆がこのパーティーをいかに楽しみだったかを物語っていた。
「お前の姉さん、本当、似合ってるよな」
離れたところで、ディオが楽しそうに会話している。
「ディオはいつも通りだからな」
「吸血鬼なんですって?あんな美しい人なら、わたしが血を吸われたいわ」
彼女は男女問わず、人気がある。彼女にお近づきになりたいと、自分と接触しようとしてくる者もいるほどだ。
しかし、それは優等生の仮面を被っている彼女にだろう。
彼女の本性を見れば、幻滅する者も多いのだろうか。
自分は、素の彼女の方が好きなのだが。
「いいよな、ジョセフは。あんなお姉さんがいて」
「羨ましいわ!変わってほしいくらい」
「変わってやんねーよ」
この場所を誰にも譲る気はない。時には喧嘩もしたりするが、やはり彼女のそばにいる家族や兄弟という特権は、何物にも変えられない大切なものだ。
囲んでくる女性たちを追い払い、隅へと逃げ、あった長椅子に座る承太郎。
付けていた仮面を取り、横に放り投げる。
「やれやれだぜ……」
囲まれた女性たちには言われたくない誉め言葉を投げかけられた。
そんな言葉は相応しくないと自分が一番分かっているのに、あんなでまかせがポンポンとよく出てくるものだ。まだディオに言われるなら、嬉しいが、なんとも思っていない人間に言われても、嫌味にしか聞こえない。
「疲れているようだな」
目の前にディオが立っており、グラスを差し出していた。中は水だと彼女は言う。
「もう帰りたいぜ」
それを受け取り、一気に飲み干す。
「もう少しだけ頑張れ。後、脚を閉じろ。はしたない」
男のドレスの中は見たくもないだろうし、見られてもドロワーズをはいているため、何も問題はないのだが、言われた通りに脚は閉じる。
持っていた時計を見るが、まだまだ終わりそうにない。早く帰りたい。この似合っていないドレスも脱ぎたい。
「あの」
いきなり、ディオに話しかける者がいた。顔は覆面で鼻まで隠し、占い師のような姿をした男。
彼が名乗れば、ディオは誰か分かったようで、笑顔で話し始めた。それにつられたのか、男性も笑顔になっている。
話の内容なんて聞いてなかったが、彼女が異性と会話していることに、中にあるものがざわめく。なんとも言葉にしたがいもので、イライラがつのっていく。
男はディオとの会話に夢中で、自分の存在など見えていないようだった。
「そうだ!今度、ご一緒に――」
興奮気味にそう言うと、彼女の手を両手で握る。
「ディオ」
彼女の腕を掴み、こちらに引き寄せる。するりと男の手から、手が抜けた。
「なんだ、承太郎」
彼女が、不思議そうに見ていたが、なぜ、自分がこんな行動をしたのかが不思議だった。勝手に体が動いていたのだ。
しかし、中でざわめく感覚はなくなり、イライラはなくなっていた。
「……なんでもねえ」
何だか気まずくなり、立ち上がり、何か飲もうとグラスを持ったまま、テーブルへと向かった。
「承太郎……?」
その後ろ姿を見ていたが、わらわらと寄ってくる女性によって隠れてしまった。
「弟さんですよね」
「ええ、そうです。そういえば、さっきは何を言いかけたのですか?」
会話を承太郎によって中断されていたのだ。
目の前の男性は、大したことではないと笑い、話していたら喉が渇いたと、何か飲み物を取ってきますと離れていく。
承太郎が座っていた長椅子に座ると、彼がしていた仮面が投げ捨てられていた。持ち主に忘れられ、寂しそうなそれを手に取る。白い面に緑と金で華やかに化粧されたもの。
「お待たせしました」
男が帰ってきて、グラスを差し出してきた。
お礼を言い、それを受け取り、幾分か渇いた喉を潤すために、口の中に流していく。
ジョナサンは仮面を外し、ディオを探していた。狭い視界で見るのは疲れるのだ。
そろそろ帰ろうかと、家族を探していて、目立つジョセフと承太郎はすぐに見つけたが、彼女だけが見当たらない。彼女も目立つので、すぐに見つけられるはずなのだが。
「ジョセフ、ディオがどこにいるか知っているかい?」
そう聞けば彼は、首を横に振る。
「どっかにいるんじゃあねーの」
辺りを自分と同じように見ていた。
「見当たらないんだ」
「承太郎は知ってるんじゃあないか。おーい、承太郎ちゃーん!」
その声は承太郎に届いたらしく、囲んでいる女性をかき分け、こちらにやってきた。
「てめー、喋れなくしてやろうか?」
どうやら、ちゃん付けが気にくわなかったようで、ジョセフの首を締め始めたので、やめさせた。
「承太郎、ディオ知らない?」
噎せているジョセフの背をさすりながら聞けば、あそこにいたと指し示した。
そこは、隅にある長椅子だったが、二人の女性が楽しそうに喋っていた。
「あそこに野郎と一緒にいたぜ?」
「男性と?」
嫌な予感がする。彼女を狙っている輩も多いのだ。
こんな成りの奴を口説こうとは思わないと、どちらかと言えば女性から告白される方が多いと、茶化したように彼女は言っていたが、彼女に恋をしている男性は多いのだ。
変なところで彼女は無防備だ。
「あ、あの……!」
軍服に身を包む女性が声をかけてきた。
少し時間は遡る。
ディオは椅子に体を預ける。
体が熱い。グラグラ揺れる感覚に酔う。
酒を飲みながら話していれば、飲み過ぎたのか、急激に酔ってきた。まだそんなに飲んでいないはずなのだが。
「大丈夫ですか……?風にあたりましょう」
先ほどまで喋っていた男の声。
間近に聞こえてきたそれに、頷く。酒が入り、体温が上がり、マントもしているため、熱い。
「……?」
顔に何かが被せられた。
「さ……行きましょう」
体を支えられ、立ち上がる。おぼつかない足のまま、つれていかれるまま、歩みを進めた。
扉が開く音がし、吹き付ける風に、会場から続く庭にでも出たのだろうと、あまり動いていない頭で思った。
芝生の上を歩いていく。
「座ってください」
どこかに腰かける。手が触れたのは、木の感触。椅子でもあったのだろう。
「……すみません」
「いえ、そんなにお酒に弱いとは……」
自分でも、驚くほど酔っている。視界も狭まり、ぼやけてあまり見えていない。瞼が重く、目を閉じた。
身につけていたマントが、するりと落ちていった。熱かったので丁度いい。冷たい風が心地よかった。
タイが緩められ、ウェストコートのボタンも全て外されいく。シャツの上側のボタンも外され、息苦しさがなくなった。
だいぶ楽になったと思っていると、首に冷たいものが触れた。
肌をなぞるような動きに、それが指だと分かった。そこに何か付いているのだろうか。
体が後ろに倒れていき、先ほど脱いだマントであろうものに背中を預ける形となる。
平行感覚をなくしてしまったのかと、起き上がろうとしたが、肩を押しつけられ起き上がれない。体が酷く重い気がする。
首の辺りに、濡れた感触と痛み。
シャツの中に手が入ってきて素肌に触れた。
「――!」
鳥肌がたつ。意識が覚醒していき、何か違うと、腕を払いのける。
「うおおおおッ!」
雄叫びのような声が聞こえ、体が軽くなった。
何かが地に落ちた音がし、誰かが走ってくる音がする。
「ディオ!」
「大丈夫か!?」
顔に被さられていたものがなくなり、聞こえてきた声は兄弟のもの。
「ジョセフ?ジョナサン?」
重い瞼を開けると、覗き込んでいる二人。同じ顔が並んでいた。
軍服の女性から男性と共に、庭に向かったと聞き、急いで向かった。
庭に出て少し歩いたところで、いきなり、承太郎が走り出し、それについていけば、誰かが押し倒しされていた。月明かりに照らされた金髪に押し倒されているのが、ディオと分かった。
承太郎が雄叫びをあげ、彼女の上にいる人物を殴り飛ばした。
木の長椅子に寝転ぶディオ。マントも外されその上に横になっており、タイも解かれて、ウェストコートも全てボタンが外され、シャツは胸元まで開いていたいた。
なぜか、顔には承太郎が付けていたはずの仮面を被っている。
「ディオ!」
「大丈夫か!?」
それを外せば、顔が赤い。彼女は目をゆっくりと開けたが、焦点が定まっていない。酔っている。
「ジョセフ?ジョナサン?」
忙しなく目が動く。
「わたしは何をされたんだ……?」
困惑している彼女は、自分の体を確かめるように触る。
「……!」
彼女の白い首に、くっきりと赤い痣があった。
込み上げる怒り。
彼女を起き上がらせ、マントで乱れた服を隠す。また、何をされたのかと聞いてくるが、答えられるわけがない。
「お前、襲われたんだぞ」
言葉に詰まる自分の代わりにジョセフが答える。
「は?」
信じられないという顔をする彼女。
「変なところを触られなかったか?」
「……首や、胸を、触られた」
「それだけか?」
「ああ」
言われたとおり、彼女の下半身は乱れた様子はなく、未遂で終わったらしい。
しかし、それでよしとはならない。
彼女をジョセフに任せて、承太郎の方へと行く。
彼は、ディオを襲った男に跨がり、殴っていた。男は反撃もできずに一方的に殴られている。
「承太郎」
振り下ろされる拳を腕を掴んで止める。
「邪魔するんじゃあねえ!こいつは……!」
自分もそうしたいくらいだが、彼は殺しそうな勢いだ。
「うん。でも、話してもらわないとさ」
拳から力が抜けるのが分かり、離すと、彼は男の上から退いた。
男は悲惨な姿になり、ごめんなさいと繰り返していた。心も何も痛まない。自業自得だ。
「ディオに、酔っている女性に何をした?」
襟首を掴み、起き上がらせ、そう聞くが、男は謝罪を繰り返し、殴らないでと喚くばかり。
「どうしました!?」
このパーティーの主催が、ディオのことを知らせてくれた女性と共にやってきた。何があったのかと、人も集まってくる。
ディオが乱暴されそうになったと伝えたが、殴られて血を流す男を見て、それは本当のことかと怪しまれた。
「気がついたら、こうなっていたのだが?」
主催の前までジョセフを支えにディオは来ると、マントを取り、乱れた服装を恥ずかしげもなく見せた。
それを見ると、周りもざわめき始め、皆が納得したようだ。
屋敷の者が男を立ち上がらせ、連れていこうとするが、ディオは彼に向かっていく。
目の前に来ると、腫れた顔に拳を一発入れた。
「もうわたしに近づくな」
周りは静まり返り、彼女の冷たい声だけが響く。
そこにいた全員が、呆気に取られていたが、帰ると彼女が言い、出口に向かっていくので、男は主催に任せて、三人も帰ることにした。
迎えた馬車に乗り込み、ディオは苛つきながらも、解かれたタイを取り、ボタンをとめていく。
女扱いは嫌いなのだ。外では仕方ないと思ってはいるが、性的に見られるのは、一番不快だった。
乗り込んできたジョナサンたちは、こちらを見ないようにしていたのが分かったが気にせずにそのまま、続ける。
「もう少し殴ってもよかったのによ」
ジョセフの言葉に、そうだなと返し、最後のボタンをとめた。
あそこで、自分が殴っても止めるものはいなかった。気が住むまで殴っても、周りは咎めることもしなかっただろう。
しかし、あまりにもやり過ぎれば、こちらに非があることになってしまう。
「おれがもっと殴れば、よかったぜ」
「おれも一発、殴っときゃあよかったなー」
あんなにボロボロの男をもっと痛めつければ、死んでしまうのではないかと思った。
「大丈夫?気分は?」
「最悪だ」
あれが最後になければ、とても楽しい気分だったろうに。
目を閉じ、横にいるジョナサンにもたれかかる。
「寝る。着いたら起こせ」
「分かったよ」
少し寝れば、幾分か気持ちは晴れるだろうか。
屋敷に着き、ディオはすぐに自分の部屋に入り、風呂に入った。
汚い手で触られたのだと、念入りに洗って。
部屋に戻り、一息ついていれば、なぜか、ジョナサンたちがやってきた。もう、ドレスを脱いでおり、残念だと思う。
心配だとジョナサンは言っていたが、ジョセフは眠れないと、承太郎は何も言わなかった。
正直に言わないが、二人もジョナサンと同じなのだろう。
あんなことで自分はめそめそしない。要らぬ心配だったが、眠れないので、四人で話しながら、ゲームしたりして、夜更けまで過ごしていた。
翌日に、男の家の者が謝罪の手紙と金を持ってきた。
男は入院中で他の者も、今は忙しいらしい。
警察にはつき出されなかったようだ。いや、金でなんとかしたのだろうか。
「ああ!?これで許されると思ってんのか?」
ジョセフは、掴みかかっていくが、それをやめさせる。持ってきた彼には、何の罪もない。
どうするか、謝罪の手紙を見るディオに聞けば、それを破りながら、紙屑になった彼にそれを押しつける。
「これが答えだ。もう来ないでくれ」
男性は、か細い声で返事をすると、帰っていった。
連日、屋敷には彼女の見舞いだと、ひっきりなしに客が訪れた。
顔見知りから、知らない者まで来たが、彼女を慕っている者の多さに驚いていた。
その中で聞いたのだが、あの一家はパーティーにも出禁となり皆には白い目で見られ、肩身の狭い思いをしていると。
社会的制裁を食らっているなら、ほんのちょっぴりだが、溜飲が下がる。
見舞い数日で落ち着き、ディオは渡された品々を整理をしていた。
花やお菓子、果物、嗜好品など様々だ。花は花瓶に入れられ、屋敷全体に置かれていた。
その他の品物の整理に兄弟全員が手伝っていた。よく部屋に来るのだ。ジョセフは逃げようとしたが、ジョナサンに捕まえられていた。
「なあ、このお菓子、食っていい?」
「もう開けているじゃあないか。おれの分は残せ。これは紅茶か」
「うわあ……このチェス、宝石が使われてる」
「おい、この本、二冊目だぞ」
四人もいれば、整理はすぐに終わった。
手伝ってくれた礼だと、ディオが紅茶をいれてくれた。それで、三人は見舞品のお菓子を食べていた。
彼女は溢れるお菓子を使用人に分けてくると、部屋を出ていった。
「変わらねえな」
「うん、殴るんじゃあなくて、急所を蹴るべきだったって言ってたけど」
「おれはもう一発、殴りてーぜ」
彼女は、あのことをあまり気にしてはいないようだった。そのことを現すように、付けられていたキスマークも消えていた。
そんな風に振る舞っているだけかもしれないが。
彼女がいる前では、話題に出すこともない。
彼女の様子を見に来た全員が、いつもと変わらないと分かると、あまり話題にもしなかった。
扉が開き、ディオが入ってきた。
「お前たち、おれの分は残ってるだろうな?」
「まだまだあるよ」
彼女は椅子に座ると、机の上に広げたお菓子に手を伸ばす。
「そういえば、ドレスはどうしたんだ?」
スコーンを食べる彼女は、美味しさに顔をほころばせていた。
「まだ、あるよ」
「記念だからな」
「捨ててぇ……」
安いものでもないので捨てられないが、クローゼットに眠っている。
「せっかく作ったんだ。記念に写真を撮ろうじゃあないか」
その言葉に、ジョセフは同意したが、ジョナサンと承太郎は顔を強ばらせた。
あの格好の写真が残るのは、嫌だと。そんな趣味があったのだと勘違いされる可能性がある。
「どうせ、もう着ないんだろう?もったいないじゃあないか」
女装することはないし、似合わないものを着ることはないだろう。
ジョセフは一人でもいいと言うが、ディオは納得しない。
「ディオもドレスな」
ぽつりと承太郎が呟いた言葉に、ディオの笑顔が消え、ジョナサンは笑顔で頷いた。
「そうだね!皆、ドレスならぼくもいいよ」
「それなら、おれも着るぜ」
してやったと彼は笑う。
「いや……」
予想だにしない反撃にディオはうろたえていた。
「言い出したのは、ディオだろ?皆で写真、撮ろうぜ」
「記念だしね!」
「どうせ、着ないんだろう?」
自分の言葉をそっくりそのまま返され、彼女は反論できなくなっていた。
「ふふ、いつにしようか?」
「楽しみだな。なあ、ディオ!」
「めかしこまないとな」
楽しそうに笑う三兄弟と、膨れっ面のディオ。
彼女は残っているスコーンを口に入れると、次々とお菓子を食べ、紅茶で流していった。
応接間に集まる皆のところまで、ジョナサンはディオを連れてきた。
それは、駄々をこね、拗ねた子供を母親が手をひっぱるように。
「連れてきたよ」
ディオがこの格好で外に行くのは嫌と言ったために、写真屋には屋敷にまで来てもらうことにしたのだ。
「今さら、恥ずかしがるなよ」
「おれたちと同じ格好だろ」
そう言えば、彼女は睨みつけてきた。
赤いドレスに、かつらまで被らされ、薔薇の髪飾りに首には、ルビーがあしらわれた首飾り。
父がいれば、とても喜びそうなその姿。
「さっさと撮って、さっさと脱ぐ!」
「そうしようか」
「で、では、皆さん、そこに並んでください」
カメラの準備が終わったのか、写真屋の主人が声をかけてきた。
こちらに向ける笑顔が少しひきつっているのは、仕方がない。
ディオはいいとして、似合わないドレス姿の屈強な男が三人もいてはそうなるだろう。
用意された二つの椅子には、もめにもめた結果、ジョナサンとディオが座ることになり、その後ろにジョセフと承太郎が立つことになった。
写真の撮影はすぐに終わった。
写真屋を見送った後に、そこでディオがドレスを脱ごうとしたので、三人で止めることになった。
後日、その写真が帰ってきた父親に見つかり、説明するのに四人は骨を折ることになる。