その目に焼きつけて
一目、彼を見て美しいと思った。
同性を見てそう思ったのは初めてだった。まるで、それは綺麗な芸術品を見たような感覚。
彼を形容する言葉はそれがぴったりだったが、中身はその見た目が覆い隠していたのだ。
その黒さがあるからこそ、彼は美しいのだと思う。
中身の闇が深くなるほど、彼は美しくなっていった。
ジョナサン・ジョースターが目を開けると横にはディオ・ブランドーがいて、読書をしていた。
明かりが彼の顔を照らしている。そんなものがなくても、読めるだろうが、見てくれを気にしているのか。人間ではないことにもう慣れているはずなのに。
軽く波打つ髪は輝いている。よく見ている横顔だ。百年前にもあった光景。髪はもう少し整えられ、短かったか。
「……君って綺麗だよね」
彼の目がこちらに移され、本を閉じる。それはベッドの上に投げ捨てられた。
「おはよう、ジョジョ。わたしを見つめていたようだが」
視線には気づいていたらしい。
「見とれていたのか?」
彼のからかったような言葉にそうだと同意する。
今の彼は百年前より美しさが増している。寒気がするほどに。
「初めて君を見たときも、そう思ったことを思い出して」
手を伸ばし、彼の髪をすく。指に絡まることなく、さらりとした感触を残し、髪は指の間を通り抜けていった。
「君はぼくを見て、どう思った?」
きっといい感情ではなかったはずだ。あのとき、自分は彼から嫌われていた。数々、受けた嫌がらせ。それは、彼と殴りあいの喧嘩をした後にはなくなったけれども。
その感情は爆発し、大人になって互いに刃を持って殺しあいをすることになったが。
「もう忘れたさ」
彼は手を取り、甲に口づけてきた。
「今はこの上なく愛しいがな」
その言葉に胸がしめられる。
彼が吐く自分への愛の言葉はでまかせだとは分かってはいるが、本当だと思いたくて、それを受け止めるには過去に愛した女性を裏切らなければならない。
突然、首を掴まれ、締められる。骨が軋み、顔をしかめた。
「わたしの前で昔の女の名前を出すなど、いい度胸をしているな」
無意識に彼女の名を呼んだらしい。生涯でたった一人――愛している女性だ。
「おまえを知る者はもう死んだのだ。わたし以外は、な」
それは彼もだ。DIOを知っている者はたくさんいるだろうが、ディオ・ブランドーを知っている者は自分しかいない。
時間に置いていかれたのだ。自分も彼も。持つ時計の針は進むことがない。あのときに壊れてしまった。
あの船の中――いや、もしかしたら出会ったしまったときにはもう――。
首から手が離れていく。痛みがなくなり、ほっとしていると彼の顔が近づいてきた。まっすぐにこちらを見る目の中にほの暗い闇をが見える。
「過去は忘れろ。今を歩め――わたしとな」
自分の足は彼にとられてしまっているのに。この偽物の足で歩めというのか。無理矢理、赤い糸で繋がれたこの肢体で。
どこにも行けないというのに。
過去に縛られていることにディオは気づいていない。
それなら、自分の首など捨てればよかったのだ。
「わたしのそばという特等席で変わっていく世界を見れるとは、幸福者だな、ジョジョ」
不幸の間違いではないのか。そんなことで幸福を感じるのは彼らの仲間だけだろう。
「そうだね」
思ってもいないことを吐き捨てると頬に手が触れる。
「なら、笑えよ」
その言葉に従って笑顔を浮かべてみる。
ジョナサンは目覚めてから、笑顔がへたになった――いや、忘れてしまったのかもしれない。
DIOの目には、口角だけを上げて、今にも泣き出しそうな顔で笑みを作っている。
このDIOのそばにいられて彼は幸せだろう。
本来なら、あそこで終わっていた短い生を繋いでやったというのに。
これからの未来は輝かしく、きっと楽しいだろうに。
なぜ、彼は後ろばかりを見るのだろうか。そちらを見ていても、戻れないというのに。
手をひっぱってやらねばならない。よそ見をしている暇はないのだ。世界は目を閉じ、また開く間に変わってしまうのだから。
その綺麗な蒼い目が見るのはこのDIOの軌跡だけだ。