怖いものは怖い
それは使用人の一人が、なかなか眠らない主人の子供たちに早く眠るようにと、話してくれた話だった。
内容は夜な夜な、遅くまで起きている子供を連れ去り、食べてしまうという化け物の話。
それは黒尽くめで白い仮面をかぶっており、ベッドの傍らにいつのまにか立っていて、あっという間に子供を連れ去り、その子供を生きたまま食べるらしい。
その仮面の下には顔の半分以上ある大きな口が隠されていて、頭は一口、鋭い歯でかたい骨も噛み砕いてしまうという。
ディオはそれを聞いて、ベッドがない家はどうするのだとか、大人と一緒に寝ているところは大人が気づいてしまうのではと野暮なことを考えていた。
そんな話を聞いた後、各々の部屋に戻ろうとしたとき、ディオの手を承太郎が離さなかった。握っている手が震えている。
まだ幼い彼には怖い話なのだ。自分には子供騙しにしか思えないが。
「一緒に……寝てほしい」
こちらを見上げる目が懇願していた。潤んだ目が揺れている。
「ああ、わ」
「承太郎、ぼくと寝ようか!」
「おれが一緒に寝てやるぜ!!」
兄弟たちの声が重なり、自分の声が遮られた。二人の手が承太郎の肩に置かれている。
「おまえたち、怖いのか?」
そう問えば、二人は首を横に振る。
「承太郎が、不安そうだから、ね」
「ぜ、全然、怖くねえよ!」
そう言う二人の顔は青い。あの話は作り話だと分かっているだろうに。
しかし、承太郎は自分に一緒に寝てくれと言ったのだ。彼らは自分の部屋で寝ればいい。
「承太郎、わたしのベッドで寝よう」
承太郎を引き連れ、自分の部屋に向かっていくと腕を掴まれ、引き留められる。
「どうした、ジョナサン?」
腕を掴んでいる彼は何か言いたそうな表情。
「離せ。わたしは承太郎と寝るんだ」
「……怖い!怖いんだ!一緒に、寝てほしい……です」
彼は観念したように吐き出す。最初からそう言えばいいものを。
承太郎に良いかと聞けば、頷いたので三人で寝ることになり、どこで寝ようかと話し合う。
「あ、あの〜」
後ろから声をかけられ、振り向けば、ジョセフが弱々しい顔で、おずおずと手をあげる。
「お、おれも一緒に寝かせて……クダサイ……」
ということで、四人で寝ることになった。
ベッドの大きさは全員が変わらないが、ジョナサンの部屋で眠ることになった。
大きなベッドだが、四人も寝ることになると少々きつい。
ジョナサン、ディオ、承太郎、ジョセフ、並んで横になっていた。
「全員で寝るのは、初めてだ」
「こっちに寄るな、狭い」
「あったかい」
「承太郎、おれの手、握っとけ」
ランプに近いジョナサンが消すよと声をかければ返事が。彼が明かりを消せば部屋は真っ暗になった。
暗闇になり、横でジョナサンが横になり、おとなしくなったのをが分かり、ディオは目を閉じた。
承太郎とは一緒に何回か寝ているが、ジョナサンとジョセフとは初めてだ。一緒の歳のジョナサンと寝ることはないし、ジョセフと一緒に寝れば、喧嘩になりそうだ。
自分の手を握る、承太郎の手がまだ力強い。あたたかい体を寄せてきている。
もし、話の中の化け物が出てきても、自分も兄たちもいるのだから、追い払えるだろう。
「?」
眠気がきて、うとうとし始めた頃、ジョナサンの方にある手に何かあたり、そちらに意識が向く。
ジョナサンの服か何かあたっているのだろうかと気にしないことにした。
また、何かあたる。感覚を鋭くし、探る。
手の横に何か、あたる。離れないそれはあたたかい。
それがゆっくり手のひらに上がってきた。
手だ。重なる手。なにがしたいのだろうと様子を探りつつ、なにもしないでいると自分の手がゆっくり、握りしめられた。
承太郎と同じように彼も、まだ怖いのだろうか。
大きな弟だと呆れながら、その手を握り返し、手の熱さを感じながら、眠気を待っていたが、すぐにそれはやってきて落ちていった。
鳥のさえずりが聞こえ、ジョナサンは朝なのだと目を覚ます。
一番最初に目に飛び込んできたのはディオの寝顔だった。声をあげそうになるのを堪え、昨夜は兄弟たちと寝たことを思い出しながら、静かにゆっくりと起きあがった。
昨夜、繋いでいたはずの手は離れていた。その手はもう彼女のぬくもりを残してはいなかった。
すぐ隣にいる彼女にどうしても触れたかった。手なら、承太郎も握っているし、理由は怖かったとでも言えば、彼女もあやしむことはないだろうと、恐る恐る手を握った。
それだけで充分だったのだが、握り返されたことには驚いた。起きていたことより、振り払ってくるか、そのままだと思っていたからだ。
とても嬉しかった。この時を少しでも長くと眠気と果敢に闘ったが、負けてしまったのは悔しい。
「ありがとう」
聞こえないお礼を呟く。
手を繋いだおかげか、怖い夢は見ていない。
少し時間が経ってディオも起き、それに連なるように承太郎も起きたが、ジョセフはなかなか起きずに承太郎に乗っかられて、ようやく起きたが、またベッドに横になろうとするのをジョナサンが止める。
扉がノックされ、使用人が入ってきた。その人は昨夜、話をしてくれた人だった。
「おはようございます、坊ちゃん、お嬢様」
頭を下げ、挨拶された。それに皆、元気よく挨拶を返す。
「あの話は面白かったですか?」
「ええ、一人じゃあ眠れないほど」
ディオの言葉に皆がここにいる理由を使用人は気づいたようで、あらあらと笑う。
「今度は怖くないお話をさせてもらいますね。さあさあ、朝食の準備がもう少しで終わりますよ。皆様、早くお着替えを」
そう言って使用人は子供たちを急かす。
子供たちは各々の部屋に戻っていく。まだ眠そうなジョセフは承太郎に背を押されている。ディオはそんな二人を見て呆れている。ジョナサンはそんな三人を見て笑っていた。
いつもと変わらない朝だった。