気づくには遅すぎた
最近、DIOが自分のもとにやってこない。いつもなら、どこにいても、彼がやってきて独占欲を振りまいて、所有物だというように彼のもとへと連れて行かれる。
ジョナサン・ジョースターにとって、ここに来てからそんな毎日だったのだ。
太陽が昇っている時間だからかーーとも考えたが、夜にもやって来ないとなると、さすがに心配にもなる。
約束を破ってはいないだろうか。吸血鬼の食事として自分の血は吸ってもいいが、他の者に手出しをしないことを約束させている。
体も差し出すなら言うことを聞くという彼に自分は望み通りにこの体を捧げたというのに。
彼に仕えているテレンス・T・ダービーを訪ねてみて、近況を聞いてみることにした。
テレンスは、約束を守っているということと、自分を部屋に入れるなと命令を受けていることを教えてくれた。
「ぼくを?」
「ええ。わたしたちも心配しているのです。実はーー」
ほとほと困っているというように、テレンスは話してくれた。
ジョナサンはDIOの部屋を訪ねた。扉をノックしても返事はなく、入ろうとしても鍵がかかっていた。
扉の近くに彼はいないだろうと、波紋の力で無理矢理、扉を開けた。部屋の住人に怒られたときは怒られたときだ。謝って許してもらうことなどできないだろうが。
真っ暗な部屋に入り、目がなれるまで待つ。光を入れていない部屋はこんなにも暗いのか。目がなれてから、燭台にある蝋燭に火をつけた。
お目当ての人物はベッドで横になっていた。蝋燭を彼が見えるところまで持って行く。
DIOは眠っていた。彼がおとなしい時間にやってきたのだから、当たり前だ。
ぼんやりとした明かりは彼の白い肌を照らしている。眠っているのを見ると、死体を見ているようだ。
「ディオ、ディオ……!」
本当に目覚めではないのかという焦りが、彼の名前を口に運び、体を揺らしていた。
DIOが目を開ける。こちらを見ると、自分がベッドから離れていた。彼の能力だろう。
「なぜ、ここにいる」
「君が心配で。テレンスに言っても会わせてくれないし」
テレンスは会わない方がいいと言いつつ、教えてくれたことがある。きっと自分が止めても会いに行くこと見越していたのかもしれない。
「帰れ。わたしはもう少しーー」
「血を飲んでいないって聞いたけど」
ディオの仲間たちも、そんな彼に血を飲ませようとしたらしいが、いらないと突っぱねられたという。
「ぼくの血なら飲むだろう?」
彼が飲みやすよいように、首もとがあいている服を着てはいるが。彼は睨みつけたまま、動かない。
「なんで血を飲まないんだい?」
理由を聞いてはみるけれど、答えは返ってこない。近づいていけば、スタンドが壁になるように現れたが、何もしてこない。時間を止めることも、無理矢理抱えて外に出すことも。
スタンドはこちらからは触れられないが、向こうからは触れられるという不思議な存在だ。スタンドに触れようとするが、すり抜ける。
スタンドが突然消え、腕がひっぱられ、ベッドに飛び込む。
仰向けにされると、DIOが自分を見下げている。
「……ジョジョ」
弱々しい声だった。抱きしめられ、首筋に顔を埋めると、肌を舐められ、牙が食い込み、痛みがやってくる。
そのまま、ディオに身を預けていたが、いつもより吸血の時間が長くないかと感じる。自分は人間で、血が無くなれば死んでしまう。ゾンビにも吸血鬼にもなるつもりはない。
「ディオ……もうっ……!」
身体を押し、抵抗を示すが力が入らず、何も変わらなかったが、首からDIOの口が離れた。血をだいぶ失ったのか、体が重い。
ぐらぐらする視界で、不安そうな表情をしているディオがいた。珍しいその表情をよく見たいが、気分が悪く目を閉じてしまう。
「ジョジョ、ジョジョ……」
何度も呼ばれる名前に、大丈夫だと返すが、途切れ途切れにしか出てこない。
ぎゅうと抱きしめられる。
「……死ぬな……」
弱々しい懇願するような声。殺そうとしたのに、自分の身体を奪ったというのに。今も、彼が止めなければ死んでいたというのに。
「……」
そう考えると、彼は食事を自制していたのかもしれない。体調が悪くなるほど、血は飲まれたことはない。彼は常に腹を空かせていたのか。
「お腹は……いっぱいになった?」
空腹とはまた違うだろうが、食事なのだから、この言い回しぐらいしか出てこなかった。
「……少しは」
あれだけ飲んでも、満たされはしないのか。
「仲間の血を飲めばいいのに……」
「おまえの血がいい」
「ジョースターの?」
「ジョナサン・ジョースターの血だ」
約束を守るためなのだろう。本当に彼は変わった。
抱擁をやめ、起き上がったDIOは笑みを浮かべる。いつもと同じ顔。
「おまえがいなければ、血も飲めん。ああ、腹が減った」
そう言いつつ、服を脱がそうとしている。
「……これって、もしかして空腹を紛らわすために」
「うるさい」
口が重なり、舌が重なる。ほのかに血の味がする。
「おれを満たしてくれよ」
キスは始まりの合図だ。やめろと言っても彼はやめはしない。自分にも拒否権はない。
約束したのは自分なのだから。
食事をしている繰り返すうちに、DIOはいつか、ジョナサンを殺してしまうのではと不安になった。
彼を殺さないように、血を飲む量を少な目にしていたが、本能が血を求めだした。
自分の空腹を満たすまで血を飲めば、ジョナサンは死んでしまうだろう。彼は人間なのだから。不死身ではない。
ジョナサンを遠ざけ、食事はジョナサンの血以外は飲みたくはなかったため、血は全て拒否した。
約束なんて、ジョナサンを縛るだけにしたものだ。それさえ守っていれば、彼を自由にできる。
そんな彼がいなくなれば、どうすればいいのか。
いなくなってから、後悔してはもう遅いのだ。
身体があっても抱きしめる身体がなければ、意味がないことを自分は知っている。
気づくのが、遅すぎたのだ。
ジョナサンの声がする。微睡んでいた意識を浮上させた。