繰り返される無駄な行為
名前を呼ばれてジョナサンは目を覚ました。
見上げるのは美しい自分の義兄弟で、今は自分の所有者であるディオ・ブランドーだ。いや、今はDIOか。どちらでもいい。彼なのは変わりない。
起き上がらせると抱き寄せられ、首を噛まれる。痛みに微睡んでいた意識が覚醒する。
飲んでいく音に毎日、飽きもせずにするものだと思った。
彼の日課であるこの吸血は意味のないものだ。指からでもできるのだから、体のどこかに突き刺して奪えばいい。
しかも、自分は彼の血を与えられ、生き返ったのだ。この身体に流れるのは同じ血だ。彼が望む、ジョースター家の血ではない。それは初めて飲んだ時に分かっているはずなのだが。
「やはり、まずいな」
吸血をやめて、言う感想はいつも同じだ。
「分かってるなら、やめなよ……ぼくの血を飲んでも、意味はないのだから」
これのせいで、自分は酷い渇きに苛まれ、血を飲むはめになっている。
しかも、同族の血で彼の空腹が満たされる訳でもないらしい。なにも意味がない。無駄な行為。
彼は笑い、自身の胸に手をあてる。
「でも、おまえの血はわたしの一部になる。この体を巡る」
手はこちらにやってきて、胸に触れる。
「おまえが、わたしのものにならないからだ」
「君にされることを受け入れて、君だけを愛しているのに?」
犯されても、殴られても、傷つけられても、自分は反抗せずに受け入れている。そうすれば、彼はおとなしくしていると。自分の子孫たちに手を出さないと約束した。
「だめなんだよ、ジョジョ。それだけじゃあな」
爪が立てられ、肉を抉られる。すぐに傷は治ったが、出た血が滲んでいる。それを指で拭い、彼は指先についた血を舐めた。
「全てを捧げろ、おれにな」
自分に残っているのはこの頭くらいだ。
体も彼から与えられたものだし、彼の血のせいで生きている。
記憶はどうやっても彼には渡せない。彼を葬ったと思った後のことを話しても意味はないだろう。
愛情だって与えている。愛していると言い、彼を抱きしめて、キスをして、彼に与えられる快楽には素直によろこんでいる。
それ以上になにをしろと言うのだろう。
彼に聞いても、先ほどのような斜め上の言葉が返ってくるだけ。
「一つになろうじゃあないか」
手が肌をなでる。顔が迫り、ゆっくりと目を閉じた。
何度、繋がろうが自分たちは別のもので、違う存在。一つになれば、触れ合うことさえできないと言うのに。
唇が重なる。ジョジョと自分の名前を呼ぶ声が隙間からこぼれた。
情交が終わり、ベッドに身を預けていたが、起き上がり、隣に寝ているディオをジョナサンは見た。
最中に何度か意識が飛んだ。その度に快楽と痛みで引き戻された。無理やり、いかされ続け、精も果てている。
扉がノックされ、返事を待たずに扉が開いた。
「失礼いたします」
入ってきたのはテレンス・T・ダービー。この邸の執事だ。
「……ダービー、すまないが血の用意を……」
行為の最中に何度も噛みつかれ、血を飲まれていた。少なくなった血液を体が求めていた。
「すぐにご用意いたします。他にご用はありませんか?」
「……服の準備もしてほしい。シャワーを浴びるから」
「お湯の準備はどういたしますか?」
「いらない。シャワーだけでいい」
「かしこまりました」
彼はそう言うと再度、部屋を出ていった。すぐに戻ってくると血が入ったグラス。自分にそれを渡すとクローゼットへと向かっていく。
血を飲み、ベッドを降りようとすると腕が掴まれた。目を開いているディオ。起きたらしい。
頭に手が回り、引き寄せられると唇を重ねられ、手に持っていたグラスが滑り落ちた。
「服はこちらにご用意しました……なにかありましたら、またお申しつけくださいませ」
ダービーの声は聞こえていたが、反応はできなかった。舌を絡められ、口の中を舐められていては。
ようやく彼との口づけが終わったときにはダービーは消えて空のグラスもなかった。
「服なんて必要ないだろう」
起き上がった彼にまたベッドに押し倒される。
このベッドで過ごす限り、服を着る必要はない。交わるには邪魔なだけだ。目覚めてから、服を着ていた時間の方が少ないだろう。
ダービーも裸の自分たちを見ても動じない。いきなり目の前で行為を始めても眉一つ動かさなかった。ただ今みたいに静かに部屋を出ていくだけだ。
ディオの手が肌をなでていく。その手つきに彼はまた抱くつもりだと分かった。そうなれば、快楽に従順になったこの体は勝手に性感を高めていく。果てたと思っていた精もまだあるようだ。
出そうになった声を抑えたが、その反応はすぐに見破られ、声を出せと閉じている口をこじ開けられ、指を入れられ、舌をまさぐる。
「おまえが満たされるまで、何度も抱いてやるぞ」
何度、抱かれても満たされることはない。自分には彼を受けとめる器官はないし、この行為も互いに欲を吐き出すだけだ。
満たされるのは彼だけだろう。
唾液で濡れた指が口から引き抜かれ、下腹部に触れる。手を動かされ、喉を晒し、喘ぐ。
「……が……っ!」
肩を噛まれ、また血が吸われていく。繰り返される無意味な行為。その先にはなにもないのだろう。
血を飲んだ彼はとても美しい笑顔を浮かべていた。
手が首を掴み、骨が軋む音が耳に聞こえた。
意識を浮上させ、目を覚ますと横でディオが寝ていた。自分に腕枕をしつつ。
まるで、恋人のようだと思いつつ、起き上がる。体に不快さはない。気絶している間に清めてくれていたのだろう。シャワーを浴びたいと言ったことは聞こえていたらしい。
「……ありがとう」
礼を言い、額に口づける。彼は深く眠っているのか微動だにしない。
渇きを覚え、ダービーを呼ぼうかとしたが、眠る彼の喉を見る。彼は自分の血をまずいと言っているが、繰り返し飲んでいる。
好奇心がわき出てきた。本当は同族の血は人の血となにも変わらないのではと。
好奇心に突き動かされ、彼の喉に牙を立てた。牙が肉を突き破るとディオが反応を示す。それを無視し、出てきた血を啜る。
「……うっ!」
髪を掴まれ、喉から引き離された。
口内に感じるのは、いつもの血の味ではなかった。生臭く、腐ったような――酷い味。
喉に通したが、逆流してくるのが分かり、口をとっさに抑えた。吐くことはなかったが、吐き気が込み上げて、目を閉じる。いきなりの体の拒絶反応に戸惑う。
「このマヌケ……!」
体に腕が回り、体が浮いた。ディオに運ばれ、どこかに移動する。
「う……っ……」
限界だと思った瞬間、地に下ろされ、手が引き剥がされた。抑えるものがなくなり、吐いた。
「はっ……っ……」
口内のものを全て吐き出していると、上から水が降ってきた。
「ぅぁ……!」
髪を引っ張られ、顔を上に向けられる。開けられた口の中に水が流し込まれ、まだ吐き気があり、それを吐き出す。何度かそれを繰り返された。
「ゲホッ……げほっ……」
水をかけられ続け、吐瀉物が排水溝へと流れていく。全てが流され、咳もおさまったときに水が止められた。見上げた彼はシャワーヘッドを壁にかけていた。
「おれはまずいと言ったじゃあないか」
彼は呆れたような顔でこちらを見る。
「じゃあ……なんで……」
あんな味は彼は決して望まない。嫌悪するはずだ。
「きさまと一つになるためさ」
笑顔ではっきりしない答えと共に固い床へと押し倒される。
「おまえはわたしのものだろう……?」
覆い被さり、彼は囁く。
「……おれのジョジョ」
自分を所有している、支配している自覚があるなら、それだけで充分ではないか。
彼の愛撫を受けつつ、ぼやけた視界でただ彼を見上げていた。
ベッドに戻り、気絶しているジョナサンを横に寝かせる。
頭を撫でれば、まだ湿っている髪が指にまとわりつく。
しかし、彼が自分の血を飲むなど。好奇心が強かったことを忘れていた。興味を持っても不思議ではなかったが、もうすることはないだろう。
同族の血はまずい。吐き気をもよおすほどに。
最初に吸血したときにはその味に吐いた。指で吸血したときにも気分が悪くなり、同じだった。たぶん、同族の血を吸わないようにする拒絶反応だろう。
たが、ジョナサンの体を巡る血をどうしても自分は受け入れたかった。意味がないことだとしても。この身体が彼の血を求めている気がしていた。
繰り返し吸血していれば、慣れが生じ、相変わらずに味は酷かったが、吐くことはなくなった。
どれだけ血を吸っても、首の傷は治らない。彼と揃いのそれにこのままでもいいかと思うが、不死身ではないことは自分にとっては足枷だ。
屈んで、彼の首の付け根に牙をたて、皮、筋肉、血管を突き破り、出てきたまずい血を啜る。
「ディオ……」
名を呼ばれ、首から口を離せば、彼の蒼い目がこちらを見ていた。
「ジョジョ」
横に寝転び、彼の頭とベッドの間に腕を入れ、頭に手を回し、引き寄せ、目を閉じる。
「……おやすみ」
挨拶が聞こえたのを最後に夢の中に飛び立った。