崇拝と愛情
「ディオ」
部屋にいるディオを訪ねると、独特な匂いがした。
彼は、ソファーに座り、指先に向かって息を吹きかけていた。
「ジョジョ、何のようだ?」
視線は指先に向いたまま聞いてくる。
「用事はないんだけど……何してるんだい?」
彼に近づくと、テーブルには小さな小瓶。
ディオはこちらを少し見ただけで、また視線を戻した。
「マニキュアを乾かしているだけだ」
彼の手の鋭い爪には色が付いていた。
彼は、長い眠りから目覚めてから、自身を着飾るようになっていた。
口紅もしているし、今のこれもそうだ。
「綺麗に塗るね」
徐倫がマニキュアを塗りながら、やりにくいとぼやいていたことを思い出す。何度もやり直しているのを見たことがある。
彼は昔から手先が器用なのだ。これくらい、造作もないことなのだろう。
「慣れたら、簡単だ」
マニキュアの小瓶を彼は持ったが、それを置き、こちらを見ると、自分の横を叩く。
「座れ、ジョジョ。貴様にもしてやろう」
面白がるような笑みを浮かべている。見た目は変わっているが、こういうところは全く変わらない。
「い、いいよ。似合わないし」
自分の爪は彼のような綺麗なものではないし、到底、似合いそうもないのだ。同じ体のはずなのに、馴染む間に変化があったのだろうか。
「遠慮するな。このディオがしてやるのだ」
マニキュアの蓋を開けたと思ったら、スタンドを使われ、気づくと、彼の隣に座り、マニキュアが爪に塗られていっていた。
数分後には、彼とお揃いの爪に。全く似合わない。
「乾くまで待てよ」
そう言った彼は、小瓶を棚に戻しにいく。
色の付いた爪に、違和感を覚える。いつもなら、あまり意識しないものだが、色が付いた途端に、とても目につく。
彼の真似をして、息を吹きかける。
「似合わんな」
また隣にディオが座る。
そう思うなら、なぜ、したのか。似合わないものをしている自分を見て、笑いたいのだろうか。
「お前はそんなことしないだろう?貴重な体験をさせてやったのだ。感謝しろ」
黙ったまま彼を見ていると、何が言いたいか察したらしい。
彼が勝手にしたことに、感謝しろとはどういうことなのか。
「ついでだ、口紅もするか?」
「遠慮するよ!」
首を何度も横に振った。これ以上、彼の玩具にされるのはごめんだ。
「つまらん奴だ」
そう言うだけで、それ以上、ディオは無理強いはしてこなかった。
「乾いたかな」
確かめるために、爪を触ろうとすると、手が掴まれ、彼の唇が爪に触れた。
「ふふ、なかなか様になっているじゃあないか」
また、爪に唇が触れる。
その仕草が艶かしいと思った。
「ん……顔が赤いぞ、ジョジョ」
手が伸びてくる。頬に手が添えられ、彼の顔が近づいてくる。
マニキュアの独特の匂いが濃くなる。
見とれているのは分かった。溢れる色香は、彼にも通用するようだ。
唇を重ね、離れれば、唇の色が移っていた。
「お揃いだな」
爪の色も唇も。悪い気はしない。
「え?」
鏡があるところを指し示すと、彼は鏡の前まで走っていく。
「うわっ……」
鏡を見た彼は、驚いて固まっていた。
ジョナサンは、拭いとろうと腕で擦るが、ただ口紅が広がるだけ。
呆れて見ていると、彼はそのままで部屋を出ていこうとする。
そんな状態でと、腕を掴み、とめようとすると、腕に波紋が流され、手を引っ込めることになった。
「おい、口紅くらい落としてから……」
「徐倫にとってもらう!」
ジョナサンは部屋を飛び出してしまう。
まあ、いいかと、薄くなった口紅を塗り直そうと、化粧箱を置いた棚に向かう。
徐倫のもとに来たジョナサンは、今にも泣きそうな表情で、口の回りには口紅が広がっていた。
「徐倫、これ、落としてくれないかい……」
「誰にやられたのよ、ジョナサン」
「ディオ」
クレンジングシートを取り出し、ついている口紅を落としていく。
「ありがとう」
申し訳なさそうに彼は笑う。
本当に自分の祖先なのだろうかと思うほど、彼は穏やかだ。
父に顔と体格は似ていると思うが、この柔らかい雰囲気や性格は全く似ていない。全てが遺伝するとは限らないのだが。
「いいわよ」
口紅を落とし終わるが、ジョナサンの爪にマニキュアが塗られていることに気づき、彼の手を掴み、爪を見る。
「綺麗ね」
ムラもなく、はみ出してもいない。
「これもディオにされたんだ」
似合わないよねと笑うジョナサン。
「ちょっと、DIOのとこに行ってくるわ」
「え、ちょっと、徐倫!」
部屋を飛び出し、彼のもとへと向かった。
「DIO、マニキュアのコツ、教えて!」
突然、やって来た承太郎の娘に、DIOは面食らっていた。