愛憎
首だけのジョナサンを彼の元の体に近い体を選んで、吸血鬼として復活させたが、体が馴染んでいないのか、寝たきりとなってしまった。
憎いはずのジョナサン・ジョースターをなぜ、殺さないのかと部下たちには言われたが、自分と生きているこそが、彼にとっては生殺しの状態だからだ。
目覚めた時の彼の絶望した顔は、とてもとても良い顔だった。
今、思い出しても笑えてくる。
しかも、動けない彼は自分を頼らなければ、何もできない。
周りには、誰も彼に手を貸してはならないという命を下したからだ。
悔しいだろう。忌々しいだろう。
死ぬこともできず、苦しみながら生きているその様は、自分を満たしていく。
「ジョジョ」
ベッドに寝転ぶ彼の名前を呼んだが、返事がない。
近づき、彼を見れば、目を閉じていた。無視をしているのだろう。狸寝入りなのは分かった。抵抗など無駄なのだ。
「しょうがない、起こしてやろう」
顎を持ち、口を口で塞げば、声が漏れる。
「目が覚めたか?プリンセス」
笑顔で問えば、睨みつけてくる。やはり、起きていた。
「返事をしないお前が悪いんだぞ、ジョジョ」
「ディオ、ぼくをころ……っ……」
首を締め、その言葉を潰す。
「その言葉は聞き飽きた」
口を開けば、殺してほしい、死なせてくれと、馬鹿の一つ覚えのように繰り返す。そんなことは、神が許しても自分が許さない。彼は永遠に自分のそばにいるのだ。
甲斐甲斐しく世話をしている自分に感謝する言葉を一つや二つ、吐けばいいものを。
「さて」
首を締めるのをやめれば、苦しそうに咳をする。
「本の続きでも読もうじゃあないか」
机に置かれている本を持ち、彼に寄り添うように横になる。まるで、子供が寝る前に本を読む母親のように。
しおりが挟んでいるところを開く。
ジョナサンが暇だろうと、用事がないときは、彼のために本を読んでいる。本が好きなのは相変わらずで、体が動かなくても、どうにか読もうとしていたくらいだ。
読んでいるのは、ただの小説だ。館にあったものを適当に持ってきただけ。
「約束がある。そう言った彼は外に行ってしまった。雨が降っているのに、傘は玄関に置かれたまま――」
活字から視線を彼に向ければ、恨めしそうにこちらを見ていた。
お前のために読んでいるのだと、その頭を抱き寄せ、また視線を本へと移した。
ダービーは主の部屋の前を通った時に、何か落ちた音を聞き、足を止めた。
重量があるものが落ちた音だった。
今、この部屋には、一人しかいないはずだ。主人が出かけていったのを見送ったのだから。
主人の大切な人には、あまり接触をしないようにと命を受けていたが、その人物に何かあってもいけないだろう。
ノックをし、部屋の扉を開ける。
「失礼します」
入れば、必要最低限の明かりが部屋を照らしている。
床に何かがいる。
侵入者などあり得ないし、ここには、寝たきりのジョナサン・ジョースターしかいない。
「はあっ……くっ……」
近付けば、それが誰かが分かった。
「ジョナサン、様?」
床に這いつくばるようにいるのは、ベッドにいるはずの彼。
「な、なぜ、あなたが……」
動けないと聞いていた。
彼はこちらを見て、助けを求める。
「すまない。体がうまく、動かなくて……」
ジョジョが動けないのは、体がまだ馴染んでいないからだ。そんな言葉を思い出す。
体が馴染んできたのだ。動けるようになり、ベッドから移動しようとして、落ちてしまったのだ。
「起き上がらせて、くれないだろうか?」
懇願した声と目に、迷いが生じたが、ベッドに戻さなければと彼に近づく。その体に手を触れようとした瞬間。
「何をしている」
振り向くが、声をかけてきたはずの人物がいない。
「ダービー、何をしようとした?」
今度は声が後ろから聞こえ、首を元に戻せば、ジョナサンを抱えたDIOがベッドに座っていた。
未だに分からないスタンドの能力だろう。
「DIO様……」
こちらを見る目に、背筋に寒気。首と体が離れる光景が脳裏に過り、膝を着き、頭を下げた。
「も、申し訳ありません!」
彼からの命令は絶対だ。逆らえば、死。肉の芽は植えられてはいないが、自分を殺すことなど造作もない。
今、死神の鎌が首に当てられている。
「ディオ!彼は何もしていないッ!」
ジョナサンの必死な声。
「触られていない、な?」
体が、震える。
「触られていないよ!その前に君が、彼から離したじゃあないか!」
「ふぅん……」
そんなやり取りを聞いている間も、心臓がうるさく、頬に汗が伝っていく。
「ダービー、下がれ」
その言葉を聞いて、張り詰めていたものが緩む。
「はい……失礼、致します」
鎌がまだ首に当てられているようで、逃げるようにその部屋を出た。
DIOのジョナサンへの執着は異常だ。館にいる時は、常にそばにいる。ジョナサンの世話さえも彼自身がしているのだ。
その姿は、お気に入りのオモチャを取られたくない子供のよう。
「あれはわたしのものだ。私たちは二人で一人」
そう言う彼は、美しい顔で笑っていた。狂気を孕ませて。
「ジョジョ」
そう呼ぶ彼は、とても嬉しそうだ。反面、ジョナサンは怒りのような悲しそうな表情しかしない。
ジョナサン・ジョースターは危険な存在だと、苦言を呈した者もいるが全てが死体となって転がった。
家族、兄弟、友、尊敬する者。
彼はそれ以上の想いをジョナサンに抱いているのだろう。
ただそれが無自覚なだけで。
「体が動くようになってきたか。なかなか、早いものだな」
そう言うディオは、自分の体を抱きしめる。男を抱きしめて何が楽しいのだろうか。これも嫌がらせの一環だろう。
「ようやくね。波紋が使えないのが残念だよ」
体に回る腕を引き離そうと、腕を動かそうとするが、言うことを聞かない。
「当たり前だろう。使えば、体がなくなるぞ」
首の繋ぎ目が舐められる。名も知らない、自分を復活させるためだけに殺された、この体の持ち主は、自分たちをさぞ恨んでいることだろう。
「動かせるなら、わたしを抱き返せ、ジョジョ」
「動かないんだ」
動くのをやめ、拒否を態度に出す。
「そうか」
ならばと、抱きしめる力が強くなる。
なぜ、彼は生かすのだろう。
なぜ、そばに置くのだろう。
なぜ、こんなにも甲斐甲斐しく世話をしてくれるのだろう。
なぜ、なぜ、なぜ。
自分の頭では答えが出ない。
彼の優しさというものが、自分を容赦なく突き刺してくる。じわりじわりと殺すかのように。
死なせてほしい。
「ディオ、ぼくを、殺して」
「ふん、何度、言おうと無駄、無駄……」
唇が重ねられ、舌を入れられた。首を絞められないだけマシか。
「お前も、この体もわたしのものだ。死なせはせん」
口づけが終わり、ベッドに押し倒される。
「もう手放しはしない」
手が重ねられ、その力強さが言葉の強さを語る。
また酷く優しくされる。
それが怖くてたまらない。
怯えたような表情。
彼はこの行為をしようとすると、いつもこんな顔をする。
気持ちよくしてやっているのに。
「夜はまだ続くぞ、ジョジョ」
彼には朝日は見させはしない。