依存
いつものように朝を迎え、準備を終え、ジョナサンは朝食を食べようと食堂に向かった。
自分の席に座れば、朝食が運ばれてくる。
「あれ、ディオは?」
彼がいつも座る向かいの席には誰もいない。自分より遅いとは珍しい。
「ディオ様は、昨日から勉強会では?」
料理を運んできた使用人が答えて、彼がいないことを思い出す。昨日、見送ったではないか。
勉強会は、希望者だけを集めて、行われる。それは、缶詰状態で一日中、勉強をするだけのものだ。
学力を伸ばしたいと、ディオは参加を決めた。自分は、そこまで勉強をしたくはなかったし、家でもできるのだからと、参加はしなかった。
きっと、彼は自分といたくないのだろう。彼の学力は申し分ない。本当は、参加しなくてもいいのだ。
一緒にいて、前のような嫌がらせはないとはいえ、笑顔で接してくる彼を未だに信用はしていない。
それを彼も分かっているのだと思う。
「いただきます」
父も仕事でこの家にはいない。
一人、寂しく朝食をとる。
一人で食べるのは、久しぶりだった。
自室で勉強していると、分からないところがあり、止まってしまう。頭をひねっても、答えは導かれず、ディオに聞こうと立ち上がり、ノートと筆記用具を持ち、彼の部屋へ行こうとしたが。
「……いないんだよね」
そう呟き、持っていた荷物を机に放り、椅子に座る。
分かっているはずなのに、彼がいると勘違いしてしまう。
ずっと一緒にいるのが、当たり前だった。どんなに仲が悪くても、気にくわなくても、喧嘩をしても、この屋根の下で過ごして、ときには勉強を教えてもらったり、一緒に食事をしたり。
勉強をする気がなくなり、ベッドに向かう。
広いそこに、横になり、目をつむる。
早く日が経てばいいと。
ディオは、馬車の窓からジョースター邸が見え、少し気が休まるのを感じた。
勉強会は有意義なものだったが、他人と寝食を共にするので、気が休まらない。
それは、帰る屋敷も同じだが、あそこには自分だけの空間が確保されている。
しかし、なぜか、今、苛々している自分がいる。理由は分からない。屋敷を離れてから、少し経ったときに、それは始まった。過ごす環境が変わったせいだろうか。
早く自分の部屋で一息つきたい。そうすれば、この苛々もなくなるだろうから。
あと、ジョナサンもからかってやろう。数日ぶりだ。思う存分に。
馬車が屋敷に着き、荷物を持ち、馬車を降り、玄関の扉を開ける。
「ただいま、みんな」
出迎えるのは使用人だと思っていたので、笑顔の仮面をかぶっていたが、出迎えたのはジョナサンだった。別に仮面をしなくてもよかったと思っていると、温もりに包まれた。
「……!」
「おかえり、ディオ!」
ジョナサンが抱きついてきたのだ。突然の行動に動揺はしていたが、その体を抱き返したくなってしまう。数日だけ会っていなかっただけなのだが、この匂いや体温がとても懐かしく――。
「ぐっ……!」
そんな気持ちは、すぐになくなった。
太い腕が自分をしめていく。あまりの力強さに、このまま潰されていくのではないかと、焦り始める。
「おい、おれを殺す気かッ!」
声をあげれば、彼は気づいて、抱擁をとく。
「ご、ごめん。大丈夫かい?」
申し訳なさそうに心配する彼を睨む。
「大丈夫じゃあない……なんだ、いきなり」
帰ってきたら、早々、抱きつかれるなど。
「君が帰ってくるのを、ずっと、待ってたんだ」
その声は、とても弱々しい。
「ディオがいないと、食事も寂しいし、勉強も進まないし……」
まるで、小さな子供のようだ。そんな歳ではないはずなのに。
「まだまだ、子供だな、ジョジョ」
あやすように、頭を撫でてやると、彼は少しだけ、驚いていたが、とても嬉しそうに笑う。
素直に受け入れているのが、気に食わなく、すぐにやめた。
「ああ、お帰りなさい、ディオ様」
騒いでいるのが聞こえたのか、使用人たちが部屋に入ってきた。それに、言葉を返し、持っていた荷物と着ていた上着を脱ぐ。
それを持って行くのを眺めていたが、自分の部屋に行こうと、階段を上がろうすると、腕を掴まれた。
「ディオ」
見られただけで、彼が言わんとしたことが不思議と分かった。
「このあと、勉強をみてやるよ、ジョジョ」
だから、腕を離してくれないかと言えば、彼は驚いていたが、腕を離し、何度も頷くと、自分を追い越し、部屋に帰っていく。
気づけば、苛々もなくなっていた。
嫌でも、この家を自分の帰る場所だと、認識しているのだろう。
近い未来、自分のものになるのだから良しとしよう。邪魔者を排除した後に。
だから、今は我慢すべきなのだ
友好的な関係を築き、油断させるためには。
勉強を教えてやるのも、その一環。
階段を上っていけば、勉強道具を取ってきたジョナサンが早く早くと急かす。
本当に子供みたいだと笑い、彼と共に自分の部屋へと入った。