太陽と月
暗い屋敷の中に入り、彼の部屋へと向かう。
太陽が出ている時は、暗い自分の部屋に閉じこもっているのが常だ。
まだ寝ているだろうか。
壁にある小さな明かりだけを便りに、廊下を進んでいく。
大きな扉の前で立ち止まり、その扉をゆっくり開ける。
暗い部屋の中にあるベッドに近づけば、横たわる彼がいた。
「ディオ」
ジョナサンが呼べば、ゆっくりと目を開けた。
「おはよう」
こちらを見下ろす男は、笑っている。
「ジョジョ」
腕を伸ばせば、彼は屈んでそれを受け入れる。
抱きしめれば、伝わってくる熱と外の匂いがする。
「お前から太陽の匂いがするな」
「……ぼくには分からないよ」
吸血鬼になってからは、嗅覚がよくなった。視覚も聴覚もだ。
自分が感じれないものには、特に敏感だ。
人間だったころには、意識さえもしていなかった、日光。そこにあるのが当たり前だったからだ。
今は、浴びてしまえば命に関わる。
回している腕の力を抜くと、彼は自分から離れていく。
「今日はでかけるのかい?」
「ああ、陽が沈んだらな」
「分かったよ」
そう言って彼は出ていく。
部屋を出る時に、早く準備しなよと笑った。
「ジョジョ」
名前を呼ばれ、振り向けば、上半身裸のディオがいた。
「服、着なよ」
彼は持っている服をソファーへと投げ捨てる。
「食事、が終わったらな」
笑う彼の目が、自分を見ていた。ギラギラした欲望が、うつっている。
空腹なら、人は食事をする。
彼の場合、空腹は渇き。人間ではない彼が、求めるものは血。
でかける時は、他の人間に危害を加えないために、血を提供している。
約束をしたのだ。その口だけの契りがどれだけの効力を発揮しているかは、分からないけれど。
ディオは近づいてくると、手を伸ばしてくる。
彼の顔が首へと近づく。背に回る腕に引き寄せられ、彼と密着する形となる。
包まれる冷たさに、海の冷たさを思い出す。
鋭い痛みを感じ、顔をしかめた。牙が肉を破り血管まで到達し、飲み下す音が聞こえる。
彼は口から飲むのがいいのか、こういう吸血をする。本当は、指を突き刺して、体のどこからでも吸血できるのだが、それには激痛が伴う。口からするのは、彼なりの配慮なのだろう。
舐める舌の感触が伝わってきて、食事が終わったことを伝える。
彼は離れていき、服を着ていく。彼には関係ないが、夜は冷える。あまり薄着にしていては、怪しまれるだろうと、コートを渡した。
「着ていきなよ」
黙ってディオは、それを受け取ると、腕を通す。
「いつも、どこに行っているんだい?」
「仕事だ」
いつも通りの会話。夜に彼がどこに行っているかは知らない。悪いことではないことを願いたい。
稼いできているのは確かなのだ。
「そう寂しそうな顔をするな。すぐに帰ってくる」
いつの間にか、彼が目の前にいて、頬に手を添えてくる。
彼が出ていったまま、帰ってこなくなるのではないかと不安になる。夜にとけていくように。
「おれは帰ってくる。たとえ、首だけになったとしてもな」
ディオの顔が近づいてきて、目を閉じれば、唇が重なった。
血の味と匂いがする。
口づけが終われば、いってくると笑う。
いってらっしゃいと自分も笑う。
冷たい手が離れ、彼が扉へと向かっていく。その背に気をつけてと言えば、分かっていると返ってきた。
扉が閉まり、部屋に一人になる。
ベッドで寝て、朝、目覚めれば、ディオが横で寝ていることだろう。彼はいつも通りにそうしてくるはずだ。
机に向かい、置いている本を開く。まだ眠るには早い時間だ。
窓からは月が見える。
その輝きに愛しい吸血鬼の姿が頭に浮かんだ。