家族ごっこ
ジョナサン・ジョースターが目を覚ますと、知らない部屋だった。
死後の世界なのだろうとゆっくり思考を巡らす。
新婚旅行でアメリカに行く途中、船の中で首だけのディオ・ブランドーと共に自分は死んだのだ。妻のエリナと泣いていた赤ん坊を助けるために。
彼女には寂しい思いをさせているのだろう。届かない謝罪を口にする。
ずっと寝ている訳にもいかない。重い体を動かし、起き上がるが、自分が裸なのに気づき、部屋を見渡す。
クローゼットらしきものがあり、そこに向かおうとしたが、クローゼットが独りでに開いた。
「!」
クローゼットの扉が開いたときに、人影を見た気がした。
誰かいるのかと部屋を見渡すが、誰もいない。
クローゼットの中には服がぶら下がっている。着るものがあるとベッドをおりようとしたが、服が自分の横にいきなり、現れた。
クローゼットの中にあったものがここまで、突然、移動したのだ。
白い手がまた見えた。この部屋には何かがいるのだ。
「誰だ!?」
部屋に自分の声が響く。
何か反応があるものかと、辺りを警戒していたが。
「!」
こちらに向かってくる足音が耳に届く。扉の向こう側から。
その扉を睨むように見つめていると、凄い勢いで扉が開いた。
「ジョジョ!」
そこにいたのはディオ・ブランドーだった。首から下が有り、二本の足で立っており、その腕には子供が抱かれていた。黒髪の少年は幼い頃の自分に似ている気がする。
いきなり現れた死んだはずの義兄弟と見知らぬ子供、そして見えない何者か。
一度に入ってきた情報に頭が考えることをやめ、何も反応できずにいた。
「ようやく起きたな。この寝坊助め」
近づいてくるディオをただ見ていた。何かしなくては――彼は自分を殺そうとしたのだから、危害を加えてくるはずだ。
突然、自分の視界が青白くなった。目の前にあるのは誰かの背中だ。
「きさま、消えていなかったか」
見上げる長身となびく黒髪。どこか戦士を思わせるその姿。
「スタープラチナ」
ディオは彼をそう呼んだ。宙に浮いているその人は人間ではないことを物語っていた。
「まだ、その身体にしがみついているのか」
彼の後ろに黄色の肌をした、屈強な男が現れた。それはスタープラチナと呼ばれたものと同じだということが、瞬時に理解できた。
スタープラチナはその男に対して、殴りかかったが、それはいなされ、首を掴まれた。
自分の首も絞められていく。まるでスタープラチナと同じように首を掴まれているようで。
「消えろ。おれはジョジョに用がある」
スタープラチナは音もなく消えていった。彼がいなくなったと同時に首を締められることもなくなる。
「ごほっ……はっ……」
「……ああ、今やおまえのスタンドか。大丈夫か?」
すぐ横でベッドが軋み、沈んだ。背中をなでられ、隣を見るとディオが自分の背をなでていた。労るように優しく。それが酷く恐ろしい。
彼の手が背を離れると、彼は抱いていた子供に耳打ちし、彼をベッドにおろす。その子は背中に回ると小さな手で背をなでた。一生懸命、背をなでている。
「ディオ……この子は?」
「おまえとわたしの子だよ」
その言葉を理解はできなかった。
子供の名前はジョルノ。あまり喋らないらしい。
最近、引き取ったという。
その子にはジョースターの血統を表す星の痣が首のところにあった。
自分が孕ませたのだろうか、知らない間に。いや、しかし、ディオは自分との間の子供だと言った。
混乱している自分に追い討ちをかけるように、自分たちが生きていた時代から百年経っていることと、ディオの体が元は自分のものだということを明かしてきた。
彼の首にはジョルノと同じ場所に星の痣があった。
今の自分の体にも彼と同じ、首の付け根に星の痣があった。空条承太郎という自分の子孫の肉体だと言う。
「ジョセフ・ジョースターは血を吸って殺してしまってな。まあ、少し小さくなったが、若い方が馴染むのも早いだろう」
彼は自分の血縁者であろう者を、二人も殺しているのだとわかった。また身勝手な理由で。
「君はぼくに飽きたらず……!」
彼の手が口を塞ぐ。静かにしろと。近くのベッドではジョルノが昼寝をしていた。
寝ている子供がいるところで話す内容ではないだろうが、彼を一人にするのも不安だった。
「ジョースターたちがわたしを殺そうとしたのでな。正当防衛だ」
笑う彼は自分の怒りも受け流し、説明を続ける。
不思議な力、スタンド。突然、現れたスタープラチナや彼のザ・ワールドはそう呼ばれるらしい。
スタンド能力は彼の、いや、自分の体を通して、ジョースターの子孫たちに力を発現させたらしく、その力に逆に蝕まれた人がいたらしい。
その人物を救うためにディオを倒すために、遠い国から彼のがいるエジプトまで来たと。
「わたしはジョースターの血が欲しくてな……そして、おまえの体が必要だった」
首だけの自分は、ディオが避難した棺の中に一緒に入り、その中で彼の血も中に入り込んだらしく、ディオが目覚めたとき、自分は生身を保っていたという。
自分に合う体をずっと探していたが、ジョースターたちが来ると聞いて、彼はまたとない機会だと思ったと。ジョースターの体なら馴染まない訳がない。
「承太郎たちがいた日本に行ってみたが、倒れたジョースターの女は死んだとさ」
ジョセフの妻も、夫たちが亡くなったことが堪えたらしく、床に伏せて生死をさ迷っているという。
もうジョースターの血族は自分とジョルノ、そして、体を持っているディオだけ。
百年前、あの船の中で彼を殺していれば、こんなことにはーーと遅すぎる後悔をしていた。
「ジョルノに会ったのは偶然だ。わたしはジョースターの居場所なら大まかに分かってな。ジョースターの存在を感じて、そこに行くと、あいつが真夜中に外に放り出されていたよ」
ドアの前で踞る彼を不憫に思ってと彼は言う。
「女は金を見せたら、喜んであいつを引き渡してきた。邪魔だったらしいな」
親が子供を捨てる。珍しい話ではないが、やはり胸が痛む。
「ジョルノは……君の子供なんだろう?」
今の話を聞いていたら、彼の子供で母親はいるらしい。
「この体で作った子供だ。おまえの子供とも言っていい……が、ジョルノは幼いからな……おまえは叔父と伝えておこう」
彼はジョルノに視線をやる。自分も彼を見ると、ジョルノは起き上がっていた。
「パパ」
彼が喋った。ディオは立ち上がり、彼に近づいていくが、話しているのは英語ではない。彼もその言語を喋っている。
彼を抱きかかえ、ディオは戻ってきた。
「話し声で起きたらしい」
「今の……言葉は」
「日本語だ。こいつは今、これしか喋られないのでな。英語は教えているが、まだまだだな」
彼はジョルノに向かって日本語で何か話していた。聞いても、なにを喋っているかわからない。
ディオが話終えると、ジョルノがこちらをまっすぐ見る。蒼い目は、自分の目の色とよく似ていた。
「ぼく、は、ジョルノ。はじめ、まして」
たどたどしい英語だった。英語で挨拶しろとディオが言ったのだろうか。
「はじめまして、ジョルノ。ぼくはジョナサン・ジョースターだよ。よろしく」
笑顔を向けて、手を差し出すと、彼は手とディオを交互に見る。
ディオがなにか耳打ちすると、ジョルノは小さな手で指を握ってきた。そこくらいしか、握られないと判断したのだろう。
「ジョナサン、よろしく、おねがいします」
英語で挨拶し、彼は頭を下げた。
ディオは笑顔でジョルノの頭をなでる。言葉はわからないが、ほめているのだろう。ジョルノは照れながらも嬉しそうだ。
こうしていると、どこにでもいる親子だ。彼が人間ならば、何も思わなかったのに。
「さて……二人きりで話そうか」
ディオはこちらを見て、不敵に笑う。その笑みに寒気がした。
ジョルノはディオの仲間に隣の部屋に連れていかれていく。寂しがるなと言うようにジョルノの額に口づけをし、ディオは見送った。
扉が閉まり、二人っきりとなる。
「なぜ……ぼくをよみがえらせたんだ」
ずっと聞きたかったことだ。ジョースターの血族さえ犠牲にし、殺したいほど憎み、殺した相手なのだ。理解ができない。
「おまえの全てが欲しいからだ」
真っ直ぐに自分を見て、ディオは答える。
「身体を手に入れた……が、それしか手に入れられなかった。わたしは、おまえの全てが欲しかったんだ」
伸びてくるのは自分の手。それが、ひどく恐ろしく、鉤爪をもった化け物の手に見えるのは、幻覚だろう。
「おれのものだ、ジョジョ」
腕を掴まれ、見た目と感触の差に混乱する。紛れもなく人の手だ。
しかし、腕を掴む力は凄まじく、腕を握りつぶされるのではないか──ごとりと腕が床に落ちる音が聞こえたような気がした。
腕を引っ張られ、ディオがそばにやってくる。
「すべて、な」
顔が近づいてきて、なにをするのだろうと、見ていると、視界が金色になり、唇になにかが触れた。
なにをされたのか、わからない。傷つけられてはいない。唇に痛みはない。触れても血も出ていない。
「なにを……したんだ……?」
「なにもしていないさ」
彼は笑う。
「ザ・ワールド」
スタンドが現れ、静寂に包まれる。空気の流れも止まったように感じる。
「なにか……」
「おまえは、動けるのだな」
スタンドが拳を引き、身を捩ったのが見え、殴られるのだとわかり、防御体制を取ると、目のまえにスタープラチナがあらわれ、ザ・ワールドの拳を弾く。
「そいつは承太郎では、ないぞ。亡霊め」
スタープラチナは、ディオへと殴りかかる。自分は違うと言うように。
ザ・ワールドが応酬するよう、その拳を弾いた。拳と拳がぶつかりあう。自分はそれを見ることしかできない。その衝撃が、自分の手に伝わってきた。
しかし、スタープラチナの拳が弾かれ、腹部が殴られる。その衝撃はスタンドを通じ、自分に痛みをもたらす。
「ぐっ……」
スタンドは一心同体。彼の受けたものは、共有してしまうのだ。首を絞められたときのように。
ザ・ワールドは胸部を殴る。その痛みと衝撃でベッドに倒れこんでしまう。
「がっ、はっ……」
ぼやける視界でスタープラチナが消えていくのを見た。その背中からは、悔しさが滲んでいるのがわかった。彼は承太郎のスタンドだ。
自分の本当の主を奪ったものに、また負けているのだ。その気持ちは計り知れない。その気持ちというものがスタンドにあるのか、わからないが。
起き上がろうすれば、ディオが自分の体に股がる。
そのことに、幼いころの喧嘩を思い出す。自分が怒りに任せ、ディオを殴ったときのことを。
一方的に殴られる──と痛みに身構えたが、ディオは着ている服のボタンを上から外していく。
「え?」
殴られると決めつけていたため、予想外のディオの行動をただ見ていた。ボタンを一つ一つ、丁寧に外し、シャツを割り開いていく。
「ディオ?」
なにをしているのかと、彼の名前を呼んだ。彼の意図が読めない。
戸惑う自分の体を彼の手がなでていく。肌の感触を確かめるように。
「言わなければ、わからないか?」
肌を伝ってディオの手が、ズボンへと入り込もうとしていき、必死にその腕をつかんで止めた。
「ぼくは、男だ!!」
「それがどうした」
自分に向けられる欲に恐怖する。ここには、助けも逃げる場所さえない。
「君に、そんな趣味が……」
「おまえだから、だよ。ジョジョ。おまえの全てをおれのものにするためだ」
彼は自分の尊厳さえも奪っていくのか。身体も命も奪ったというのに。
「や、めてくれ……」
弱々しい制止は、シーツの上に転がり、ベッドの下へと落ちていく。
服が取り払われていく中で、自殺という言葉が頭に過る。凌辱されるくらいなら、自分で死んだ方が──それが、神に赦されないことだとしても。
まだ身体は馴染んでおらず、不死ではないと彼は言っていた。それを信じるなら、今、何かしらで心臓や脳を破壊すれば。
ベッドの近くに置いてある燭台が目に入る。
いきなり、目が手で覆われる。
「おまえが死んだら、ジョルノをおまえの代わりにしてやろう」
囁かれた言葉に身体が硬直する。
「あいつは無垢な子供だ。わたしがなにをしようと受け入れるだろうな」
子供にとって親は絶対だ。どれだけ、それが間違っていることだとしても、幼いジョルノがそれに気づけるのか。
「おまえとそっくりな顔でよく似た声をあげてくれることだろう」
「ディオ……!」
視界を覆う、手をつかんでひきはがした。そこには、爛々とした目があった。
吐き気を催す邪悪とはこのことを言うのだろう。実の親が、血が繋がっている子供にすることではない。
しかし、ディオは自分がいなくなった後に、自分の代わりをジョルノに押しつけるのだろう。それは、なんとしても止めなくては。
自分のせいで犠牲を新たに生み出したくはない。
「ぼくはなにをされても受け入れる。だから、ジョルノには……」
「おまえがわたしのそばにいる限り、そんなことはしないさ……おまえがいれば、な」
ディオの手が胸から腹をなでていく。
「大丈夫さ。優しくしてやる」
シーツをつかみ、自分さえ我慢すればいいのだと言い聞かせて、ディオを受け入れた。
ジョナサンは新しい服に着替えつつ、後悔していた。
ディオを自分は嫌々、受け入れた。
そのはずだが、ディオの手によって、深いところまで暴かれ、注がれた快楽に理性をなくした。
最後は自分が──と頭を過った淫靡な光景に目眩がした。
「どうした? 眠いのか?」
俯いていると、腰に手が回ってきて、ディオが密着してくる。彼はまだ上半身は裸で、触れあう肌に身体を重ねたことをありありと思い出し、彼の手から逃れる。
「おやおや、どうしたんだい? ジョジョ」
クスクスと彼は笑う。からかわれたのだと理解し、睨みつけていると。
「!」
微かに泣き声が聞こえてきた。
「また泣いているようだな」
ディオにも聞こえているようで、下半身だけ衣服を身につけ、部屋を出ていく。慌てて、自分は彼を追いかける。
彼を追いかけていると、泣き声が近くなってくる。この声は、ジョルノだろうか。
ある部屋の扉をあければ、おもちゃが散らばる部屋だった。
ベッドにはたくさんのぬいぐるみが置いてある。
先ほど、ジョルノを連れていった人が、ジョルノを抱いていたが、彼は大声をあげて泣いている。
「DIO様……ジョルノ様が……」
腕に抱かれたジョルノが宙に浮く。いや、スタンドに抱えられ、ディオの腕の中に移動した。
彼は泣くジョルノの背をなでながら、言葉をかけている。自分が聞き取れない言語なので、日本語だろう。
すると、だんだんとジョルノは泣くのをやめ、すやすやと寝息をたて始めた。
「なんで、泣いてたんだい?」
「黒い人がやってくるんだと。悪夢でも見たんだろう」
ディオはそう言いながら、彼の濡れた頬を拭っていた。
夜になると、ジョルノはよく泣いているという。こうして、泣き止ますのも何度もしたと。
「手のかかる」
彼はそう言うと、ぬいぐるみをスタンドでどけ、ジョルノをベッドに横にする。
そのまま、離れようとするので、一緒に寝てあげてはどうかと提案した。彼はこれ以上、泣くことはないと言ったが、ジョルノは寂しいから、泣くのかもしれないと反論する。
「だって、昼寝していたときは、泣いていなかっただろう? 君が近くにいたからだ。ジョルノは君と一緒にいたいんだよ」
その言葉を聞いたディオは何やら考えているようだったが、こちらを見る。
「では、おまえも一緒にだ。ほら、寝るぞ」
「ぼく、も?」
彼はぬいぐるみを床に転がすと、ベッドに横になり、手招きする。
「…….わかった」
自分は反対側にいき、ジョルノを挟んで、眠ることになった。
「まだ恥ずかしいのか?」
愉快そうな声に彼を睨んだが、怖い怖いと流される。
「……良い夢をジョルノ」
睨むのをやめ、彼の頭をなでると、自分にはないあたたかさが手に伝わってくる。この小さなぬくもりを守るためなら、自分はディオになんでも捧げよう。
今日から、奇妙な生活が始まる。