君にうつされた熱
ジョセフが連れて帰ってきたのは、シーザーだった。
肩を貸してもらいつつ、ここに連れてこられた彼は、顔が赤く息が荒い。
「シーザーちゃん、風邪でよ。帰っても一人だし、こっちに連れてきた」
昼から体調が悪くなっていったらしく、学校が終わるまで保健室で寝ていたらしい。
「布団、用意するから、運んでくれないかい?」
「おう、シーザーちゃん、靴脱げー」
ジョセフに彼に任せ、ジョナサンは布団を準備していく。リビングの横の部屋にしくと、ジョセフがシーザーを連れてきた。
「着替えさせないと。ジョセフ、服を」
制服のまま寝かせるわけにはいかない。
「ああ、ちょっと待っててくれよ」
頷くと、彼はシーザーを座らせると、着替えを取りにいく。
シーザーに少し待ってねと声をかけ、タオルを取りにいく。
ジョセフは着替えを持って降りてきた。
タオルと着替えを渡すと、彼はそれくらいと、自分で着替えていく。それを心配そうにジョセフは見ていた。
自分は、体温計を探してリビングの棚を探る。最近は、風邪をひいていないため、どこに置いてあるか記憶が朧気だったが、引き出しの中に入っていた。
布団に横になったシーザーに体温計を渡す。
「薬ないから買ってくるよ。シーザーを頼んだよ」
ジョセフに看病を任せる。
体温計を探している時に、救急箱を見たが、風邪薬がなかった。
冷却シートも買ってくればいいだろう。
でかける準備をし、家を出た。
買い物を終え、家に帰ると、シーザーの横には、ジョセフがいた。
心配でずっといたらしい。
冷却シートを彼に渡すと、熱が昼間より上がっていることを伝えられた。
「すみません……ご迷惑を……」
目だけでこちらを見たシーザーは、申し訳なさそうに言う。
「いいよ、気にしないで」
困った時はお互い様で、彼に頼られるのは、迷惑とも思っていない。当たり前のことだ。
「気にすんなって!早く治せよ」
ジョセフは笑って、少々、乱暴に冷却シートをシーザーの額にはる。
「お前はうるさい」
「ひでえぞ、シーザーちゃん!なんで、ジョナサンは……」
「あまり騒いじゃあダメだよ」
ジョセフをたしなめる。ゆっくり休ませなければ。
「何かあったら、遠慮なく言ってね」
小さい返事。
晩御飯の準備をしなければと、台所へと向かった。
晩御飯を作り終わり、シーザーの様子を見に行く。
ジョセフと一緒にいてはゆっくり休めないと、彼は部屋から追い出されていた。
リビングでふてくされている。
「気分はどうだい?」
声をかけると、シーザーはこちらを向く。
「マシです……」
「ご飯は、ここで食べるかい?」
「はい……」
無理にこちらの食卓にくることはない。一人で食べるのは寂しいだろうが、ここまで食事を運ぶことにしよう。
部屋を出ると、ジョセフが容態を聞いてきた。
「大丈夫。ご飯食べて、薬を飲めば良くなるよ」
ただの風邪だ。心配することはない。
ご飯はシーザーが一人で食べることを伝えると、ジョセフは彼と一緒に食べると言い出す。
シーザーに許可をとらないとと言うと、そんなの関係ないと、部屋に入り、一緒に食べようと寝ているシーザーに訴えていた。
とりあえず、彼を部屋から出すことにする。
「帰ったぞ」
「おかえり、ディオ」
こちらを見た彼は、不思議そうな顔をしていた。
「ジョセフ、シーザーと食べてるんだ。ご飯、食べるかい?」
「ああ」
ディオの分の食事の準備をし、一緒に食べながら、一人で食べていた訳を話す。
「ということで、静かにしてね」
「それは、あいつに言え」
彼は隣の部屋へと視線を向ける。
「……そうだね」
隣の部屋から話し声が聞こえる。話し声というより、言い争っているようにも聞こえるが。
ご飯を食べ終わったら、食器回収と共に、ジョセフも一緒に回収しよう。
「ジョセフ、お風呂入りなよ」
彼に声をかければ、心配そうにシーザーを見る。
「ぼくがみてるから」
彼の横に座ると、ゆっくりと立ち上がる。
「頼んだ」
彼を見送り、シーザーを見ると、眠っているようだ。
空になっている水差しを見て、入れてくるかとそれを持ち、立ち上がる。
「ジョ、ジョ」
名前を呼ばれ、振り返るが、彼がそう呼ぶのは、ジョセフだ。
シーザーがこちらを見ていた。
「お前……どこ、行くんだよ……」
どうやら、自分をジョセフと勘違いしているようだ。
「おれを、置いて……いくつもり……か」
かけ布団をどけると、起き上がろうとするが、力が入らないのか、体を支える腕が震えていた。
「シーザー」
寝ていた方がいいと、彼の方へと向き直り、布団の近くに座れば、こちらに腕を伸ばす。
「待てっつっても……無視、しやがって……」
頭が膝にのり、腕が腰に回り、逃がさないと言わんばかりに力がこもる。
「この、スカタン……」
手に持っている物を置き、彼の頭を撫でる。
「大丈夫、そばにいるよ」
ジョセフに置いていかれる夢でも見たのだろう。
弱っている時は人肌が恋しくなると聞くし、一人は寂しいのだと思う。
シーザーは、そのまま動かなくなった。自分が言った言葉に安心したのか、人肌に触れて安心したのかは分からないが、眠ってしまったようだ。
扉が開き、ジョセフが帰ってきたのかと、振り返ると、そこにディオがいた。
ジョナサンの腰にシーザーの腕が回り、膝には頭がのっている。
「何か用かい?ああ、そうだ。動けないから、ディオ、これに水を」
それを、さも当然と言うように彼は受け入れている。
なぜ、シーザーはジョナサンに触れるのか。触れていいのは、自分だけだ。
彼は自分のものだ。
久々に二人っきりの食卓を楽しみ、良い気分になっていたが、それはどこかに飛んでいった。
ディオは大股でこちらに来ると、シーザーの襟首を掴み、自分から引き剥がす。
「なっ……シーザーは病人なんだ!乱暴にしないでくれないかいッ!」
突然の行動に驚いて、抱き寄せて彼の手から引き離す。シーザーは、少し動いたが、力が出ないのか自分に体を預ける。
「知るかッ!なぜ、こいつはお前にベタベタと……!」
なぜか彼は怒っている。
また手を伸ばしてきたので、その手を払う。
「乱暴するなら出ていってよ」
ディオを睨みつけていると、シーザーが名前を呼んできた。
「あ、あの……すみません……」
「あ、ごめん!」
男に抱きしめられたままなど、不快だろう。
シーザーを離し、ベッドに横にする。
その間に、ディオは部屋から出ていってしまった。
「すまないね。あと、ディオがしたことも、謝るよ……」
「いや、なんか、おれが悪い……みたいなんで……」
なぜ、彼が悪いのか。寝惚けてしたことなのだ。何も悪くないだろうに。
「シーザーは何も悪くないよ」
そう言って頭をなでる。
彼は恥ずかしそうに笑うのだった。
シーザーがまた眠ると言うので、自分がいては寝にくいだろうと水差しを持って部屋を出た。
水差しは、ジョセフが風呂から戻ってきた時に、どうせシーザーの様子を見に行くだろうから、その時に運ばせよう。
残っていた家事をやっていると、タオルで髪を拭きながら、ジョセフが戻ってきた。
「シーザー、大丈夫か?」
「うん。眠っているはずだよ」
ディオのことは黙っておくことにする。言えば、喧嘩を始めるだろう。病人がいるのだ。静かにするべきだ。
シーザーの部屋に行こうとするので、呼び止め、水を入れた水差しを渡した。
「大丈夫かー、シーザーちゃーん」
部屋に入っていくジョセフの声量に顔がひきつる。自分は眠っていると言ったはずなのだが。
呆れることしかできなかった。
幸いに言い争う声は聞こえてこなかった。
翌日には、シーザーの熱も下がり、元気に朝食を食べていたが、朝からディオだけは不機嫌で。
ジョセフも分かっているのか、彼に喋りかけて言い争うことはしなかった。シーザーが横にいることも理由だろう。
朝食を食べ終えると、さっさと行ってしまうディオをジョナサンは追いかけた。弁当を忘れていたからだ。
「ディオ、お弁当……」
靴をはいた彼は、手を伸ばしてきたが、弁当ではなく自分の襟首を掴み、引き寄せてきた。
「な」
視界には金色しか見えていなかった。唇に触れているものは何なのか。
彼の顔をしっかりと認識したときには、とても真剣な顔をつきをしていた。
「お前はわたしのものだ」
そう言って、手から弁当を奪い、彼は出ていった。
自分はディオに何をされたのか。
一連の行動を必死に思い出す。
襟首を掴まれ、引き寄せられ、唇に唇を押し付けられ。
「……!?」
唇と唇が触れたのだ。それは、いわゆる。
自覚をすれば、一気に体温が上がる。なぜ、彼はあんなことを。
「ジョナサン?どうしたんだ?」
いきなり、後ろから、声をかけられ、心臓がはねた。
「ディオの野郎、何かし」
「な、何もないよ!忘れ物はないよね!?」
あれを悟られまいと、何もないと繰り返す。
「あ、ああ……なんか、ジョナサン、顔、赤くね?シーザーちゃんの風邪、うつったのか!?」
ジョセフは自分の顔を見ながら、心配してきたが、違うと首を横に振った。
「大丈夫!体は丈夫だから!」
「ジョナサンさん、ご迷惑おかけしました」
振り向けば、爽やかな笑顔で言ってくるシーザー。全快のようで安心する。
「う、うん!気をつけて、いってらっしゃい、二人とも!」
二人にそう言い、リビングに戻った。
帰ってきたディオをどんな顔で出迎えればいいのか。
あれは、どういうつもりでやってきたのだろうか。
また、あの時のことを思い出し、そこに座り込んでしまった。
「なんか、ジョナサンさん、顔、赤かったな」
シーザーは靴をはきながら、リビングの方を見ていた。
「だよなー。まあ、大丈夫って言ってたし、心配しなくていいと思うけどよ」
彼より、一番、接触があった自分の方がシーザーからうつされている可能性が高いが、自分はピンピンしている。
「ちんたらしてたら、遅刻すっぞ!」
外へと続く、扉を開けると、シーザーが先に走り出す。
「おっせーぞ、スカタン!」
昨日、熱が出ていたなど嘘のように、彼は元気だ。
「待てって、シーザー!」
自分も彼を追いかけて、走り出した。