祝いの言葉
「起きろ」
ベッドで寝ていたら、いきなり、かぶっていたものを取られ、ジョナサンは重い瞼を開けた。
「なに……?」
ぼやけた視界にうつる金。声とそれで誰かは判別できている。
「でかけるぞ」
「いって……らっしゃい……」
手を振り、また目を閉じる。昨夜は課題で寝るのが遅かったのだ。朝食を作ってから寝たし、ジョセフは春休みでディオも休みだと聞いている。自分も大学はない。
「貴様も行くのだ、起きろ」
「なんでさ……」
でかけるなら、一人で行けばいい。自分は、今日は昼過ぎまで寝る予定なのだ。連日、睡眠時間を削ってやっていたものが、ようやく終わり、睡眠を貪ることの幸せを享受しようというのに。
「おい、ジョジョ」
苛立ったような声が耳に届く。
枕に顔を埋め、拒否を態度に示すと、髪をかきあげられた。
「……!」
首を噛まれ、目を開けるしかなくなった。
やめさせようと、手をそこにもっていくが、ディオは離れていった。
痛みと驚きで睡魔も飛びさり、起き上がって彼を見る。
「な、何をするんだ!ディオ!」
「貴様がさっさと起きんからだ」
噛まれたところを触ると、歯形が残っているようだ。
それをしたディオは、人のクローゼットを勝手に開け、服を取り出していた。
「着替えて、おりてこい」
服をこちらに投げると、部屋を出ていく。
「まだ行くって言って……」
扉が閉められ、その言葉は届かなかった。
彼の中では、自分とでかけることは、決まっているようだ。
「もう!」
待たせると、次は何をされるか分からない。
時間を見れば、昼は過ぎていた。
もしかしたら、彼は起きてくるのを、待っていたのかもしれない。
そんなわけないかと笑い、準備をしようと立ち上がった。
ディオに連れ出されたのは、近所の携帯ショップだった。
携帯くらい一人で買いに行けばいいのにと思いっていると店員に予約した物をと、ディオが話しかける。
カウンターへと案内され、置かれたのは、彼が持っているものと色違いのスマートフォンだった。
「あれ?買い換えるのかい」
「これは、君のだよ。ジョジョ」
猫をかぶって言われた言葉に驚いた。
「君の持っている携帯、古いだろう?」
自分が持っているのはガラパゴス携帯だ。知り合いからも、スマートフォンに変えないのかと、よく言われたが、必要性は感じられず、ずっとこれだった。
「買うお金が……」
いきなりのことで、持ち合わせを持っていない。
「私が払うから」
意外な言葉に驚き、彼に真意を聞こうとしたが。
「お客様、プランはどうなさいますか?」
「あ、はい……」
店員に話しかけられ、それはできなかった。
携帯ショップの帰りに喫茶店によることになり、そこで、携帯を買ってくれたのは、なぜかと聞くと、ディオは面喰らったような顔をしていた。
「……忘れてるならいい」
「何を?」
彼に何かしただろうか。携帯を買うなんて、約束もしてないはずだ。
「そんな気分だった……そんなところだ」
そう言うと、彼は携帯を取り出し、何やら操作を始めた。
これ以上、聞いても無駄だ。
自分は、何を忘れているのだろうか。
必死に思い出そうとしていると、名前を呼ばれた。
「これの操作の仕方は分かるか?」
スマートフォンを振りながら言われ、ポケットに入れていたそれを出す。
「うーん、なんか慣れなくて……」
今まで、ボタンだったのが、タッチパネルだ。
慣れていないだけだろうが、あまり思い通りに操作できず、設定は一通り、ディオがやってくれた。
「指でするだけだぞ」
「そうなんだけど」
そこから、ディオにみっちりと操作の仕方など教えられ、そこに数時間、長居してしまった。
「早く帰らないと」
「急いでいると、ころぶぞ」
もう、陽は落ちようとしていた。
帰って晩御飯の用意をしなければ。昼食も作っていない。
夜くらいは、ちゃんと作らなければ。
そういえば、今日は何も食べていない。時間のリズムが狂ったのか、空腹は今ごろ来ている。
家に着き、扉を開けた。
「ただいま……」
静かだ。ジョセフは帰ってきていないのだろうか。
彼を今日は見ていない。ディオに聞いたが、遊びに行っているのだろうと、返ってきた。
リビングへと続く扉を開ける。
「誕生日、おめでとう!ジョナサン!!」
いきなり、明かりがつき、クラッカーの音と、紙吹雪が舞い落ちる。
そこにいるのは、ジョセフとシーザー、承太郎に徐倫もいた。
「驚き過ぎて、声も出ないかー!やったかいがあったもんよ」
「誕生日……?」
「ジョナサンさん、今日、誕生日ですよね」
壁にかけてあるカレンダーを見ると、四月四日にマルが書かれていた。新しいスマートホォンを取り出し、見てみると、日付は自分の誕生日。
「本当に忘れていたのか……」
呆れた声が後ろから、聞こえた。
「もしかして……」
あれを買ってくれたのは、誕生日プレゼントだったのか。
「それ意外に何がある」
「ジョナサン、自分の誕生日、忘れてたの?」
おかしそうに、徐倫が笑う。
「最近、日付なんて気にしてなかったから」
課題に追われ、今日が何日なのか気にしていなかった。
「徐倫とシーザーが飯、作ってくれたんだぜ」
ジョセフに腕を引っ張られ、テーブルの前へと連れていかれる。
そこにのるのは、豪華な食事の数々。真ん中には、ケーキがある。
「凄いね」
「ジョナサンの料理には負けるかもしれないけどね。あ、ケーキだけは買ってきたやつだから」
「徐倫と二人で頑張りましたよ。他二人はつまみ食いしかしませんでしたけど」
二人に見られているジョセフは、知らないと言うように、あらぬ方向を見ており、承太郎はつばを下げ、視線をあわさないようにしていた。
「始めないのか」
ディオの言葉に、始めようと口々に言うと、席へと案内され、目の前にケーキが移動された。
皆が着席し、ろうそくに火を付けると、電気が消され、暗くなる。
定番の歌を歌い出す。名前を呼ばれ、嬉しいと感じると共に少し照れ臭く感じた。
歌が終わり、ろうそくを吹き消せば、拍手がわき起こる。
電気が付けると、ケーキが一時、そこから移動すると、料理の分け合いが始まった。
「シーザー、それとってくれ!」
「届くだろ。自分でとれ、スカタン。ジョナサンさん、おれがとりますよ」
「じゃあ、そのピザと……」
「徐倫、わたしがとってやろう」
「あ、ありがとう」
「いや、おれがとる。何がいいんだ?」
視線だけで、喧嘩している承太郎たちにハラハラしながら、シーザーに取ってもらった料理を一口、食べる。
二人にとても美味しいと伝えると、照れた様子でそんなことはないと笑った。
本当においしい。自分のために作ってくれたものがまずいはずがないのだ。
テーブルにのっていた料理が少なくなってきた頃、ジョセフからラッピングされた袋を渡された。
「誕生日おめでとさん!おれとシーザーから」
「おめでとうございます」
祝ってくれるだけで、充分だったが、それをありがたく受け取る。
「ありがとう、開けてもいいかい?」
「ああ!」
袋を開けると、中に入っていたのは、マフラーだった。
「季節外れだけどさ、ジョナサン、この前、マフラーがボロボロで捨てただろ?寒くなったら使ってくれよ」
「違うものがいいと言ったんですけど、こいつ譲らなくて」
「ありがとう、シーザー、ジョセフ」
「ジョナサン」
承太郎が、こちらもラッピングした袋を差し出していた。
「あたしと兄さんからよ」
お礼を言い、受け取る。ジョセフたちと同じよう、開けていいか聞くと、二人は頷いた。
プレゼントは、ハンカチだった。
「何がいいか分からなかったから……」
「実用的なのが一番だぜ」
「ありがとう、承太郎、徐倫」
笑顔を向ければ、二人は嬉しそうだった。
「ディオはプレゼントしないのかよー?」
ジョセフがニヤニヤしながら、ディオを見る。
「ふん、もう渡してある」
「これ、買ってくれたんだ」
スマートフォンを見せると、ジョセフは驚いていた。
「お前、渡さないとか言ってたじゃねーか。ジョナサンを連れ出せって言ったときも渋々だったし」
「気が変わった」
気になり、皆に聞いてみれば、自分を驚かすために、秘密裏にこれを計画していたらしい。
ディオが自分を家から連れ出したのも、密かに用意をするためだったらしい。彼が誰かと連絡をとっていたが、その相手はジョセフだろう。
「料理とかケーキの金は、スピードワゴンからだぜ。仕事で行けないから、それくらい協力するってよ」
「スピードワゴンが?お礼、言わないと……」
電話をしようとしたが、その時、携帯が鳴り、メールを受信したことを伝える。
開くと、それはスピードワゴンからの誕生日メッセージだった。
行けないことの謝罪と、祝いの言葉が綴られていた。
それに返信しようと、操作するがうまくいかない。
「まだ慣れんのか」
「まだ無理だよ」
ディオが横に来て、覗きこんでくる。
自分が悪戦苦闘しているのを、楽しそうに見ているのが分かる。
ようやく、返信を終えた時には、料理は全て無くなっていた。
ケーキを食べ終え、片付けをしようとしたが、今日は主役なんだからと止められてしまった。
シーザーと徐倫が台所に立ち、片付けをして、ジョセフと承太郎はテレビゲームをしている。
自分は白熱しているゲームを見ていた。
ディオも自分の横でそれを見ているようだった。
「甘いぜ、ジョセフ」
「油断してっと後悔するぜ〜、承太郎」
「まだやってるの?」
「よく飽きないな」
徐倫とシーザーが台所から出てきた。
「二人ともありがとう、お疲れさま」
これくらいと二人は笑う。
二人はゲームをしている二人の横に行くと、それぞれの応援を始めた。
ゲームの勝負は未だに決着が着いていなかったが、そろそろ承太郎たちは帰ったほうがいい時間になり、引き分けという形で勝負を終わらせた。
徐倫と承太郎を総出で見送る。
「今日はありがとう、承太郎、徐倫」
「承太郎、次に勝負した時は決着つけような!」
「帰り道、気をつけろよ二人とも」
「補導されるなんて、マヌケなことはされるなよ」
玄関の扉を開いた二人は、こちらを向き、少し頭を下げた。
「今日は楽しかったわ!じゃあね」
「じゃあな」
手を振ると、徐倫は元気よく手を振り返してくれた。
二人を見送った後、シーザーは家に泊まることになり、徹夜でジョセフとゲームをするらしい。
春休みなので、止めはしないが、ほどほどにと言い、自分の部屋にプレゼントを持って戻ることにした。
「ジョジョ」
階段を上がっていると、ディオに呼ばれ、足を止める。
「なんだい?」
彼はジッとこちらを見つめたまま、何も言わない。
なんだろうと首を傾げる。
「あ、誕生日プレゼントありがとう!」
彼にはお礼は言ってなかったような気がする。
それだと判断したが、ディオはあまり反応はしなかった。
ありがたく思えか、このディオがあげたのだから、大切に使えとなどと言われると思ったのだが。
ディオはこちらにやってきて、顔を近づけてきた。
呟くように言われた言葉に、驚いて固まる。
押し退けられ、自分の隣を通って彼は階段を上がっていった。
振り返ると、彼はいなかったが、扉が閉まる音が聞こえた。
「おめでとう」
彼から祝いの言葉をかけられるとは。
素直に嬉しくて、頬がゆるんだ。