太陽と月
DIOが目を開けると道の真ん中に立っていた。その道はまっすぐ延びていて先が見えない。
見上げると空は青い。懐かしい太陽。まがいものなのだと瞬時に理解した。吸血鬼の自分が消滅せずにいるからだ。
ここは死後の世界というものだろう。自分で歩けというのも不親切だ。自分が向かう先は決まっているというのに。
ここで立っていてもなにも変わらないと歩き出す。
まさか、自分が負けるとは。ジョースターに二回も敗れたことになる。いつだって彼らは自分の行く道を阻むものだった。
世界を支配する力をもってしても――彼らには敵わなかった。ここまでいけば、呪いのようだ。身体を奪ったジョナサン・ジョースターの。これが子孫たちを自分のもとへと呼び寄せたのだから。
耳が音を拾い、立ち止まる。後方から、車輪が転がり、馬がかける音。段々と近づくそれに振り返ると、こちらに馬車が向かってくるのが見えた。
懐かしい。目覚めた未来の世界では馬車は廃れ、様々な乗り物で溢れていた。
待っていると馬車は自分の前で止まった。馬を操る人間はいないが、独りでに扉が開き、乗れと言われているのだと思った。
歩いているよりは楽だと、それに乗り込もうとしたが、中には先客がいた。足掛けに足をかけて止まってしまった。
「座らないと、いつまで経っても動かないよ」
早くと促す男はジョナサン・ジョースターだった。
なぜ、彼がここにいるのか。身体はここにあるし、彼はとっくの昔に死んだ。自分が殺したのだから。
警戒しながら、彼の向かいに座れば、勝手に扉が閉まる。ゆっくりと馬車は動き始めた。
「やあ、久しぶりディオ」
「ああ、久しぶりだな、ジョジョ」
彼はにこやかに言葉をかけてくる。父と自分を殺し、身体を奪ったものに。
「少し雰囲気が変わったね」
「きさまは全く変わらんな」
「ぼくは死んだときのままだからね」
やはり、ここは死後の世界なのだ。
現世では彼が呼び寄せた子孫に殺された。その執着はまるで呪いだ。そう、自分は彼の呪いで殺されたのだ。
「ぼくの子供に会ったよ。驚いてしまってさ。ぼくに瓜二つだったから……でも、利発そうなところはエリナに似ていて……」
自分の子供のことを話す彼は嬉しそうだった。本来は会うことすら敵わなかったはずなのだから、その反応は至極当然なのだが。
「彼は……君が作ったゾンビに殺されたんだ」
嬉しそうな顔は悲しそうな表情に変わる。
「なんだ、謝罪でもしろと? きさまらが殲滅していればよかったものを」
元凶は他ならぬ自分だが、自分が作ったゾンビが、自分が眠った後に何をしようが知ったことではない。
「君は謝らないだろう?」
「ああ」
「ぼくが君の分まで謝ったよ。言葉でしか伝えられなかったのがもどかしかったけれど。彼はぼくのせいじゃあないと言ってくれてね……」
彼の子供自慢を聞いて、うんざりとしていたが、その言葉を遮る。
「息子と一緒にいかなかったのか?」
「ああ、エリナを待っていてくれって頼まれてたんだ」
「おまえは――なぜ、まだここにいる?」
その言葉通りなら、彼はエリナを待っていたはず。
そして、彼女は寿命で死んでいるはずなのだから、会っているはずだ。
「君がぼくのことを呼んだからさ」
自分は生き返り、彼に会ってはいない。
「呼んでいない」
「いくなって君が言ったんだ」
「言うはずがない」
「おれを置いていくのかって」
「幻聴だろう」
「ぼくに何度も呼びかけてきたんだ――君は」
戯れ言ばかり吐く口をふさごうと、手を伸ばすが、その手に彼の手が触れ、そのあたたかさに動きをとめてしまった。
「君がまだ死んでないってわかって」
手が握られる。
「エリナには先にいってもらった」
彼はなぜか、笑みを向けてくる。彼は立ち上がり、自分を抱きしめてきた。
「君を待つ百年は長かったんだよ、ディオ」
久しぶりの彼の体温に、突き放すことはできずに、自分は彼の背に手を回す。
満足している自分がいた。触れる彼の身体はあたたかく、自分の今の身体とは違う。忘れていた体温だ。
そのとき、馬車が止まった。ジョナサンが抱擁をといたため、自分も離れる。
馬車の扉は開いている。
「さあ、行こう。終点にご到着だ」
ジョナサンは自分の手をひき、馬車を降りていく。
馬車を降りると、下へと続く階段がそこにはあった。
続いている馬車は察しがつく。自分がいく場所、ジョナサンが行くはずではなかった場所。
握られている手を握り返す
「もう離してやらないからな、ジョジョ。覚悟しろよ」
「覚悟なんてとうの昔にしているさ」
階段を一緒に下っていく。
自分たちは二人でひとりだ。離れることなどできはしないのだ。