言葉より行動
「結構、盛り上がってるね」
「迷子になるなよ、ジョジョ」
「ならないよ……子供でもないし」
今日はジョセフたちが通っている学校の文化祭。生徒たち出店も出しており、盛況だ。
受付でパンフレットを貰い、まずはジョセフたちのところへ行こうと、それを開けた。
「どこだ?」
ディオが覗き込んでくる。
「ここだね。女装カフェ」
書いている場所を指す。教室の一室でやっているようだ。
「ふむ。では、さっさと行くぞ」
そう言うディオはなんだか楽しそうだ。
朝から、あいつらのまぬけな様を撮ってやると、カメラまで用意していた。
一番、これを楽しみにしていたのは、彼ではないかと思う。
名前を呼ばれ、前を見ると彼はもう校舎に向かっていた。
待ってくれとディオについていく。
校舎の中でも色々と、催し物があり、なかなか混んでいた。時おり、宣伝プレートを持っている生徒とすれ違った。
「どうぞ!休憩にどうですかッ!」
一角、妙な光景があった。
体格がいいメイドが、通る人々に声をかけている。
目指しているところは、間違いなくあそこだ。
「あの」
「お客……あれ?ジョジョ、お前、中にいなかったか?」
自分はジョセフと瓜二つだ。血は繋がっているといえど、驚くほど似ている。何度か、彼のクラスメイトに間違われたことがあった。その変わり、性格は似てないが。
「ぼくはジョセフの親戚なんだ。ジョセフいるかな?」
「す、すみません。あいつならいますから!おーい、ジョジョ!」
彼は、教室の中に声をかけると、聞き慣れた声で、返事が聞こえた。
「なんだよ?」
教室から出てきたジョセフは、あの時と同じ格好をしていた。
こちらに気づくと、笑顔を向けてくる。
「ジョナサン!来てくれたんだな!……おまけ付きで」
こちらを見る目付きは、最終的に冷えきっていた。正確には自分の後ろにいる人物に向けてたが。
「君たちの、その素敵な格好をカメラに納めるためにね」
そう言いつつ、後ろからシャッターの音がした。
「へえー、じゃあ、シーザーちゃんと一緒に撮ってくれよ。と、寄っていくだろ?」
「うん」
「はぁい、お客様、お二人様ご案内よ〜」
入った瞬間、お世辞にも似合っているとは言いがたい、女性の格好をした人たちの、野太い声のいらっしゃいませのコールには苦笑いしか出なかった。
「こちらがメニューになりまぁす」
席に着くと、笑顔でテーブルにメニューが広げられた。
あの日から、ジョセフの格好も化粧も何も変わっていない。部屋に引きこもっては、色々していたらしいが、無駄な努力だったらしい。
メニューを眺めていると、入口が騒がしくなり、そちらを見る。
「ジョジョ!た、助けてくれッ!」
入ってきたのは、シーザー。太股までスリットが入ったチャイナドレスを着て。
「あ、シーザー」
「え、あ、ジョナサンさん!?」
動揺しているシーザーの腰に細い腕が絡みつく。
「捕まえたわよ、シーザー」
「スージーQッ……!」
シーザーの体の横から、笑顔の女子生徒が顔を出す。彼女がスージーQだろう。
「ちょっと、聞いてよ、ジョジョ。シーザーが化粧はイヤって言い出すのよ」
笑顔が不満そうな表情に変わった。
「してもらえよ。可愛くなるぜ」
ジョセフはウィンクをする。
「お前は自分でしてるだろーが!いや、しても一緒だろッ!だから、このまま」
「しないと分からないじゃない!ジョジョ、手伝って」
「へーい。あ、注文、決まったらそこら辺にいる奴、テキトーに呼んでくれ」
ジョセフがシーザーの首に腕回すと、スージーQはシーザーから離れたが服を掴み、二人で半ば彼を引きずる形で教室を出ていく。
助けつづるような目でこちらを見ていたが、カメラでその姿を撮るだけにした。
「楽しそうだね。あ、すみません」
どこをどう見れば、あれが楽しそうに見えるのか。注文するジョナサンを見て、疑問に思う。
しかし、もっとカメラにあの姿を納めるべきではないのかと、考える。
「ディオはなにを……」
「君は食べて待っていてくれ」
席を立ち、シーザーとジョセフはどこに行ったのか、近くにいたセーラー服を着た生徒に聞くと、隣の部屋だと言う。
せっかく、文化祭に来たのだ。楽しまなければ。
ディオが席を立ってから、注文したものが運ばれて、それを飲食していたが、帰ってくる気配がない。
パンフレットを眺め、他の出し物の内容を見ていた。
見に行きたいが、ディオを置いていっては怒るだろう。
しかし、長居しても迷惑だろうし、せっかく来たのだから色々、見たい。
食べ終わり、近くにいた生徒にディオへの伝言を残し、そこを後にした。
出た時に、悲鳴のようなものが聞こえた気がしたが、聞こえなくなり、気のせいだと思うことにした。
すぐに戻るつもりだったため、校舎内だけ回ることにした。
作品展示もあり、色々な作品も見て回る。ジョセフたちのクラスと同じように、飲食店もちらほら見かけたが、自作の映画の上映や、お化け屋敷、紙芝居など、色々なものがあった。
「なんで、あんたが付いてくんのよッ!」
前から怒声が聞こえる。
女性が大股でこちらに向かってきている。
その後ろには、学ランを着た男性が、ピタリと後ろについてきている。
言い争いながら、自分の横を通っていく。
「徐倫、見ないのか」
「一人で静かに見たいのよ!」
「じゃあ、見ればいい。おれは気にするな」
「あー、もうッ!離れてよ、兄さん!」
少し聞こえた会話から、二人は兄妹なのだと分かった。
喧嘩するほど仲がいいと言う。ジョセフとシーザーも喧嘩をするが、仲がいい。
しかし、自分はディオとはどうだろうか。
一度だけディオと殴り合いの喧嘩をした。彼が泣くまで殴ったのだ。
その時から、自分への嫌がらせは減り、彼との関係はマシになった。
しかし、彼は本音というものを隠し、伝えてはくれない。いつもそこになると、彼は固く口を閉じてしまうのだ。
嫌われているのは、分かっている。好いてもらおうと、努力したのだが、水と油のようなもので、無理なのだろうと思う。
しかし、なぜ、彼は自分の所へと帰ってきたのだろうか。離れていた方がよかっただろうに。
父が亡くなり、落ち込んでいた時、ふらりと彼は帰ってきた。父が亡くなったのを知って帰ってきたようだったが、彼はこの場所にとどまり続けた。
遺産が入ってくると聞いたのは、だいぶ後だったが、それが目当てだったのだと思う。
数年間、彼は自分たちの前からいなくなった。父から彼は海外に行ったと聞いたが、真実は分からない。確かめようとも思わない。
父には心配ないよう、定期的にに連絡が入っていたようだったし、少なからず自分の耳にも入り、元気だったということは知っている。
ふと、教室の中を覗くと、中ではバザーをしているようだった。
何かあるだろうかと、中に入る。色々なところから集められた不必要な品々らしく、投げ売りも同然な値段だった。
仮面、帽子、バンダナ、マフラー、指輪、ネックレス、漫画、本、様々なものが売っていた。
本を見ていると、新品同様のものがあった。フィルムも外されずに、買ったが一回も読まれていないそれは、ディオが欲しがっていた本だった。
あまり本屋には仕入れられていなかったものらしく、彼から一度、この本を持っていないか、たずねられたことがあった。
「すみません、これください」
半額以下の値段のそれを買い、他にはめぼしいものはなかったため、すぐ廊下へと出た。
廊下を歩いていると、巨体の女性の後ろ姿が見えた。その横を通る人は、一定の距離を離れていた。
近づき、名前を呼ぶと、やはりジョセフとシーザーだった。
こちらを見た二人は顔を輝かせた。
自分を探していたと言う。ディオが二人を使ったらしい。
彼がわざわざ歩き回り、自分探すことなどないだろう。なぜ自分がジョジョのためにとまで、言い出すことだろう。
二人に謝りつつ、それなら携帯に連絡をしてくればいいものをと考えていると、ジョセフに携帯が鳴ったかと訪ねられる。
鳴っていないはずだ。もしかしたら、音を消していたかもしれないと、取り出し確認をすると、電源が切れていた。電源を入れようとしても入らない。そういえば、充電を忘れていた。
再度、彼らに謝る。真正面から見たジョセフの顔の化粧が薄くなり、幾分か柔らかい印象を受けた。
可愛くなったと言うと、彼はなぜか落ち込む。彼なら嬉しがると思ったのにと、不思議がっていると、シーザーにディオが化粧を直したと聞いた。
そう言うシーザーも彼に化粧をされたらしい。化粧をした後だと、シーザーは可愛らしいより、美人だと言った方がしっくりくる。
素直に感心してしまう。彼はなんでもできてしまう。幼い頃からそうだった。よくディオと比べられ、父に怒られたものだ。
ジョセフがなぜ、ディオが化粧をできるのだと呟く。自分は知らない。今、初めて知ったことだ。
シーザーに急かされ、ディオへの元へと急いだ。
彼の怒りを少しは小さくするために。
二人に見送られ、そこを後にし、校舎を出た。ディオの歩く速度が早い。
正門を出て、少し歩いたところで、彼は歩みを止めた。
「このディオを待たせ、連絡さえ無視するとは、いい度胸だな、ジョジョ」
猫かぶりが外れていた。表情は、いつも見る顔だ。
「携帯のことは謝るよ。でも、先に待たせたのはそっちだ」
ディオがジョセフたちのところに行ってしまったのが先だ。
いつまで待ってればいいか分からない中で、あそこに長居しろと言いたいのか。
「わたしのために待っているのが、あたりまえだろう」
さも当然だと顔には書いてあった。
彼だって文化祭を楽しんでいただろうに。その権利さえ、自分にはないのだろうか。
ジョナサンは恨めしげにこちらを見ていた。
何か言いたいようだったが、ため息をついただけで終わった。
もう少し噛みついてくるかと思ったが、拍子抜けだ。
「……はい、これ」
彼が持っていたものが、差し出され、受け取れば、それは本だった。
「……!」
それは、自分が前に欲しがっていた本だった。忘れていたが、当時は探し回ったものだ。
「それ、欲しかった本だよね?偶然、見つけたから」
覚えていたのかと、驚いた。一度だけ、彼に持っていないかとたずねたことはあったが、それきりだ。
彼を、ほんのちょっとだけ許すことにした。
「これで、わたしの機嫌をとったつもりか」
そんなつもりはないと彼は言う。
しかし、彼から自分が奪うことはあっても、彼から何かを貰うことはなく、ジョナサンが自分の為にと思うと、それは転げ回るほど嬉しいことだが、そんな姿を見せる訳にもいかない。
心の中だけで喜ぶことにし、彼には皮肉の笑顔を向けた。
「あ、いい写真は撮れたかい?」
答えの代わりに、カメラを投げ渡す。
起動させ、ジョナサンは撮ったものを見ていくと、とても微笑ましそうに、それを見ていた。
嫌がらせくらいには使えるだろう。ジョセフにきかなくとも、あのシーザーには。
「帰るぞ」
カメラを取り上げ、歩き出せば、腕を掴まれた。
「ちょっと、待ってよ。晩御飯の買い物しないといけないんだ」
腕を離すと、よく買い物に行くスーパーの方へと、彼は歩き出す。
付き合えということなのだろう。本のこともあり、今は機嫌がいい。
しょうがないと呟き、彼に付き合うことにした。
「晩御飯どうしようかな……」
ジョナサンは、献立を迷っているようだった。
「シチューが食いたい」
「シチュー……それなら、あとはサラダ作るだけでいいね」
どうやら、今日の晩御飯は、自分の希望通りになりそうだ。
買い物を終え、袋詰めにした食材の片方をディオが持っていく。
「さっさと行くぞ」
「荷物、持ってくれるのかい?」
「これだけだ」
残された袋を持ち、店を出ていく彼を、追いかける。
珍しいこともあるものだ。こういう時の荷物は、自分に押しつけてくるのに。
本が手に入ったことが、余程、嬉しかったのだろう。
その日は、ディオが珍しく料理を手伝ってくれ、晩御飯は豪華なものになった。
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