惚れたならしょうがない
ジョセフは垂れる血を拭いながら、歩いていた。口の端は切れ、頬はじんじんと痛い。体も様々なところが痛む。
相手が複数人だったからだ。刃物は持っていなかったため、なんとか退けられたが。
一人のところを狙われた。仲間も多いが敵も多い。喧嘩なんて日常茶飯事だ。
だから、怪我も慣れている。
帰ったら、使用人たちが呆れながらも、心配してくるのだろう。今日は父がいないため、説教はないだろうが。
門をくぐると、後ろから声をかけられた。
「おまえがこんな時間に帰って――」
振り向くと、義理の姉がいた。新しくやってきた家族で、殴り合いの喧嘩もしたことがある。
来た当初は男の恰好をしていて、同性だと思っていたからだ。女だと分かってからは喧嘩はしていない。少し口論はするが。
今は彼女は白いブラウスに赤いスカートをはいている。たまに男のような格好もしているのも見るけれど。
「喧嘩か」
呆れたような顔で彼女が近づいてくる。
「なんだよ」
説教をされるのかと思ったが、彼女は顔を近づけてきた。
「負けたのか?」
「このおれが負けるわけねぇだろ」
そう吐き捨て、先に家に帰ると彼女も追いかけてきた。
迎えた執事が自分を見て慌てている。
「わたしが手当てするわ。そうね、道具をジョセフの部屋に持ってきて」
彼女は自分たち、兄弟の前では素だが、父や使用人の前では猫を被っている。しとやかな彼女は別人のようだ。
横に立つディオを見れば、笑顔で腕を掴んできた。
「お嬢様が?」
執事は驚いていた。自分も同じように。
「ええ、皆、忙しいでしょう? これくらいならできるわ。いきましょう、ジョセフ」
彼女は腕をひっぱり、階段に向かっていく。
「お、おい」
そのまま、階段を上がっていき、自分の部屋に向かっていく。
彼女は扉を開け、部屋へと入ると、掴んでいた腕を離し、体は痛むかと聞いてきた。
「別に……」
大丈夫と言おうとしたが、腹を押されて痛みに言葉が詰まる。
「体もか。服を脱げ。脱げないなら、手伝ってやるが」
そこまでではないと手伝いは断る。大人しくしてろと彼女は言うと、部屋を出ていった。
彼女は水が入った器とタオルを持って部屋に戻ってきた。執事が持ってきた道具一式を受け取り、扉を閉めると、上半身裸になり、ソファーに座る自分の元へと戻ってきた。
テーブルに道具を置くと、タオルを濡らし、顔を拭いてくる。
「いってえ!」
切れたところにタオルがあたる。
「少し我慢しろ」
無視をされ、顔についていた血や土が拭われていく。
タオルが置くと、ディオは塗り薬を指ですくい、傷口にぬっていく。しみて痛いが、握り拳をつくり耐える。
塗り終えると、彼女は頬に触れてきた。冷たい手が少し心地いい。
「頬も腫れているな」
彼女は湿布を頬に貼りつけると、体に触れてきた。くすぐったいと体をよじってしまう。
「派手にやったな」
「相手が何人もいたんだよ」
「それで勝ったのか」
「おう!」
「ほどほどにしろ。承太郎の件もあるんだしな」
「……ああ」
会話をしながら彼女は湿布を貼り、固定するために包帯を巻いていく。
それを眺めながら、彼女に手当てをしてもらうのは二回目かと思っていた。
あのときは、承太郎を大怪我させた復讐とダニーの敵討ちために、ジョナサンと共に大人数に立ち向かい、怪我をしていた自分の手当てをしてくれたときだ。
彼女の手を振り払ったときに、力が強すぎたのか、ベッドから落ちそうになった彼女を引き寄せたのだが、自分の胸に飛び込む形となって、触れた温もりや彼女の香りに鼓動が早くなった。
近くにある彼女の顔が直視できなかったのは初めてだった。
彼女に恋をしているのだと自覚したのは少し後だ。
あんな男女とも思ったが、女性の姿をしている彼女をよくよく見てみれば、そこら辺にいる女性たちより可愛いと思った。
彼女は好き勝手する自分に説教をすることもない。呆れてはいるが、何も言ってこない。無関心ではないようで、会えば、話かけてはくる。
「よし、終わったぞ」
ディオは包帯を巻いたところを叩いてきた。痛さに声をあげると彼女は感謝しろと言って笑う。面白がるような笑みだ。
「やっぱ…………性格ワリィな」
「……おまえに言われたくない」
少し不機嫌な顔で彼女は水が入った器とタオルを持って部屋を出ていく。
一人になった部屋で、服を着つつ、ついさっき見た姉の笑顔を思い出していた。
彼女の笑顔はあまり見ないが、見るたびにかわいいと思う。見とれていたことに彼女は気づいてはいないだろう。
「……そんなとこもカワイイけどよ」
「ジョセフ?」
いきなり名前を呼ばれ、心臓が跳ねた。
横を見れば、余っている包帯を回収している彼女がいた。いつの間に戻ってきたのか。
「なにをそんなに驚いているんだ?」
「な、なんでもねーよ」
表情を見られないように顔を背け、出ていけと手を振った。
「今日は大人しくしてろ。治る怪我も治らないからな」
扉が開き、閉まる音がした。
息を吐いて、背もたれに体を預ける。
まだ鼓動は落ち着かない。