この手は離せない
扉を開いて、ジョナサン・ジョースターは、見えた光景に釘付けになってしまった。
そこには、DIOと女性がいた。DIOも女性も上半身には何もまとっておらずに、体を重ねていたのだ。女性はこちらには背を向けており、自分には気づいていない。
「わたしを、あなたのものに……」
白く、細い指が彼の頬に触れる。
「望みどおりにしてやろう」
DIOの腕が細い腰に回り、首に唇を這わすのが見える。そのとき、目があった瞬間、扉が閉められた。
「DIO様はお食事中です」
背後から声がかけられ、扉を閉めたアトゥム神が本体の人間へと戻っていく。振り向けば、テレンス・T・ダービーがいた。
「何かDIO様にご用事ですか」
「……いや、ここがそういう部屋だとは知らなかっただけだよ」
本を読むのにも飽きて、色々な部屋を見て回っていただけだ。この邸から出ることは許可されていないが、部屋から出るなとは言われていない。
「申し訳ありませんが、ここは入らないよう、お願いいたします」
「……ああ、わかった」
「お部屋にお戻りください。飲み物でも用意しましょうか?」
「いや、遠慮するよ。君たちも色々と忙しいだろうから」
彼の気遣いを無視し、部屋に戻ろうとしたが、書庫に足を運んだ。
頭をちらつく先ほどの光景を振り払うために、適当に本を取り、文字を読んで、つづられている言葉で頭を埋め尽くしていく。
あの光景を見たときに、自分はDIOに裏切られたと思ってしまったのだ。
「愛しているぞ」
「おまえの全てがほしい」
「おまえしか、おれを満足させられない」
なぜ、そんな言葉を信じて、すがりついてしまったのだろう。全て嘘に決まっているのに。自分を吸血鬼として復活させたのも、戯れだということは理解してるのに。
自分はあのときーー父がかばってくれたときから、何も変わらずにいる。
エリナを救うために、命を引き替えにディオを倒したというのに、DIOとして生き返った彼は、新しい能力も手に入れ、やりたい放題だ。
彼が女性を抱いていたとしても、そのような恋人がいようが、彼の自由だ。自分には関係ない。
「!」
いきなり、読んでいた本がなくなる。本が宙にーーいや、スタンドが取り上げたのだ。
「なぜ、部屋にいない?」
血の匂いをまとわせ、DIOがやってくる。
「……ずいぶんと早い食事だったね」
自分の言葉に、彼がぴくりと眉をあげる。
「おやおや、高尚な趣味をお持ちのようだ」
自分が見ていたことなど、わかっているのに白々しい。
すっと彼の顔が近づいてくる。唇が重なる前に顔をそらず。
「血の味がするキスは嫌いか?」
それも嫌だったが、先ほどの女性と重ねたであろう唇には触れたくなかった。
「我慢など、できんぞ」
彼の手が、服の中に入り込み、ここで抱こうとしているのだとわかり、身をよじる。
「やめっ……」
「部屋で待っていないからだ」
音をたてて肌を吸われる。それだけで、感じてしまう自分が嫌になる。
「抱くなら、ぼくじゃあ……なくて……」
「おまえがいいんだ」
自分をほだす言葉に、彼の体を押し返す。
「ぼくとあの人を比べて楽しいかい?」
彼は驚いたような表情をしたが、それは瞬く間に消えて、笑顔を浮かべる。
「ふふ、妬いているのか」
認めたくはないが、そうなのだろう。
しかし、自分は違うと叫ぶ。
「腹を満たしただけだ。ああした方が油断するからな」
「う、そだ」
本当のことを言うはずがないと、視線をそらす自分の顔をつかむ。
「見ろ。服に乱れもない。こんな短時間でお前のもとに来るわけもない」
「時を止められーー」
スタンド能力のことを言うと、手がつかまれ、ズボンの中に入れられて、下腹部をさわることになってしまった。
「濡れてないだろ?」
すぐに中から手を抜いたが、触れたものは彼の言うとおりだった。情交の痕がない。
「でも……」
今度は自分のスタンド能力で引き寄せられ、口を口でふさがれた。
「おれにはおまえしかいないと言っている。抱くのも口づけるのも愛するのも、ジョジョーーきさまだけだ」
彼の目は真剣だ、そこに偽りはないと信じたくなる。
彼に抱きしめられて、その身体を抱き返す。
「……わかった」
いつか裏切られるとしても、今の自分には彼しかいない。
彼のそばにいることが、生き返った自分の役目なのだから。
今度は、差し出したその手を離さないように。