優しい君
「おい、ジョジョ、しっかり歩け!」
ディオ・ブランドーは声を荒げた。肩を貸している義兄弟であるジョナサン・ジョスターが酩酊状態だからだ。まともに歩けておらず、千鳥足だ。
「歩いてるよー」
へらへらした笑顔を浮かべながら、彼はこちらに体重をかけてくる。自分と変わらない体重を支えるのは重労働なのだと理解して――いや、していない。だから、こんなことをしているのだ。
気づいたときには彼はこのような状態だった。放っておく訳にはいかず、父のジョースター興には先に帰ることを告げている。
彼の近くにいた貴族たちが、ジョナサンがどれほど飲んだら酔うかを賭けにしていた。何かとつけて飲ませたのだろう。
尻拭いをするはめになった鬱憤は、ジョナサンを連れて行くときに彼らに肩をぶつけ、足をひっかけ、転ばせ、少しだけ晴らした。笑顔で謝れば、何も言ってはこなかった。この巨漢を運ぶ身にもなれとも言いたかったが。
なんとかジョナサンを馬車に乗せ、自分も乗り込み、家の場所を伝える。
「もう、帰るのかい? まだ……」
彼が立ち上がり、馬車から出ようとするので、連れ戻し、座らせる。
「パーティーは終わってないだろう?」
またもや立ち上がろうとするので、彼の横に座り、肩を押さえ込んだ。
「もう終わりだ。おい、さっさと出してくれ!」
馬車が動き出すが、横にいる彼の視線が突き刺さる。不満そうにこちらを見ている。潤んだ目に赤い顔では些かも迫力がない。
「楽しかったのに」
「そうだな」
自分も様々な人と交流ができ、楽しかった。できれば、帰りたくはなかったが、義兄弟が椅子に座り、うなだれているところを見てしまったから――それを話し相手に気づかれてしまったから。
「クソッ……」
あの人物からいろいろな人脈を広げていく予定だった。あまり表に出てこない人物のため、今回の機会は貴重なものだったのに。
「どうしたんだい? イライラして」
彼は赤い顔でこちらをのぞき込む。彼が原因だというのに。
「まぬけ面をこっちに向けるな」
彼の顔を手でそらす。
「君もパーティーにいたかった? なら、今から引き返そうよ」
的外れな言葉にイライラが増す。
「黙れ」
彼は手から逃げ、不機嫌な顔をするが、まぶたを閉じていく。
「……眠い」
「着いたら、起こしてやる」
ジョナサンはもう聞いていないようで、船をこいでいる。静かなことはいいことだ。座り直すと、ジョナサンがもたれかかってきた。何度か押し戻していたが、きりがなかったので、家に着くまでそのままにしていた。
馬車が家に着き、ディオは眠っているジョナサンを起こしたが、彼はまだフラフラしており、また肩を貸す。
出迎えた使用人に飲み水の用意を頼み、ジョナサンを部屋まで運ぶ。彼は少し寝たためか、元気だ。こっちは疲れているというのに。
ジョナサンの部屋までやってきて、べろべろに酔っている部屋の主をベッドに転がした。
部屋の扉が開き、使用人が水を持ってきてくれた。礼を言い、それを受け取ると、手伝いを申し出てくれたが、ジョナサンが自分の名前を呼ぶので、自分がすると言い、断った。
使用人が出ていったのを確認し、水をグラスに注ぎ、それを一気にあおる。これくらいはいいだろう。
グラスを机に置き、彼に近づく。
「なんだ」
「水、飲みたい」
そう言うので、グラスに水を注いでやり、彼のもとまで持って行ってやるが、起きる気配がない。
「起きろ」
「やだ、無理」
「飲めないだろう」
「飲ませて」
「子供か」
「子供でもなんでもいいよ」
「こんなでかい子供がいるか」
「ディオー、飲ませてよー」
埒があかない。酒のせいで幼児退行しているのか。
ため息をつき、彼を起き上がらせてやるかと、ランプスタンドにグラスを置こうとしたが、彼を起き上がらせようとするのも重労働だ。彼を運んだせいで疲れている。
簡単な方法を思いつき、水を口に含み、彼に口移しで飲ます。
「ほら、飲ませてやったぞ」
彼は突然のことに呆けていたが、彼は笑う。何をするのかと驚くと思っていたのだが、予想外の反応にこちらが困惑していた。
「えへへ」
「男に口移しされて嬉しいのか、きさまは」
こんなものキスにもカウントされないだろうが、口を拭う。
「ディオがぼくのことを素直にきいてくれたから」
「いつもきいてやっているだろう」
仲がよい兄弟を演じるために、だが。いつも、笑顔でなにかと世話を焼いてやっている。
「そうだね……ありがとう」
「もっと感謝しろ。ほら、寝るんだろ。ジャケットくらい脱げ」
タイは外してやる。彼はゆっくりと起き上がり、のろのろと服を脱いでいくが、手伝ってくれと言われて、またため息をつき、服を脱がせてやった。
翌朝。ディオが部屋を出ると、ジョナサンが口を抑えて、部屋から出てきた。
「お、はよう……」
だいぶ顔色が悪い。二日酔いのようだ。
「おはよう。大丈夫かい?」
昨日のことを思い出して苛ついてはいたが、笑顔で覆い隠す。
「なんとか……ね。あのさ、ディオ……ぼく、昨日、家に帰ってきた記憶がないんだけど……」
大げさにため息をつき、額に手をあて、首をふる。君を運ぶのにあんなに苦労をしたのに、覚えていないなんて――そう言えば、彼は謝罪と礼を言ってくる。
「あ、で、でも、君がぼくの世話をしてくれたのは、かすかに覚えてるんだ」
彼は昨日と同じ笑顔を浮かべる。
「君が優しかったような気がする……具体的には覚えてないんだけど……」
口移しで水を飲ましたことも覚えていないのか。腹の内で何かがとぐろを巻くのが分かった。その何か――はよく分からないが。
「ぼくはいつでも優しいさ」
階段を一段、降りて、手を差し出す。彼が階段から落ちてしまわないように。
「あ、りがとう」
「いいや、当然のことさ」
差し出す彼の手を掴んで、階段を下りていき、食堂に向かった。