あなたに祝福を
仕事が終わり、酒場に入ると店内は陽も沈んだこともあり、盛り上がっていた。
「ジョセフ!」
知っている顔がこちらにやってくる。
「スピードワゴン」
「お前が来てくれてよかった!」
こっちに来いと襟首を掴まれ、引っ張られる。
「な、何だよ!?」
突然のことに半ば、引きずられる形となる。
「アハハハハッ!」
聞き覚えがある笑い声が聞こえ、引っ張られる方を見れば、酒を煽る女性。
「ディオ!」
襟首を離され、義理の姉に近づけば、赤い顔をこちらに向ける。
「ん〜、何の用だァ?」
「なんでお前、ここにいるんだよ?」
「お前を探しにきた。いや、待て。酒を飲んでから帰るぞ」
店員を呼び止め、彼女は酒を頼んでいく。
「スピードワゴン、お前、飲ませたのか?」
「いや、マスターだ」
マスターの方を見ると、すまないと言った顔で、頭を下げられた。
彼女は成人してからは、酒をよく飲むが、あまり強くはないらしい。
一緒に飲んでいる兄から、酔っ払うと面倒なので、外ではあまり飲ませないようにと言われていたし、本人にもそれは言われているはずなのだが。聞くか聞かないかは別として。
「ちょっかい出そうとしていた奴がいたからな……お前が来てくれてよかったぜ」
そういう輩はスピードワゴンが追い払ってくれたらしい。
ここら辺にいる者、特に男はディオに手を出すなと、力で理解させたはずなのだが。酒が入り、ガードがゆるくなった彼女につけ入ろうとしたのだろう。
「スピードワゴン!」
「うおっ」
ディオがスピードワゴンの腕に抱きついている。
睨みつけると、自分は悪くないと首を横に振る。
「お前も付き合え!奢ってやろうではないか!」
何も知り得ない彼女だけが笑っている。
「その前に離れてくれ、先生よ〜ッ!」
スピードワゴンは腕を引き抜こうとしていたが、引き抜けないでいた。相手は女性で、友人の姉。手荒なことはできないのだろう。
「スピードワゴンが困ってんだろ」
彼女の後ろに回り、体に腕を回し、自分に引き寄せて、離れさせた。
「では、お前が付き合え!」
動けないのが嫌なのか、何度も腹に肘鉄を受ける。手加減ができていないため、痛い。
「分かった、分かったから、座れッ!」
椅子に座らせ、自分も横に座れば、丁度、酒が運ばれてきた。
「さあ、飲め!」
無理矢理、ジョッキを持たされると、並々と注がれる酒。
酔う彼女を初めて見たが、兄が飲ませないように言ったのが分かる。こういう絡みを見境なくするのだろう。彼女に酒を飲むなと言っても無駄だろうから、飲むときは自分がいるか、弟か、スピードワゴンに頼むしかない。
彼女は、空になったジョッキに注ぐことせず、瓶のまま飲んでいる。
早く、飲めと言われたので、一気に飲んでいく。
ジョッキを空にすれば、彼女は満足そうに笑うが、口を付けた瓶をスピードワゴンにすすめたため、それを横から取り、自分が飲んだ。
「こいつはー、女を苛めていてだなー、わたしが追い払って……」
なぜか、スピードワゴンに向かってディオは過去の話をしている。
「それが原因で、わたしと殴りあいの喧嘩をしたんだ」
それも、なぜか、自分のあまり聞かれたくない話。
「先生とか?まあ、子供の時の話だからな」
スピードワゴンも興味があるのか、目を輝かせて聞いている。
仕方ないのだ。その時は、彼女は男の格好をしていて、同性だと思っていたのだから。
そんな言い訳をしても、酒の肴になるだけだ。
「おい、もう水を飲めよ」
話を中断させるためにも、ディオに水を差し出せば、酒瓶を持ち、顔の前に持ってくる。
「いらん!酒がまだ残っているじゃあないか」
水が入ったグラスに酒を注ごうとしたため、酒瓶を取り上げ、水を彼女の前に置いた。
「返せ!阿呆!マヌケ!」
取り返そうとしてきたため、体で邪魔しながら、酒瓶を彼女の手の届かないところに置くが、罵ってきてきた。
「うるせー!舌入れてキスすんぞ!」
これは黙らせるための冗談だ。分かっているスピードワゴンは笑っている。
しかし、ディオは怪しく笑う。
「ほう……そうやって女を黙らせてるのか」
首に腕を回してくると、顔を近づかせてくる。鼻と鼻が触れるか触れないくらいしか、離れていない。
「ほら、やってみろ。どうした?ん?」
ほんのちょっぴり、動くだけで、本当にキスができそうだった。
予想外の姉の行動に、どう行動していいか分からず、固まっていた。
自分の気持ちを弄ぶようなことを、彼女は平然としてくため、勘違いしてしまいそうになる。
してしまっていいのだろうか。彼女は、酔っ払いの行動だと、戯れだと気にもしないだろう。
自分の気持ちは、少しも伝わらないのだ。
「てめーみたいなブサイクと誰がするかよ」
顔を背け、首に回っている手をほどく。
精一杯の抵抗だった。
「腰抜けめ」
離れていった彼女は、冷めた目でこちらを見ていたが、スピードワゴンを見ると、立ち上がる。
「スピードワゴン、わたしとするか?美しいわたしとしたいだろう?」
腕を伸ばしたが間に合わず、彼に近づいて彼女は、飛び付いた。
「ちょっと……ま、待て、先生!うおおおッ!」
飛び付かれた勢いで、後ろに大きくバランスを崩し、スピードワゴンが椅子ごと倒れていく。
「ディオ、スピードワゴン!」
二人に近づけば、抱きついたままディオは笑っており、スピードワゴンは呆然としていた。
「……てめえ」
彼女に覆い被さられているなど、羨ましいことを。
「お、おれに怒るなよ!?」
「アハハハ!」
彼が悪いわけではない。そうなった原因のディオをスピードワゴンから引き剥がす。
「ブサイクだと言ったお前に触られたくない。スピードワゴンと一緒にいる」
起き上がるスピードワゴンに手を伸ばし、自分から逃げようとする。彼は困ったように笑うだけ。
「……か、可愛いから!あと、綺麗!えっと……美しいッ!」
褒める言葉を並べていく。
ディオが、目の前で他の男とくっついているところなど、見たくはない。阻止するため、恥ずかしいが言わなくては。
彼女は逃げることはやめ、大人しくなったが、疑心に満ちた目がこちらを見つめる。
「心がこもってない」
言い直せと。また、スピードワゴンの方に手を伸ばし始めたので、自分の方に向かせ、彼女を抱き上げると、顔を近づけていく。
「……可愛いぜ、ディオ」
彼女にだけ聞こえるように呟いた。
酔っていることもあり、言えた言葉だ。普通なら、言えない。彼女もここまで酔っていたら、覚えていないだろう。
それは悲しいが、それでいい。
彼女はいつもどおりに接してくれれば、自分は満足だ。
こめかみに手が添えられたと思ったら、額に口づけされた。
「……!?」
突然のことにうろたえる。
「ふふ、ご褒美だ。お前は、現金だからな」
固まっていたが、おろせと頭が叩かれ、ゆっくりと彼女をおろした。
彼女は、ジョッキを手に持つと、椅子に座り、スピードワゴンに注げと絡みだす。彼は、黙って酒を注いでいく。
彼女の横に座り、残っている水を一気に飲みほす。体内から冷やせば、この熱い体もうるさい鼓動も少しはマシになるかと思ったが、全く変わらない。
「卑怯だぜ……」
隣にいる彼女は、聞こえていないようで、楽しそうに酒を飲んでいる。
水を注文するが、酒を飲んでいる彼女にどうやって飲ませようか、考えていた。
最終的にディオは酔い潰れ、ジョセフが家に連れて帰ることになった。
自分を確実に帰らせるために、酒を飲んだのだろうか。ここに、放置されることはないと、信用してくれているのか。
どちらでもいいが、酒場からは出なくては。
彼女は先に金を払っていたらしく、迷惑をかけたとマスターから、金を返されそうになったが、そのまま受け取ってくれと言った。彼女は、返されても受け取らないのだ。
余るならスピードワゴンに渡してくれと言い、ディオに付き合ってくれた彼に迷惑料として渡すことにした。
「いいのか?」
「ああ。これからも迷惑かけるかもしれねえからな」
「……貰いたくねーな」
そう言いつつも、金を貰っていた。おせっかいやきの彼だ。ちゃんと、ディオのことを守ってくれるだろう。
テーブルでうつ伏せになっている彼女を、抱き起こし、横抱きにする。
少し唸っただけで、彼女は目を開けない。
軽い体にちゃんと食べているのか、心配になる。
酒場から出ていこうとした時。
「途中で襲うんじゃあねーぞ」
「しねえよ!馬鹿ッ!!」
そんな勇気があれば、あの時にキスをしている。
まだ気持ちすら伝えていないというのに。
殴りたいが、今はディオを抱えているため、殴れない。
「さっさと行け。先生、起きるぞ」
ディオを見たが、起きる気配はなく、自分に体を預けていた。
明日、会ったら殴ってやろうと決め、酒場を出た。
大通りに出れば、すぐに馬車を見つけ、金を渡し、乗り込んだ。
「おい、ディオ」
彼女を起こし、座らせるが、狭い中で横になろうとするため、腰に手を回し、自分に寄りかからせる。
御者に声をかければ、馬車は動き始めた。
「……」
密着する彼女から感じる体温が酷く熱い。
今は二人っきりだ。彼女も半分、意識は飛んでいる。
襲うなと友の声が聞こえたが、自分の理性が保つかどうか。こんなにも近くに、無防備な彼女がいるのだ。
ゆっくりと手を上へと移動させていく。
「うっ……ん……」
彼女が身動ぎしたため、手を止めた。
彼女の手が、脇腹にある手を引き剥がそうとしている。くすぐったいのだろう。
分かったと肩に移動させれば、大人しくなった。
馬車が大きく揺れ、ディオの頭が肩に。すぐ下に彼女の顔があり、視線に気づき、見れば、また肩に頭を預けると、目を閉じた。
「お前は……昔から……可愛くない……」
「へーへー、そうですよー」
承太郎に比べれば、可愛くもないだろう。あの姉命の弟には負ける。
「もう……少し……甘えても……」
彼女には、結構、甘えていると思っている。彼女が自分のところに来るのを待って、文句を言いながら一緒に帰ることや、言い争いつつも、怪我の手当てをしてもらうくらいだが。
そんなストレートに甘える歳でもない。
けれど、今なら、誰も見ていない。彼女も覚えていないだろうから。
彼女を抱き寄せ、もう片方の腕も体に回す。
自分より小さく細い体を力強く抱きしめた。
彼女は何も言わずに体を預けている。
「ディオ……」
その次に続くはずの言葉は、喉からは出ていかなかった。
「……眠い」
呟かれた言葉に、笑ってしまう。彼女は何をされているか分かっていないだろう。
「寝とけ。ちゃんと運んでやるから」
そう言って頭を撫でる。
どちらが甘えているか、よく分からなかった。
屋敷に着くと、出迎えた使用人は帰ってきた自分とディオを見て、驚いていた。
彼女を部屋に運び終え、父の顔を一目見てから、出ていこうとしたが、父の部屋に向かう途中で、ジョナサンに捕まえられた。
「ディオに飲ませたのかい?」
疑心に満ちた目で見られ、首を横に振る。
「おれは飲ませてねーよッ!」
彼を怒らせると怖いことは、自分が一番知っているのだ。彼を怒らせることはしないことにしている。
店のマスターが飲ませ、酔い潰れたのを自分が連れて帰ってきたのだと説明した。
「ジョナサンが飲ませるなって言った意味が、よく分かったぜ」
そう言えば、申し訳なさそうな表情に変わる。
「ごめん……迷惑かけたね」
なぜか、彼が謝ってきた。彼は何も悪くないのに。
「なんで、ジョナサンが謝るんだ?」
首を傾げれば、彼も同じように首を傾げる。
「あれ、本当だ……なんでだろう?」
不思議そうな顔をしていた。
「まあ、いいや。父さんは寝ているから、静かにね」
ジョナサンは自分の肩を叩き、おやすみと部屋に戻っていった。
さすが兄だと思いながら、その背に、おやすみと返し、父の部屋へと向かった。