君は女の子!
「ジョナサン様!」
慌てた様子で入ってきた使用人に、またかと見ていた本を閉じた。
「ディオ様がどこにいらっしゃるかご存知ではないでしょうか?」
部屋にいたはずのディオがおらず、窓が開いたままで、下に続くロープだけが残されていたらしい。
ため息をつくしかなかった。また逃げ出したらしい。
このことになると、いつもだ。
使用人も頭を抱えている。
「探してくるよ」
立ち上がると、使用人は申し訳なさそうに頭を下げる。
屋敷には、弟がいたはずだと、協力を仰ごうと彼の部屋へと向かった。
扉をノックし、部屋に入ると暇そうにソファーに座る承太郎がいた。
「やあ、暇かな?」
気だるそうな目を向けてくる。
「ああ」
「それならよかった。実はまた、ディオが逃げ出してさ。本当に手のかかる妹だよ」
笑ってそう言うと、横から音がした。何かが落ちた音ではなく、叩いた音だ。視線を向けると、そこはクローゼット。
「ジョナサン、探しに行くんだろ」
承太郎は立ち上がる。彼をを少し見たが、何かを焦っているようで。
「いや、もういいよ」
クローゼットに歩み寄れば、また承太郎が座った音がした。
クローゼットを開けようとすれば、開かない。これは、鍵はかからないので、向こうで誰かが逆に引っ張っているのだ。
観念しろと、力ずくで扉を開けると、勢いよく中から人が飛び出してきた。
その人を受け止める。逃げ出そうとするので、細い腰に腕を回し、逃げれないようにする。力はこちらの方が上だ。
「やっぱり、あれは目眩ましだったんだね」
外に行ったのだと勘違いさせて、ほとぼりが冷めるまで、ここに隠れているつもりだったのだろう。承太郎も協力しなくてもいいのに。
「あの発言を撤回しろ。おれは妹でもないッ!貴様より上だ!」
睨んできたが、軽く受け流す。いつものことだと。
「ディオ、君が上でも何でもいいけど、部屋に戻ろうか」
暴れるディオを担ぎ上げれば、ディオは承太郎に助けを求める。何もできないと彼は首を横に振る。
「おろせッ!」
「嫌だよ」
部屋を出て、ディオの部屋へと向かう。歩く度に短い金髪が揺れる。
「そんなにドレスが嫌かい?」
「嫌だね!それなら、裸の方がマシだ!」
どうして、そんなに嫌がるのか。昔からそうだったが、彼女、ディオは、女性の服を着たがらない。今もジャケットにベスト。見た目は少年のようだ。
声を聞けば、女性ということは分かる。
「父さんがせっかく、用意してくれたんだ。着るべきだよ」
「おれはいつもの服でいい!」
部屋に入れば、置かれているのはドレス。パーティー用ということで、全体に豪華な飾りが施されている。使われている布も一級品と聞いている。これを着ないのはもったいない。
部屋に入ったのはいいが、使用人を呼んでこなければと、部屋を出ようとすると、丁度、こちらに向かってきていた。
「見つけたよ」
「ありがとうございます、ジョナサン様」
暴れるディオを無視し、そんなやり取りをする。いつものことだ。
彼女、ディオ・ブランドーと初めて会った時は、誰もが少年だと疑わなかった。
格好も見た目も仕草も、どこからどう見ても、男の子だったからだ。
ディオが女性と知ったのは、水遊びをしている時に、嫌がるディオを無理矢理、ジョセフが水の中に引き込んだため、溺れたディオの介抱を使用人と共に自分がしたときだ。
着替えさせていた時に、胸に巻く布を苦しいだろうと取ると、膨らんでいる胸があり、確認のために触ったが本物で。
皆で問い詰めたところ、ディオは女性だということを認めた。
自分たちより、体は小さく、声も高いと思っていたが、そのことを知ったときは、声をあげて驚いたものだ。
彼女は、女性らしさというものは皆無で、与えられていた男性用の服を着ていたし、言葉遣いもだ。自分を含め兄弟の前では言葉遣いは粗く、そりもあわないため、喧嘩をよくしていた。
女性と知ってからは、父も女性の服を与えていたが、彼女はそれには一切、袖を通すことはなく、これまで通りに男性の服を着ていた。
教養やマナーは申し分ないため、誰も何も言わなかったが、それは日常生活の中だけで、社交場になれば、話は別だ。
彼女は当たり前に男性用の礼服を着ようとしていたが、それは勘違いをしていたためだ。
ドレスを与えられた時には、似合わないときっぱり言い、男性用の服を着ようとしたため、半ば無理矢理、嫌がるディオにドレスを着せた。
その後のパーティーは大変だった。彼女は不機嫌で笑顔の仮面がいつ崩れてもおかしくない状態で、誰とも話したくはない雰囲気をまとっていたが、周りはお構い無しに性別についての質問攻め。
ジョセフも承太郎もパーティーでは逃げたため、フォローするのは自分だけ。落ち着いた時には、彼女に八つ当たりされ、散々なことに。
帰りの馬車の中では、自分がいるにも関わらず、目の前でドレスを脱ごうとしたため、必死に止めた。
それからパーティーに出る時は、彼女は男装していた。似合うから問題ないだろうと言うが、父はあまりいい顔はしなかったが、貴族には変わり者は多い。
彼女の格好は話題を呼び、ジョースター家の交流が円滑になり、父は彼女の格好については何も言わなくなったが、ドレスはいつでも用意していた。
使用人も毎回、ドレスを着させようと四苦八苦している。
ディオの部屋の前で待機していると、いきなり扉が開き、ディオが出てきて、逃げ出そうとしたため、腕を掴む。これがあるから、自分は毎回、見張り役だ。
「離せ!」
暴れる彼女の髪が長い。
「髪、長かった?」
「かつらだ!ええい、離せ!」
長い髪の彼女は、女性にしか見えない。それなら、ドレスも似合うだろうに。
「ディオ様!そんなお姿で……!」
使用人が慌てて、布を持ちながらやってくる。長い髪で隠れていたが、彼女は下着姿だった。動揺して、力が緩み、腕が手から抜けていく。
しまったと逃げていく彼女の前には、もう一人の弟。
「ジョセフ!ディオを捕まえてッ!」
ディオは彼の前に立ち止まることはなく、脇を抜けようとしていたが、あっさりと抱き抱えられた。
「お前、そんな格好でどこ行くつもりだったんだよ」
「離せッ!おろせッ!」
「兄貴が捕まえろっつってるから無理」
使用人から布をもらい、暴れる彼女にかける。女性の露出は好ましいものではない。
「ありがとう、ジョセフ」
「またかよ。懲りねえなあ。てか、ディオ、いつの間にそんな髪、伸びたんだよ?」
「かつらだってさ」
彼女が答える前に自分が答える。
暴れる彼女をジョセフは、部屋に戻すと、二人で部屋の前で待機していた。
「大変だねえ、兄貴は」
「まあね。手がかかるほどなんとやらだよ」
そう言って笑うと、ジョセフにそう言えるのは兄貴だけだと呆れられてしまった。
「お二方」
扉を少し開けた使用人が声をかけてきた。
「終わりました」
もう見張りの必要はないということだろう。
「見てもいいかい?」
使用人はどうぞと、扉を開ける。
中には無表情でドレスを纏うディオ。薔薇を彷彿させるような赤い華やかなドレスは、彼女にとても似合っていた。白い肌を際立て、かかる金髪も映える。
長い髪につけられているのは、ドレスと揃いの赤薔薇の花飾り。
「おー、似合ってんじゃん」
ジョセフの言葉に彼女は彼を睨む。黙れと言っている。
「誉め言葉として受け止めるべきだよ。本当に綺麗だ、ディオ」
「そうそう。べっぴんさんだぜ、ディオちゃーん」
自分は本心から言ったが、ジョセフはからかっているようだ。素直に誉めればいいのに。
「お前たち……このディオを馬鹿に……!」
ドレスを掴み、怒りの形相でこちらに向かってきた彼女を宥める。ジョセフは悪いとして、自分は純粋な気持ちで褒めたのだが、それも彼女は気に食わないのだろう。
「当主様がお帰りになられました」
使用人が父の帰宅を告げる。出迎えようと思ったが、せっかくなのだからと彼女の手を掴む。
「父さんに見てもらおう」
彼女は、ぎょっとし、嫌だと首を振る。
「そーだぜ!親父に見てもらおうぜ」
着ているドレスを用意したのは父で、この姿を一番見たいのは、父だからだ。
「そうですね」
使用人も笑顔で同意する。
ジョセフと共に嫌がるディオを引っ張っていき、父を出迎えるために玄関へと向かった。
「お帰りなさい、父さん」
「お帰り!親父」
「お帰り、親父」
玄関には、承太郎もいた。
皆で帰ってきた父を出迎えると、とても嬉しそうに笑う。
「ただいま、皆。出迎え、ありがとう」
後ろに何かあたり、見れば、ディオが自分の後ろに隠れていた。
無理矢理、彼女をジョージの前に出す。逃げ出さないように、肩を抑えて。
「ほら、ディオ」
ディオの姿を見た彼は、驚いていたが、その顔はみるみる笑顔に変わっていく。
「お帰り、なさい……父さん」
気まずそうに彼女は、言葉をかける。
「似合っているじゃあないか、ディオ。綺麗だよ」
「ありがとうございます……」
ジョージがいる前では、彼女は大人しい。暴れたりはしない。
「今度のパーティーはそのドレスで行ってほしい。ああ、皆にお土産があるんだ」
そう言うと、一番喜んで飛び上がるのはジョセフ。
「やったぜ!」
「喜んでもらえると嬉しい」
一人、一人にお土産が渡されていく。
自分に渡されたものは、今、人気の小説だった。本屋に行っても売れ切れていたのだ。
「おっ!」
ジョセフが嬉しそうに持つのは、ジャケット。黒の生地に細かい金の刺繍。派手好きな彼が喜びそうなものだ。
承太郎は懐中時計。彼だけが持っていなかったはずだ。表情は変わらないが、それの蓋開けたり閉めたりしている様子から、嬉しいのだと分かる。
「ディオは?」
彼女が手に持っているのは、赤い宝石のネックレス。ルビーかガーネットか。はたまた、違う宝石かもしれない。
「ルビーのネックレスだよ。パーティーの時につけていきなさい」
皆で、父に礼を言うと、よく留守にしているからねと笑って、自分の部屋へと向かっていく。
その姿を見送ると、自分たちは貰ったお土産の見せあいをしていた。
「な?な?似合う?」
「うん、似合うよ」
「その時計、少し遅れているな」
「ディオ、いつの間に髪、伸びた?」
「かつらだ。針をあわすには、そこを回せ」
承太郎が自分たちと同じ質問をしているのを聞き、やはり兄弟なのだと思った。
お土産を見せ終わった後は、各々、部屋に戻るために階段をのぼっていく。
「ディオッ!」
いきなり後ろから、承太郎の鋭い声が聞こえ、振り向くとディオが後ろに倒れていっていた。
ジョセフはとっさに手を伸ばしたが、倒れていく彼女を承太郎が受け止めたため、行き場をなくした手を引っ込めた。
「大丈夫か?いきなり、どうした?」
「あ、ああ……裾を踏んだ」
着なれないドレスを着ているからだろう。
そのまま承太郎は軽々しく、彼女を持ち上げる。それは、お姫様だっこで。
「お、おろせッ!承太郎!」
「転ばれても困るぜ。部屋まで運んでやる」
「階段上まででいい」
そんなやり取りを見ていたが、その姿を見て、からかわずにいられなくなる。
「お姫様はおとなしく運ばれてろ〜」
そう言うと、殴ってやるとディオは腕からおりようとしていたが、承太郎が、がっちりと抱えているため、それも叶わない。腕を伸ばすがそれも届かない。
「やれるもんなら、やってみろよ〜、ディーオちゃーん」
手が届くか届かない微妙な距離で、挑発すれば、彼女は一層、顔を真っ赤にする。その様子が面白い。
「承太郎、おろすか、近づけ!」
そう言うが、彼は動かない。ここは階段の途中。言葉通りにすれば、危険だと判断しているのだろう。
「はいはい、やめなよ。承太郎、ディオを部屋まで運んであげて」
いきなりジョナサンに腕を掴まれ、強制的に階段をあがっていく。
しかし、自分はディオの方を向いたまま、言い争っていた。
距離が離れたところで、止まっていた承太郎が動き出す。
「この猿がぁぁぁッ!」
「こんの男女がぁぁぁッ!」
部屋に入る直前に叫ぶと、ジョナサンに怒られてしまった。
承太郎は部屋に入ると、ディオをおろす。
「あいつは……いつもいつもッ……!」
髪に付いている髪飾りを取ると、机に投げる。
まだジョセフのことに腹をたてているようだ。何かと彼とは口論している。来た当初は殴りあいの喧嘩をしていて、ジョナサンと二人でよく止めに入ったものだ。
何か床に叩きつけられる音がし、見れば、髪が床には転がっていた。彼女の髪は短くなっており、かつらだと言っていたことを思い出す。
ディオは後ろに手を伸ばし、紐を解いていっていく。
着替えるのだと、部屋を出ようとすると、呼び止められた。
「紐を解いてくれ」
こちらに背を向ける彼女に近づいて、彼女の手が触るところを見ると、紐が絡まり固結びになっていた。力任せに引っ張ったのだろう。
「乱暴にするからだ」
「お前が、動かず、おれをおろさないからだ」
そうすれば、こんなことにならなかったと言いたげだ。こちらが非があるような言い方。いわゆる八つ当たりだ。
階段の途中で取っ組み合いなどされたら、危ないだろうと思いつつ、それには言葉を出さない。そうだなと受け流す。そうすればいいと、一番上の兄から教わったことだ。
固く縛られてしまった紐を解いていく。
「昔のお前は素直で小さく、可愛かったのにな」
内面はあまり変わっていないと自分では思う。感情を出すことは少なくなったが。外見は大きく変わり、初めて会った時は彼女を見上げていたが、今は彼女を見下ろしていた。兄たちと変わらない身長だ。
「なぜ、ジョセフもお前も図体と態度だけ、でかくなっていくんだ……?少しはおれに分けろ」
そうは言っても分けられるはずがない。
彼女は自分たちと比べれば小さいが、女性にしては背は高く、男に匹敵する高さだ。ディオより小さい男などごまんといる。
「おれはそのままでも充分だと思うぜ」
紐を解き終わり、手を離す。
「お前はそんな体だから言えるんだ。終わったか?」
ああと言うと、紐を緩めていき、ドレスが床に落ち、アンダードレスだけになった。
いつもはさらしで押さえつけられている豊満な胸。細く引き締まった腰。
彼女はそれらを隠すように男の格好をしている。
本音はもったいないと思う。ドレス姿の彼女は美しかったし、目を奪われない男性などいないだろう。
変な虫がつかないのはいいことだし、男装しているディオの美しさは変わらない。本人が望む姿をすればいいだろう。
床に落ちたドレスを拾おうと、一歩、足を踏み出すと、かつらを踏み、足が滑る。
「……!」
「承太郎!」
今度は自分がディオに受け止められたが、彼女が自分の体重を支えられるはずもなく、そのまま押し倒してしまう。
気づくと顔に柔らかいものがあたる。そこから頭を上げようにも彼女の腕がそれを邪魔していた。心臓の音がうるさい。間近に聞こえるそれに、自分がどこに頭をのせているのか分かってしまう。
「クソッ……お前を支えるくらいの力はあると思ったんだが……」
無理がある。女性が自分以上の体重を支えようなど。
しかし、早く頭を押さえつけている腕をどけてくれないだろうか。胸に顔を埋めているのは気まずい。今はさらしを巻いていないのを忘れているのか。
「ディオ、腕をどけろ」
「ん?ああ、そうか」
腕がどけられ、ようやく胸から頭を離す。覆い被さる状態になっている。
「どこか痛まねえか?」
彼女から離れ、起き上がろうとしているので、手を貸す。
「大丈夫だ」
胸に顔を埋めていたことは気にしていないようだ。恥ずかしがる様子も怒る様子もない。それは、問題があるのではないかと思う。
立ち上がった彼女はアンダードレスも脱ごうとしたので、止めた。せめて、自分が部屋を出ていってからにしろと。
「気にしないがな。お前、ジョナサンっぽくなってきたぞ」
そんなところは似なくていいと言うので、頭を抱える。異性に対しては普通の反応だろう。
女性であるという自覚が薄いのはやっかいだ。そうぼやいていたジョナサンの気持ちを理解する。
床に転がるドレスとかつらを拾い、机や椅子に置いてから部屋を出ると、入れ違えに使用人が部屋へと入っていく。
使用人の声が聞こえる。また怒られているのだろう。
「やれやれだぜ……」
自分の部屋へと足を進めた。
ディオは使用人に寝間着に着替えさせられながら、ドレスの取り扱いについて説教された。何度も聞いたような気がするが、いかんせん覚える気がない。着る気もないのだから。
使用人が部屋から出ていき、一息つきながら、ジョージから貰ったネックレスを見ていた、
大粒のルビーに金のチェーン。これだけでも、相当な代物だろう。
パーティーに付けてはいくが、ドレスとは限らない。
今度も自分の望む格好で出るつもりだ。父もドレスをわざわざ用意しなくてもいいのだ。ジョナサンたちと同じ服を用意していてくれれば。
今度はどこに逃げようかと、ルビーを揺らしながら考えていた。