その口に赤薔薇
父であるディオ・ブランドー、もといDIOがいる部屋へとジョルノ・ジョバァーナは向かい、扉を開けた。
彼は食事中だった。
人間ではない吸血鬼の彼の食事は人の血だ。
ベッドでジョナサン・ジョースターを抱きしめて、首に吸いついていた。
ジョナサンはベッドに座り、こちらに背を向けているし、DIOも食事に夢中でこちらには気づいていない。
少し時間が経ち、首から口を離すと、ようやくこちらに気づいたようだ。
「おまえ、いたのか」
そう喋る口には血がついており、彼は手で拭い、手についた血を舐めとる。
「え……!?」
ジョナサンが振り向き、自分の姿を確認すると顔を赤くし、DIOから離れる
「お邪魔してすみませんね」
「い、いや、そんなこと……」
ジョナサンは言葉を切った。離れたはずのDIOがいつの間にか、彼の背後におり、吸い付いていたところに舌を這わしていたからだ。
「さっさと傷を治せ」
「じゃあ、離れてよ!」
ジョナサンの腹にDIOの腕が回っており、彼は離れるつもりは毛頭ないようだ。
「……ごゆっくり」
こんな状態では自分は相手にされない。
扉を閉めるときにジョナサンが自分の名前を読んだが、その口を塞ごうとしているDIOも見え、扉を閉め、そこから離れた。
父はジョナサンを愛している。
そちら側の人かと思いきや、彼はジョナサンだからだと言い切った。他の男なら欲情はしないし、抱くなら断然、女の方がいいと。
ジョナサンはそれを戸惑いながらも、彼を受け入れてはいるようだ。
「ぼくが知っているディオとは違うみたいだ」
嫌われていたし、憎まれて殺されそうになったと彼は言う。
そんなこと嘘のようにDIOはジョナサンにべったりだ。
愛称を何度も呼び、抱きしめようとしたり、口づけをしようとしたりと。
「人前ではやめてくれ!」
拒否しているジョナサンとDIOが瞬時に消え失せていることは多々ある。
DIOのスタンド能力は時を止めること。時を止め、彼はジョナサンとともに自分の部屋に移動しているのだろう。
彼の視線の先には必ずと言っていいほどジョナサンがいる。自分は視界の端で捉えられていたらいい方だろう。
DIOに父らしさは求めてはいない。期待していない。
それは無駄なことだと理解しているからだ。母で教えられたこと――孤独の中で生きていけたのは、名も知らぬマフィアの人のお陰だ。
またDIOの部屋にジョルノは訪れた。
彼はベッドで寝ていた。自分が近づいても、起きる気配はない。吸血鬼も睡眠は必要だと聞いた。人よりは少ないと聞いてはいるが。
写真を見ていても美しい人だとは思っていたが、実物はまとう雰囲気のせいもあるのか浮世離れしている。彼を慕うの者が多いのも理解できるし、母が惚れたのも分かる。
彼のような人に愛の言葉を囁かれたなら、それが偽りであったとしても、信じてしまいたくなるだろう。
そっと彼の髪に触れ、そこから赤薔薇に変化させる。
彼が血を飲んでいたときを思い出していた。白い肌にはよく映えていた赤。
赤薔薇から赤薔薇をつくりあげ、彼の周りには赤薔薇で埋め尽くされていく。薔薇の中で眠る彼はとても美しい。
「……なにをしている」
DIOは目を開け、こちらを見ていた。
「おはようございます」
彼は顔にかかる赤薔薇を振り払い、起き上がる。
一つ手に取り、薔薇は嫌いだと言い、握り潰す。
DIOは昔のことを思い出していた。
まだディオだった頃、波紋をまとった薔薇を目に刺されたことがあった。それをしてきた人物はバラバラにして殺してやったが。
「何の用だ」
「暇潰しです」
彼は散らした花びらを手にすると、また赤薔薇を増やしていく。ボロボロと手から薔薇がこぼれていった。ベッドの上は段々と赤に染まっていき、部屋が薔薇の香りで満たされていく。
手の中で潰れた花を捨て、また赤薔薇を取る。
「おまえは花言葉を知っているか?」
「ええ、少しくらいは」
赤薔薇の花言葉で一番、有名なのは愛を伝える言葉だろう。プロポーズにもよく使われる花だ。
――あなたを愛している。
その言葉でジョルノの行動の意味を理解したような気がした。
言葉にできないから、素直に甘えられずにいるから、察してくれと赤薔薇を散らしているのかもしれない。
彼は年齢より随分、大人びている。甘える存在がいないのだ。彼は愛に飢えている。自分には分かる。昔の自分がそうだった。手に入られないからこそ、それを妬んだりもした。
「おまえはこの花を贈る相手はいるのか?」
彼の手から花が零れ落ちていくのが止まった。
「いませんよ」
「では――愛されたいと思う存在はいるのか?」
赤薔薇を彼を差し出すと、彼は無表情でその赤薔薇を払う。
「……いません」
素直ではないなと時を止め、彼を抱き寄せた。愛情を伝えるには肌と肌を触れ合わせるのが一番、手っ取り早い。
腕の中にある小さな体はまだまだ子供なのだと思わせる。
「愛しているぞ、ジョルノ」
時が流れると同時に、彼の耳に望んでいたであろう言葉を流し込む。
彼は固まっていた。何が起きたのか理解できていないのだろう。
「わたしは愛しているぞ」
ジョルノは父の腕の中にいることと耳に届いた言葉に驚いてしまっていた。
体温がないはずなのに、どこかあたたかい気がする。
この胸に顔を埋めて泣き出してしまいたい衝動にかられる。
この人は受けとめてくれる。言葉通りに愛してくれるのだと。誰にも求められなかったものをこの人は与えてくれる。
誰にも愛されなかった自分を彼は、父は――。
額に唇が触れ、その冷たさにどこか冷静になっていく。
「戯れだ」
そんな言葉が頭を殴る。彼はからかっているのだ。彼が愛す存在、愛を求める存在はただ一人だ。そんなこと、出会ったときから分かっていたのに。
なぜ、自分では――喉から飛び出しそうになった言葉を飲み下し、彼から離れた。
父と一緒にいると、段々と自分という存在が弱くなっていく気がして部屋を飛び出した。
ジョナサンは部屋から飛び出してきたジョルノに驚いていた。
白い顔は今にも泣き出しそうな表情だった。
彼は自分に気づいていないようで、声をかけたが、彼は走り去ってしまう。
部屋に入り、ディオを見れば、彼は赤薔薇に埋め尽くされたベッドにいた。部屋からはむせ返るほどの香りが充満していた。
ジョナサンが来て、近くに寄れとDIOは手招きをする。
「ジョルノに何をしたんだい? ディオ」
彼は訝しげに自分を見ながら、近づいてくる。
そばまで来た彼をジョルノと同じように抱きしめる。
「なぁに、父親らしいことをしてやっただけさ」
「君が?」
「子を愛してやるのが親というものだろう」
あの細い体とは違い、たくましい体を力強く抱きしめる。熱いと感じる体温が心地いい。
ジョルノは思春期というものだろう。甘えたくても甘えられない――いや、元から甘え方を知らないのだろう。
ジョナサンを抱くのをやめ、赤薔薇の中に押し倒す。
薔薇の花びらをちぎり、口に含み咀嚼し、彼の口に舌で押し込んだ。
「うっ……っ……」
暴れる体を押さえつけ、吐き出せないよう喉に押し込み、彼が飲み込むのを待った。
彼が飲み込んだのを確認し、唇を離す。
「おれからできた薔薇だ。うまいだろう?」
彼は噎せて、涙で潤む目でこちらを見る。
「おいしくなっ……」
彼の唇をまた唇で塞ぎ、舌に舌を絡ませてやれば、抵抗は少しずつ弱まっていく。
口を話せば、唾液が糸をひいた。
「おれを愛してくれよ、ジョジョ」
自分を愛そうとするものは大勢いるが、自分は彼の愛情だけがほしい。
ジョナサンは悲しそうな笑みを浮かべ、後頭部に手を回し、引き寄せてくる。了承の行為に目の前にある首に軽く噛みつく。
ジョルノも素直になればいいのだ。抱きしめるくらいなら、言葉を聞きたいなら――ジョナサンの相手をしていないときくらい、彼が望むようにしてやるというのに。
素直になれば、愛情は案外、簡単に手に入るのだ。